2015年4月 のアーカイブ

303   老いるということ (その2)

2015年4月20日 月曜日

オレオレ詐欺の被害を防ぐため、母から全ての銀行通帳を預かって母の貸金庫に保管した後で、母から次のような話を聞いた。「先週、M銀行から10年以上取引がない口座をどうなされますか?」と電話が掛かって来たとのこと。そう言えば、半年ほど前に、母から、M銀行の通帳を間違ってシュレッダーにかけてしまったと聞いたことがあった。その時は、「また、好い加減なことを言って!」と聞き流していたのだが、続けて辻褄があった話を聞いたら捨て置けない。

ところで、今回は、M銀行と匿名化しているが、考えてみると日本のメガバンクは全て頭文字がMである。

「母さん、ところで、その通帳に幾ら入っているの?」と聞くと、「多分、400万円くらいかな?」と言う。それは、ほっとけないと突然本気になる、私。「ところで、どうして、その通帳なくしたの?」と聞く。「いや、記載が一杯で古い通帳だと思ってシュレッダーしたら、新しい通帳が見つからないのよ。多分、それは古い通帳ではなかったのかも。でも、もう、諦めるしかないかな。」

それで、母の住所と名前を言って、通帳の再発行が可能か、M銀行平塚支店に問い合わせてみた。その答えは「通帳の再発行は、ご本人が身分証明と銀行印を持参して頂ければ可能です。」だった。でも、私は食い下がり「いや、本人は90歳で、もう長い距離は歩けないのです。息子の私が代行するには、どんな書類が必要ですか?」と聞いてみた。「いや、ご本人でないと再発行はできません。」と交渉の余地もない。

さらに、私。「わかりました、大変ですが、何とかして連れて行きます。ところで、母の通帳は存在するのですか? 大変な思いをして連れて行って、実は、口座はありませんでは、やっていられませんから」と聞くと。「お母様の口座が存在するかどうかは電話では答えられません。とにかく連れて来て下さい。お手続きは2階です。守衛に言って頂ければ、エレベーターが使えます。」

「母さん、やはり母さんが行かないと駄目だと銀行は言っている。何とか行けないか?」と私。「おまえ、私は、もう歩けないよ」と母は言う。「じゃあ、ホームセンターに行って車椅子買ってくるよ」と言うと。「車椅子なんてみっともなくて嫌だよ。」「じゃあ、歩行補助器ならいいか?」とそこでようやく折り合って、2万円の歩行補助器を買ってきた。それでも、M銀行が指定した駐車場からは歩いて300mもある。今までは何とも思わなかった、歩道に敷き詰められた目の不自由な人向けの黄色の突起(点字ブロック)が本当に恨めしい。母の歩行補助器は、この突起で何度も横転しそうになる。

確かに、銀行の2階へのエレベーターは普通の顧客は使えない。守衛の許可を貰って、行員が居るインサイドに入らないと使えない。M銀行には、こんなバリアーがある。ようやく、2階に行って窓口に辿り着いた。それで、母の健康保険証を見せて銀行印を渡すと、「確かにお母さんの口座はあります」との回答。「やったー」と母と二人でガッツポーズ。ここで、銀行のテラーから冷静な言葉。「通帳の再発行には、1200円が要ります」。1200円なんて問題ではない。ついでに「もう、母を銀行に連れてくるのは大変なので、キャッシュカードも作りたいのですが」と私が言う。またテラーの冷静なお言葉「キャッシュカードの発行には、さらに2500円要ります」。「もう幾らでも払います。」と歓喜して答える私。

「お母さん、住所・氏名は書けますか?」と急に優しい言葉をかけてくるテラー。母は、意外なほどしっかりした達筆で、所定の申請用紙に必要事項を次々と書いていく。「なんだ、全くボケていないじゃないか」と口には出さないが、母の所作を感心して見る私。「はい、それで全て手続きは終わりです。まず、10日ほどしたら、お宅にハガキが行きます。それが銀行に返送されてこないことを確かめてから、書留でキャッシュカードが届きます。それから何日かして通帳が書留でお宅に届きます。」とテラーが淡々と説明する。

この日は、親子共々、大変だったが、充実した日々だった。さて、それから2週間後のことである。「母さん、キャッシュカード来ている?」と聞くと、「来たよ。お前のお陰で貯金が無くならなくて本当に良かったよ」と母が受け取ったキャッシュカードを私に渡してくれた。「母さん、このカードも私が預かっておくよ。」と言って受け取った。ところで、この口座は幾ら入っているのだろう。期待を込めて、ATMで残高照会を行ってみた。何しろ、M銀行は口座が存在したことは認めてくれたが、幾ら残高があるかは一切教えてはくれなかった。そこで、私は衝撃的な数字を見る。47円だ。47万円ではない。たった2桁の47円は、何ともショックだった。2万円の歩行補助器を購入して、3700円の発行手数料を銀行に支払って獲得した口座の残額は47円だった。

この話は、さすがに母親には言えなかった。なにしろ、認知症が進行していて、もう普通の論理は通じなくなっているので、このような衝撃的な話はきっと母にパニックを起こさせる。それから2週間後に、また母を慰問すると、母の方から言ってきた。「おまえ、通帳も来ているよ。」と通帳を私に渡す母の目は何とも悲しそうな憂いを含んでいた。母は、もう既に通帳を見たのだろう。

そこには、2行の記述があった。1行目は残高ゼロ円。母は、一度全て引き出したのだ。しかし、解約はしなかった。それで、全て引き出すまでの利息が後からついて来た。それが47円だった。私は、母に次のように言って慰めた。「お母さん、流石だね。やはり、しっかりしているよ。その通帳は残高がゼロだからシュレッダーにかけたのだろう。お母さんは、お父さんが稼いだお金を1円も無駄にしたりしていない。もうM銀行の、この口座のことは忘れよう」

銀行とは、高齢者に対して、こんな仕打ちしか出来ないのか、母に対してよりも、私は銀行に対してとんでもなく腹がたった。

302 老いるということ(その1)

2015年4月20日 月曜日

私には、湘南平塚で一人暮らしをしている90歳の母親が居る。15年前に夫を亡くした母だが、持ち前の気丈な性格で、これまでは、その一人暮らしを全く惨めには感じさせなかった。戦争中に、東京中野から相模原上溝に疎開していた母は、JR横浜線の淵野辺、矢部、相模原と3つの駅を敷地の中に抱える広大な相模陸軍造兵廠で経理の仕事をしていた。珠算が得意で、陸軍の全国珠算競技大会で二位となって頂いた銀メダルを、いつも大事そうに持っていた。

暗算が得意で、子供の時に一緒にスーパーに買い物に付いて行くと、レジに並ぶ時には、母は既に合計支払い金額を計算済みだった。昔のレジは、バーコードなどなく、オペレーターが一つ一つ値段を手入力していたので、間違いもあった。数字にめっぽう強い母は、機械にも強く、90歳になる直前まで、パソコンやFAXも平気で使いこなしていた。海外出張が多かった私は、母への連絡は、いつも携帯メールだったが、母は、それを単に読むだけでなく、返事も直に返して来た。

そんな母でも、さすがに90歳を超えると、認知症の症状が少しずつ顕著になってきた。この少しずつという所が、極めて厄介である。同じ話を何度も繰り返すのは、まだ良いにしても、話が、どこまでが本当で、どこまでが妄想かが、よくわからない。うっかり真に受けて、そのまま対応しようものなら、こちらが大恥をかいてしまう。だから、まずは冷静に話を聞いて、事実を自分の目で確認してから対応をとることにしている。

こうした認知症の症状が出て来たお年寄りを詐欺の罠に陥れることなど、赤子の手を捻るより簡単だ。マスコミが、オレオレ詐欺や、振込詐欺に騙されないようにキャンペーンを催しているが、一向に効果がないのも当然である。もはや、警戒心など全くなくなってしまった高齢者に、いくら念をおして説得しても、それは無駄である。そして、そんなオレオレ詐欺が、とうとう私の母にも襲いかかって来た。

それは、突然、母から私に電話がかかって来た。どうも、医者をしている末弟からの電話らしいというのである。どういう内容かと言えば、「患者さんの所へ往診に行ったら、近く予定している手術費用を前受金として預かった。その預かり金を入れたカバンを喫茶店に置き忘れたが、戻ってみたが、見つからない。しかし、そのお金は病院に渡さなければならない。今から、病院の人が取りに行くから、その人にお金を渡して欲しい。」というものだった。

母に言わせると、電話から聞こえる声が、末弟とそっくりなだけでなく、語り口も全く同じだったという。早速、私は、弟の携帯電話へ確認してみたが、当然のことだが、全く身に覚えがないという。それで、直に、平塚警察署へ電話をして、実家に見に行ってもらうことをお願いしたら、快く了解して頂いた。お巡りさんは、その後、しばらく実家の前で怪しい者が来ないか見張っていて下さっていたようである。この時の、平塚警察署の迅速な対応には心から感謝をしている。

さて、このオレオレ詐欺の犯人は、末弟が医者であることを知っていたし、彼の口調まで知っていた模様であることを考えると、彼らは攻撃する相手を良く調べた上で犯行に及んでいる。しかし、母が、おかしいと気付いて私に電話してきたのは、弟は、確かに医師ではあるが、長らく大手生命保険会社の審査医を務めており、今は、患者を全く診ていないからだ。軽度の認知症ということもあるのだろうが、そうした思考能力は未だ完全には壊れていない。だからこそ、言い分はしっかり聞いてあげないと結果として大きな後悔を招く。

一つだけ幸いなことは、この事件から、母は、もはや自分で金銭管理をすることを断念した。日本の高齢者の平均寿命から平均健康年齢を引いた期間、即ち、殆ど寝たきりの期間は、男性が7年で女性が12年だそうだ。そうだとすると、母は来年から身体を壊して寝たきりになったとして、12年間で102歳になるまで介護が必要と言う事になる。そのためには、お金は幾らあっても足りないかもしれない。

弟二人に断ったうえで、母の預金通帳、キャッシュカード、銀行印の全てを、平塚駅前に母が所有する貸金庫に保管することにした。これ以降、隔週、母を慰問する際に、2週間の生活に必要な最低限の現金を母の財布に入れている。認知症は高齢化によって遅かれ早かれ、誰でもなるものだ。程度の差こそあれ、既に、認知症に罹っている高齢者に対して、オレオレ詐欺にかからないよう注意すること自体が全く無駄な事だ。そんな詐欺に引っかかる前に、高齢者の金銭管理は、信頼できる代理人に任せた方が良い。