2016年5月 のアーカイブ

338   シリコンバレーから見える未来 (2)

2016年5月12日 木曜日

今回、シリコンバレーを回ってみて、どこでも聞くことができたキーワードはDisruption (破壊)であった。なぜ、シリコンバレーでは、このような過激な言葉が蔓延するのだろうか? それにはシリコンバレー特有の、厳しい生き残り競争がある。既に、確固たる地位を築いた大企業に対して、勝ち抜いていくためには尋常なやり方では成功しない。つまり、今までの競争ルールを変えない限り全く勝ち目はないからだ。

毎年、シリコンバレーでは、17,000もの新たなスタートアップが生まれて、1年も経たないうちに11,000社が消えてなくなり生き残るのは6,000社に過ぎない。さらに、3年後に生き残っているのは20社にも満たなくなる。時価総額1,000億円以上にもなる、いわゆるユニコーンと言われる成功事例は、毎年1−2社あれば良い方で、全く皆無の年もある。

スタートアップが勝ち残るためには、今、存在しているビジネスルールを変えない限り全く不可能である。従って、スタートアップは必死になって、現行ビジネスモデルを破壊することに執念を燃やす。ユニコーンとして勝ち残った、かつてのスタートアップを振り返って見ると、まさに既存の常識を破壊し尽くしていることがわかる。

Uberは、1台の車も持たない世界最大のタクシー会社である。また、Airbnbは、不動産を全く保有しない世界最大のホテル企業である。そして、WhatsAppは通信設備を全く保有しない世界最大の電話会社である。Facebookはコンテンツを全く持たない世界最大のメディア企業である。さらに、言えば、GoogleやAppleは全くアプリケーションを書いたことがない世界最大のソフトウエア企業である。

これらの企業は、資産を持つことでは、既存の大企業には勝てないので、資産を持たないで対抗することによって、既存の大企業の優位性を破壊(Disrupt)することに成功した。こうした、画期的な発想は一体どのような環境から生まれるのであろうか。シリコンバレーは、昨年度、全米のベンチャーキャピタル投資の43%を獲得した。これは2位以下の各地域を圧倒的に引き離したダントツの地位を保っている。

この現象を、長年シリコンバレーでベンチャーキャピタリストとして活躍している挍絛さんは、次のように言う。「シリコンバレーは、銀河系宇宙の中の地球のようなものです。いろいろな条件が偶然重なって出来た奇跡の場所なので、世界中で、いくら真似しようとしても、再現することが出来ないのです」。私は「なるほど」と挍絛さんの意見に納得した。だから、日本にシリコンバレーに対抗する開発拠点を作ろうなどと、出来もしないことを考えずに、志ある人々は、皆な、シリコンバレーに集まってくれば良いのだと思う。

ところで、Disruption (破壊)という過激なイノベーションが起こせる職場環境とは、どのようにすれば出来るのだろうか? その解は、まず、サンフランシスコにあるAirbnbの本社で見ることが出来た。すでに時価総額が3兆円を超える、世界最大のホテル企業であるAirbnbの本社の職場環境は、まさに、私が45年前に富士通に入社した時のような、大昔の日本の職場の雰囲気であった。

仕切りのない広い空間の中に、各人のデスクがバラバラに置いてある。管理職と思われるデスクは、どこにあるのか全くわからない。そして、どのデスクも高さが自由に変えられ、座っても立っても自由に仕事ができる。所々に、円卓があり、その周りに数個の椅子と白板が置いてある島があり、数人が自由に議論をしている。そこでは、パワーポイントを投影するスクリーンも無ければプロジェクターもない。だいたい、皆、資料すら持っていない。白板に悪戯書きのように自由に意見を書き込んでいる。あるいは、ポストイットに書いた自分の意見を書いて白板に貼っていきながら、議論を進めている。

Airbnbは、こんな風に議論をしながら、次々と新たなビジネスモデルを築き上げていったのであろう。現行ビジネスモデルを破壊するような、新たなイノベーションは、従来のワークスタイルで生まれることはないのだろう。今の、日本の職場を見ると、各人がPCの前に座って黙々と仕事をしているように見える。そして、隣の席の人とすらメールでやりとりする。こうした職場環境なら、皆、わざわざ会社に来る必要はないので、在宅勤務でテレワークすることも出来ると考えるのも無理はない。ルーチンワークなら、これでも良い。しかし、破壊的イノベーションは、こうした沈黙の職場からは生まれない。

破壊的イノベーションを生み出すには、まず、ワークスタイルから破壊しなくてはならないのだ。Airbnbでは、殆どの人が自分のデスクに座っていない。殆ど全員が、どこかの島で議論をしている。シリコンバレーが誇る文化の一つとして、仲間の人格に敬意を表することがある。しかも、どんな意見でも否定しないで尊重する。彼らは、全員一致を極端に嫌う。全員が賛成する提案は、陳腐で全く競争力がなく、既存の観念を破壊する力がないと見らなされるからだ。

私たちは、次に、こうしたAirbnbのようなユニコーンと全く同じ職場環境をSAPシリコンバレー開発拠点に見いだすことが出来た。SAPといえば、ERPで世界を席巻した大企業である。私も、ドイツのSAP本社には何回も訪問したことがあり、その伝統的なドイツ的な職場環境も良く知っている。SAPはERPの市場で世界を席巻し、1兆円の売り上げを達成してから、全く成長が止まってしまったのである。欧米では、一般的に成長が止まると株価は大暴落する。株価は現在価値ではなく将来価値を示していると認識されているからだ。だから、SAPは一時マイクロソフトに買収されるという噂もまことしやかに囁かれる苦境に陥った。

SAPは、ここで大胆な決断を下す。新事業を起こすには、伝統的なドイツ流儀の職場では実現できないとして、シリコンバレーにドイツ流儀とは全く異なる職場環境を構築した。その結果が、5年後の現在、見事に結実する。ERP事業は相変わらず1兆円規模に留まっているのに対して、シリコンバレーで始めた新事業が、既存のERP事業に並ぶ、1兆円規模にまで成長したのである。ドイツの伝統的企業であるSAPは、このシリコンバレーで、自らの伝統を破壊することによって、新たな事業を掘り起こした。その規模は、今や、従来のERPのビジネス規模を遥かに上回りそうである。

これまでのビジネスモデルを破壊するDisruptive Innovationを実現するには、自らが、これまで行ってきた会社の伝統的文化、ワークスタイル、マインドセットを破壊する、もっとキツイ言い方をすれば、これまでの自分自身を破壊することに他ならない。辛いことではあるが、これが出来ない限り成長はないし、この厳しいグローバル競争の中で生き残ることは出来ないのだ。だからこそ、Disruption(破壊)は、シリコンバレーを支える重要なキーワードとなった。

337  シリコンバレーから見える未来 (1)

2016年5月11日 水曜日

今から18年前の1998年に赴任して2000年に帰国するまで3年間過ごしたシリコンバレーは、今でも私の第二の故郷である。昨年まで10年近く、毎年訪れていたシリコンバレーへの定期訪問も、45年間勤めた富士通をリタイアしたことで終わりを告げることになると覚悟していたが、社外取締役を務めさせて頂いている日立造船から幹部社員をシリコンバレーへ案内して欲しいと要請された時は、本当に嬉しかった。

今回も、また、かつての同僚であり、20年以上もシリコンバレーで仕事をされてきた、松本さんに、いろいろ、お世話をして頂いた。松本さんは、富士通米国研究所長を務められた後、今でも常勤顧問として日本に貴重な情報を提供している他、富士通の経営TOPがシリコンバレーを訪れる時の案内役でもある。既に、富士通を離れた私が、こうした仕事を、引き続き、松本さんにお願いすることに多少の躊躇もあったが、結果的には、私にとっては勿論、松本さんにとっても大きな成果があったのではないかと思っている。

今回の訪問先も、幾つか昨年と重なっていたが、そこで議論される内容や、訪問先の対応が昨年とは大きく違ったのである。どうしてだろうか?と、よくよく考えてみると、富士通はIT技術をお客様に提供する会社、いわゆる「ITプロバイダー」で、日立造船は自身でIT技術を利用する会社、いわゆる「ITカスタマー」の差であろう。つまり、今、シリコンバレーで一番ホットなテーマは「IT技術」そのものを磨きあげることではなくて、「IT技術」を使い切ることにある。だから「IT技術」を、社内のいろいろなビジネスに使っていこうとするITカスタマーである日立造船は、シリコンバレーのスタートアップや、ベンチャーキャピタル、シンクタンク、研究所にとって、富士通より遥かに魅力的な訪問客に違いない。

今回の訪問先では、人工知能やロボット、いわゆる「IoT全般」についても、日立造船のメンバーと具体的なテーマで議論ができた。多分、富士通のメンバーとであれば、一般論、抽象論でしか議論できなかったのかも知れない。世の中で、これだけ IT技術が大きな話題に上りながら、IBMや HP、富士通やNECといったIT企業の業績が低迷している原因には、そうした具体性の議論が欠如しているのかも知れない。一方、本来ITベンダーではなかった GEが、自らソフトウエア企業になると宣言し、実際にソフトウエア関連で5000億円も売り上げを伸ばしていることは、純粋なIT企業であり続けることの限界を示している。

今、業態に関わらず、世界中の企業がシリコンバレーに拠点を築き始めているのに、40年以上も前からシリコンバレーに大きな拠点を持っている富士通を始めとする日本の IT企業が、その先行した利点を活かしているとは必ずしも言えない。それは、一体どうしてなのだろうか? ということを考える時に、IT企業としての視点だけではなく、 IT技術を利用する顧客企業と一緒にシリコンバレーで起きていることを眺めて見ると、これまでとは全く違う景色が見えてくることが分かる。長年、シリコンバレーを定期的にウオッチングしている私として、今回の訪問は大きな転機となったことは間違いない。

今、日本では、人工知能がブームとなっており、政府も人工知能に関する基礎研究の拡充を急いでいる。しかし、シリコンバレーでは全く様相が違う。人工知能は、もはや「夢の学問」ではなく、「当たり前に誰もが使える技術」としての意識が定着してきている。ハンドルもアクセルもブレーキもない、Googleの自動運転車は、既にシリコンバレーの公道を普通に走っている。自動運転車の是非を議論している様子は殆ど見られない。そうこうしている間に、何百台もの Googleの自動運転車は、毎日、膨大なデータから、多くの知識を蓄積しつつある。人間と人工知能の大きな差は、他の頭脳が蓄積した知識を移植して集積できることにある。従って、Googleの自動運転車が、このシリコンバレーで、どんどん増えてくると、この蓄積された知識の差は、既に出遅れた日本の自動車メーカーには、もはや簡単には追いつくことが出来ないであろう。

つまり、このシリコンバレーで一番大事なことは議論より実践なのだ。そして、研究より試作を優先する。さらに試行実験を経ないで、いきなり実運用からスタートする。シリコンバレーの投資家達は、パワポ(資料)でなく、プロト(試作品)で説明しないと誰も信じないし、納得もしないし、もちろん、お金も出さない。こうした実践的なやり方は、本来は、日本が得意な経営手法ではなかったのか?と思う。今や、論理的に思考し、型を決めるというMBA式経営手法は、シリコンバレーで最も疎まれるやり方となった。毎年、訪れている私でも、新たにシリコンバレーから学ぶべきことは、まだまだ沢山ある。