今日、安倍総理大臣も出席して行われた官民合同会議の初会合で、政府側から増加する一方の企業の内部留保について、もっと投資に回すよう経済3団体の幹部に向けて強い要請があった。安倍首相が掲げる政策目標である国内総生産(GDP)を現在の2割増の600兆円に増やす目標を達成するには民間投資の拡大が不可欠だからだ。さて、企業が抱える内部留保は15年3月末時点で354兆円と1年間で26兆円増えており、政府から見れば「(投資の)原資は拡大しつつある」のに、何故投資しないのだ!という苛立ちがある。
日銀も前代未聞の未曾有の金融緩和を行い、1万円札を大量に刷り続けてマネーサプライを増やしているが、肝心のマネーストックはさっぱり増えない。マネースットクとは、民間部門(金融機関と中央政府を除く、一般法人、個人、地方公共団体)の保有する通貨量残高を集計したもので、つまり、日銀が刷った1万円札は、銀行から個人や企業には、さっぱり出て行かないということである。どうしてかと言えば、銀行が貸したい優良企業は、沢山の内部留保を持っており借りる必要がないし、銀行からお金を借りたくて仕方がない企業は、銀行から見れば、危なくてとても貸し出しできる状況にはないということである。
そして、今日の官民合同会議に出席した経済3団体(経団連、日商、経済同友会)の幹部は皆知っていることなのだが、日本の企業の内部留保総額の7割以上は中小企業の持ち分である。よく、大企業は一杯お金を溜め込んでいるのに、中小企業は資金繰りに苦しんでいるという概念は、必ずしも正しくない。中小企業こそ、巨額の内部留保を溜め込んでいる。一方、大企業は、利益の大半を投資に回しているが、その投資先は、成長が見込めない日本国内市場ではなくて、その殆どを海外市場に投資している。
日本は25年連続して海外純資産残高が世界一である。日本は中国より遥かに多い400兆円近い資産を海外に持ち、しかも毎年10%を越える勢いで伸ばしている。円安にも関わらず、日本の民間企業は積極的に海外投資を続けている。しかし、中小企業は、リスクが大きい海外市場に積極投資する知見もノウハウもないので、積極的には投資出来ないでいる。もちろん、成長が見込めない日本国内市場に投資する考えなど全くない。だから、どんどん内部留保が増加してしまうのである。
さて、中小企業が資金繰りに苦しんでいるという話を、よく耳にするのに、それはおかしいのではと思われるかも知れない。当たり前の話だが、儲かっている人ほど声高に儲かっているなどとは絶対に言わない。そして、資金繰りに苦しんでいる多くの企業は、元来、将来に向けて事業の展望がない。だから、銀行もお金が有り余っていても、絶対に貸したりはしない。
それを、政治家は票集めのために、もはや生き残れないゾンビ企業を、国民の血税を使って救済しようとする。しかし、生き残れない企業は、一時の救済を受けても再生することはない。むしろ、生き残ってしまうために、業界の新陳代謝が進まない。日本で、ベンチャー企業が成長出来ないのは、こうしたゾンビ企業が政府資金によって救済されているからだとも言われている。政治が市場原理に抗しても何もよいことはない。
3年ほど前に、中部地区の信用金庫の会合で講演をさせて頂いたことがある。講演後に、静岡、愛知、岐阜、三重県にある信用金庫の方々とお話をさせて頂いたが、皆さん、預金獲得には全く苦労されていなかった。3兆円近い預金残高を抱える信用金庫もあり、皆さん、潤沢な預金残高を持たれている。三重県のある市の信用金庫は、街は既にシャッター商店街で人も全く歩いていないのだが、数千億円の預金残高を持たれていた。
せっかく、地元の方々から預けて頂いた預金を、地元の経済振興のために融資したいのは、やまやまなれど、大事な預金を不良債権にするわけにはいかず、融資に対しては、やはり慎重にならざるを得ないのだという。今の、日本は、お金がないから経済成長が妨げられているわけでは決してない。だから、日銀が未曾有の金融緩和をしても、さっぱり効果がないのは当然である。いくら、経済3団体のトップを招聘して、もっと投資をするべきと圧力をかけても、効果はまったくないだろう。
ただでさえ、ROEを8%以上にすべしという機関投資家からの圧力を受けている企業経営者は、その要請を叶えるためには、少子高齢化で経済成長が停滞している日本市場ではなくて、成長が著しい新興国市場に向けて投資をせざるを得ない。銀行金利が5%-7%の新興国では、ROEが8%というのは、驚きでも何でもなく、むしろROEが2%や3%なら、事業などしないで銀行預金にしておいた方が儲かるからだ。
日本経済が成長への道を見出せない中で、多くの日本企業が潤沢な内部留保を溜め込んでいるのに対して、安倍総理や麻生財務大臣が怒るのもわからないでもないが、企業が潤沢な内部留保を蓄積しているのは、今や世界的な傾向である。ニューヨーク証券取引所で盛んに行われていることは、資金調達ではなくて自社株買いである。もはや、証券取引所の役割は企業が市場から資金調達することではなくて、企業から市場に対して余剰資金を戻す役割となっている。
今後とも継続して行われる官民合同会議では、ぜひ、政府は民間企業から実態の動きを、丁寧にヒアリングして欲しい。そうすれば、金融政策だけでは、経済の成長は制御できないのだということがよく理解されるに違いない。そして、日本企業が成長することと日本経済が成長することは同義的ではないのだということも、ぜひ理解されることを望みたい。