2015年10月 のアーカイブ

321 増加し続ける企業の内部留保

2015年10月16日 金曜日

今日、安倍総理大臣も出席して行われた官民合同会議の初会合で、政府側から増加する一方の企業の内部留保について、もっと投資に回すよう経済3団体の幹部に向けて強い要請があった。安倍首相が掲げる政策目標である国内総生産(GDP)を現在の2割増の600兆円に増やす目標を達成するには民間投資の拡大が不可欠だからだ。さて、企業が抱える内部留保は15年3月末時点で354兆円と1年間で26兆円増えており、政府から見れば「(投資の)原資は拡大しつつある」のに、何故投資しないのだ!という苛立ちがある。

日銀も前代未聞の未曾有の金融緩和を行い、1万円札を大量に刷り続けてマネーサプライを増やしているが、肝心のマネーストックはさっぱり増えない。マネースットクとは、民間部門(金融機関と中央政府を除く、一般法人、個人、地方公共団体)の保有する通貨量残高を集計したもので、つまり、日銀が刷った1万円札は、銀行から個人や企業には、さっぱり出て行かないということである。どうしてかと言えば、銀行が貸したい優良企業は、沢山の内部留保を持っており借りる必要がないし、銀行からお金を借りたくて仕方がない企業は、銀行から見れば、危なくてとても貸し出しできる状況にはないということである。

そして、今日の官民合同会議に出席した経済3団体(経団連、日商、経済同友会)の幹部は皆知っていることなのだが、日本の企業の内部留保総額の7割以上は中小企業の持ち分である。よく、大企業は一杯お金を溜め込んでいるのに、中小企業は資金繰りに苦しんでいるという概念は、必ずしも正しくない。中小企業こそ、巨額の内部留保を溜め込んでいる。一方、大企業は、利益の大半を投資に回しているが、その投資先は、成長が見込めない日本国内市場ではなくて、その殆どを海外市場に投資している。

日本は25年連続して海外純資産残高が世界一である。日本は中国より遥かに多い400兆円近い資産を海外に持ち、しかも毎年10%を越える勢いで伸ばしている。円安にも関わらず、日本の民間企業は積極的に海外投資を続けている。しかし、中小企業は、リスクが大きい海外市場に積極投資する知見もノウハウもないので、積極的には投資出来ないでいる。もちろん、成長が見込めない日本国内市場に投資する考えなど全くない。だから、どんどん内部留保が増加してしまうのである。

さて、中小企業が資金繰りに苦しんでいるという話を、よく耳にするのに、それはおかしいのではと思われるかも知れない。当たり前の話だが、儲かっている人ほど声高に儲かっているなどとは絶対に言わない。そして、資金繰りに苦しんでいる多くの企業は、元来、将来に向けて事業の展望がない。だから、銀行もお金が有り余っていても、絶対に貸したりはしない。

それを、政治家は票集めのために、もはや生き残れないゾンビ企業を、国民の血税を使って救済しようとする。しかし、生き残れない企業は、一時の救済を受けても再生することはない。むしろ、生き残ってしまうために、業界の新陳代謝が進まない。日本で、ベンチャー企業が成長出来ないのは、こうしたゾンビ企業が政府資金によって救済されているからだとも言われている。政治が市場原理に抗しても何もよいことはない。

3年ほど前に、中部地区の信用金庫の会合で講演をさせて頂いたことがある。講演後に、静岡、愛知、岐阜、三重県にある信用金庫の方々とお話をさせて頂いたが、皆さん、預金獲得には全く苦労されていなかった。3兆円近い預金残高を抱える信用金庫もあり、皆さん、潤沢な預金残高を持たれている。三重県のある市の信用金庫は、街は既にシャッター商店街で人も全く歩いていないのだが、数千億円の預金残高を持たれていた。

せっかく、地元の方々から預けて頂いた預金を、地元の経済振興のために融資したいのは、やまやまなれど、大事な預金を不良債権にするわけにはいかず、融資に対しては、やはり慎重にならざるを得ないのだという。今の、日本は、お金がないから経済成長が妨げられているわけでは決してない。だから、日銀が未曾有の金融緩和をしても、さっぱり効果がないのは当然である。いくら、経済3団体のトップを招聘して、もっと投資をするべきと圧力をかけても、効果はまったくないだろう。

ただでさえ、ROEを8%以上にすべしという機関投資家からの圧力を受けている企業経営者は、その要請を叶えるためには、少子高齢化で経済成長が停滞している日本市場ではなくて、成長が著しい新興国市場に向けて投資をせざるを得ない。銀行金利が5%-7%の新興国では、ROEが8%というのは、驚きでも何でもなく、むしろROEが2%や3%なら、事業などしないで銀行預金にしておいた方が儲かるからだ。

日本経済が成長への道を見出せない中で、多くの日本企業が潤沢な内部留保を溜め込んでいるのに対して、安倍総理や麻生財務大臣が怒るのもわからないでもないが、企業が潤沢な内部留保を蓄積しているのは、今や世界的な傾向である。ニューヨーク証券取引所で盛んに行われていることは、資金調達ではなくて自社株買いである。もはや、証券取引所の役割は企業が市場から資金調達することではなくて、企業から市場に対して余剰資金を戻す役割となっている。

今後とも継続して行われる官民合同会議では、ぜひ、政府は民間企業から実態の動きを、丁寧にヒアリングして欲しい。そうすれば、金融政策だけでは、経済の成長は制御できないのだということがよく理解されるに違いない。そして、日本企業が成長することと日本経済が成長することは同義的ではないのだということも、ぜひ理解されることを望みたい。

320 水素社会は実現するのか?

2015年10月7日 水曜日

先日、つい先日まで勤務していた富士通総研主催する掲題のコンファレンスに参加した。結論から言えば、とても充実したコンファレンスだったと言えるのだが、私が常々考えている、この掲題の答えを見つけることはとうとう出来なかった。政府や、東京都を含む各自治体の水素社会実現への思いは、相当に強いものがあり、マスメディアに至っては水素社会が究極のエコモデルのように報道しているが、ひねくれ者の私は、深く考えないで言い切っている人たちの意見には常に疑いを持って見ている。

確かに、水素は燃焼後、水になるだけであり、二酸化炭素も窒素酸化物も出さないという点で、クリーンなエネルギーではあるが、この水素を製造する段階で、どれだけ二酸化炭素を消費しているかという議論が欠落している。私たちは、既に、製造段階から含めた二酸化炭素の消費・節約の勘定では、太陽光発電パネルで騙されていた。それでも、水素に関しては、太陽光発電ほど酷くはなく、石油精製プラントや製鉄プラントで廃棄物として出る水素を活用しよういう動きは紛れもなく正しい方向を示している。

特に、風任せで気まぐれな風力発電において余剰電力を蓄積する手段として水素を使うシステムの考え方は秀逸である。即ち余剰電力を使って電気分解で発生させた水素を蓄積し、風が吹かないときは蓄積水素を使い燃料電池を作動させて発電すれば、高額の蓄電池を使わずに風力発電をベース電源に近い安定電源として利用することができるからである。

世界的には、既に、ブームが去った太陽光発電に比べて、太陽熱発電は太陽エネルギーを使う方法としては、最も効率が良く、しかも強力である。世界的には、地球温暖化による深刻な渇水で悩む砂漠地帯は益々広がっている。しかし、この灼熱地獄の砂漠で太陽熱発電により作られた電気を消費地まで長距離送電するのは極めて難しい。だからこそ、この電力で水素を発生させて、その水素を消費地まで運んでくれば、素晴らしいことだとは、誰しもが考える話である。

この話を、私が尊敬する環境学者である安井至先生にしたら、全く相手にして貰えなかった。安井先生は、東大生産技術研究所の教授を経て国連大学の副学長までされ、環境問題については、いつも私の疑問に丁寧に応えて下さるのが、この水素の問題だけは明快な答えを頂けないでいる。多分、想像するに、安井先生も迷っておられるのに違いない。安井先生は、水素に関する課題をたくさんご存知であり、水素社会の実現はそう簡単でないと考えておられるのだろうが、科学技術の進展が、いつか、その課題の解決を図ってくれるかも知れないので、水素社会の実現を否定も肯定も出来ないのでいるのではないだろうか。

それでは、水素の課題とは一体何なのだろうか? 私は、以前、内閣府規制改革会議のエネルギー部会の委員をしたことがある。その会議で学んだことは、たくさん有るが、例えば、「脱原発に向けて、再生エネルギーの拡大を」と叫ぶほど、実態は、そう簡単な話ではない。太陽光発電が、もっとも良い例で、日本もドイツを追いかけて太陽光発電の発電量を増やすと意気込んだのは良いが、ようやく拡充してきたところで、九州では電力会社が買い取れないほど発電量が増えてしまうなど、極めて、ちぐはぐである。そして、今は、ご本家のドイツまでもが、余りに高価であると太陽光発電を見切る始末となった。

水素については、自動車や石油、鉄鋼など強力な業界団体が水素ガスステーションに関する規制緩和を規制改革会議に持ち込んできていたが、どうも経産省の担当官は、慎重な態度を簡単には崩さない。恥ずかしながら、私は、そこで水素には、多くの課題があることを初めて知った。元素周期律表の最初に登場する水素は、原子量が最小の元素で、その分子は最も軽く、最も小さい。水素分子は、あまりに小さいので鉄の分子の中に入り込んで、鉄を腐食させるのだ。つまり、水素を貯蔵するためのタンクや、運ぶためのパイプラインに普通の鉄は使えないのである。ごく特殊な組成の合金としての鉄しか、水素の貯蔵・運搬には認められないという大きな問題があった。

今年、トヨタ自動車は、水素を用いた燃料電池自動車「ミライ」を発売した。800気圧で水素を貯蔵する燃料タンクを持つ、この自動車は、少し前まで1台1億円すると言われていたのを700万円で発売したのは、世界的に見れば驚異的である。暫くの間、世界のどの自動車メーカーも、この価格には追随できないと思われる。富士通総研のコンファレンスでは、このトヨタ自動車のミライ開発責任者の方から講演を頂いたと共に、燃料電池自動車向けの水素ガスステーションを、日本中に次々と設置している岩谷産業の方にも講演を頂いた。この講演を聴いて、岩谷産業がJAXAの国産ロケット燃料を独占的に供給していることも初めて聞いた。

JAXAのロケット燃料については、立川前JAXA理事長から興味ある話を伺ったことがある。立川さんがJAXAの理事長になられてから、それまで失敗続きだったロケット打ち上げが、全く失敗しなくなった。正に、立川大明神の神懸かりの力ではないかと言われたものである。それに対して立川さんは、「それは、たまたまだ。日本のロケットは糸川博士以来、ずっと固形燃料だった。しかし、液体水素を用いた液体燃料の方が、推力が大きいので、方式を変えたんだ。それが難しくて、なかなか成功しなかった。私が、JAXAに着任したころ、ようやく液体燃料の技術が成熟して失敗しなくなった、それだけのことだ」と仰った。

その上で、立川さんは、さらに興味あるお話をされた。「ところで、液体燃料ロケットは軍事用には使えないのですよ。液体水素はタンクに入れっぱなしにしておけないので、発射直前に燃料を注入するのです。大量の燃料を注入するには、何時間もかかる。それじゃあ、敵が攻めて来た時に間に合わないでしょう。だから軍事ロケットは全て固体燃料です。つまり、JAXAはロケットの平和利用だけに貢献しているわけです」この立川さんの話からも、水素の取り扱いの難しさが分かる。

ところで、私が社外取締役を務めさせて頂いている、日立造船は、昨年春に、水素と二酸化炭素を触媒反応させてメタンを生成する手法を発表した。これが、今、大変なブレークになっていて、開発担当責任者は、その技術説明で世界中を飛び回っている。欧州を中心に、数多くの引き合いがあるからだ。この技術には、二つの大きな利点がある。一つは、取り扱いが難しい水素をメタンに変えてしまえば、メタンとは、いわゆる「天然ガス」のことだから、貯蔵や流通に既存のインフラが全て使えるということである。

そして、もう一つは、石油精製や製鉄プラントから排出される二酸化炭素を、一度、メタンという形で吸収できることである。CCSと呼ばれる二酸化炭素を固定化し地中に埋蔵するというプラントが余りに高価で、埋蔵する場所も中々見つからないことで、二酸化炭素の吸収は極めて難しい。BPが、米国カルフォルニア州に計画した、CCS付きの石炭火力発電所は、CCSが余りに高価で安価な石炭を使うメリットが全くなくなり中止に追い込まれた。

この水素からメタンを生成する、メタネーション反応は、まだ大型プラントとして実現するまで、少し時間がかかるが、うまく安価に出来上がれば、大きな社会変革を実現する可能性を持っている。そして、今、食品廃棄物を含む生ゴミは、燃やすよりも微生物による発酵分解でメタンにする方が、エネルギー転換効率が良いのではないかとも言われている。そういうことも含めて、いろいろ考えると、これからは「水素社会」というより「メタン社会」と呼べるのかもしれない。