2014年11月 のアーカイブ

284  オバマ大統領の移民制度改革

2014年11月22日 土曜日

今日の新聞でも、オバマ大統領の移民制度改革政策を巡って、先の中間選挙で大勝した共和党との熾烈な戦いについて多くの紙面を使い大々的に報じられている。移民制度に疎い日本の人々が、この記事を読むと「いくら人道的な措置と言っても、そりゃ、不法移民を救済するというのはいかがなものか?」と思われるに違いない。そして、所詮、移民制度なんて日本には関係ないということで無関心を決め込む方も多いに違いない。

しかし、アメリカの政治経済の専門家から移民問題について、いろいろ話を聞くと、それほど簡単な話ではないらしい。大体、「不法移民」と言えば、国境警備隊の目を盗み、鉄条網を乗り越えて違法に入国してくる人々を思い浮かべるかも知れない。しかし実態は、そのように違法にアメリカに入国してきた「不法移民」はアメリカの不法移民全体の20%にも満たないのである。アメリカで不法移民と呼ばれる人々の殆どは、実は合法的にアメリカに入ってきている。

つまり、今の、アメリカの不法移民とは、その殆どが、正規の労働ビザや就学ビザ、あるいは観光ビザをアメリカ政府から正規に入手してアメリカに入国した人々である。ただ、アメリカに入国してから、ビザの有効期限が切れても、アメリカに居着いてしまい、中には、結婚して子供をもうけた人々もいる。アメリカでは、アメリカで生まれた子供は、自動的にアメリカ国籍を入手できるので、子供は正規なアメリカ市民で親達が不法移民ということになる。

そして、オバマ大統領が、現在、こうした不法移民を救済しようとしているのは、決して人道的な観点からではない。つまり、移民がアメリカ経済の成長の大きく貢献しており、アメリカが先進国のなかで、唯一順調に経済成長を持続出来ているのも、まさに移民のおかげだからである。アメリカの各種統計から見ても、アメリカにおける移民のスペクトラムは高学歴で高度の技術を有する人々か、殆ど学歴はないが、低賃金で勤勉に働く人々の両極端に分かれている。

従って、現在の雇用環境の中で、殆どの場合、移民がアメリカ市民の職を脅かすという関係には、実はなっていない。そして、少なくともアメリカの経済界は移民制度改革について前向きであり、オバマ大統領の決定には大きな支持を表明している。それでは、なぜ、元々が移民を祖先に持つ、多くのアメリカ市民がオバマ大統領の移民制度改革に猛反対するのだろうか? 実際には多くのアメリカ市民は全く根拠のない理由で、移民が自分たちの職を奪っているのではないか? あるいは、移民のせいで、自分たちの賃金が低く抑えられているのではないか?という懸念を持っている。そうした、アメリカ庶民の不確かな恐れや懸念に、アメリカの保守本流を自ら任じている共和党が乗っているからにほかならない。

日本経済の20年間にわたる長期低迷は、政策の失敗や経営者の戦略ミスでも何でもなく、単に生産年齢人口の減少に起因していることは前にも述べた。中国経済が停滞し始めたのも、生産年齢人口が減少に転換したからである。アメリカだけが、生産年齢人口を順調に増加させているのは、まさに移民に依るからだ。移民の年齢構成比はアメリカ市民に比べて圧倒的に若い。もし、移民を制限したら、アメリカ経済は、日本のように長期低迷に落ち込むことは間違いない。

それでも、多くのアメリカ市民は移民に対して極めて敵対的である。その原因は、アメリカ経済が順調に成長を遂げている反面、多くのアメリカの庶民は、この10年ほどの間、賃金が上昇することもなく、暮らしは全く楽になっていないからだ。つまり、今のアメリカでは、国の経済が順調に成長することが国民生活を豊かにすることには繋がっていないというのである。中国が停滞期に入った、今、世界で唯一の経済成長大国であるアメリカにおいて、多くの人々が敗北感に浸っているという。だからこそ、経済政策で目立った失敗をしていないオバマ政権が、先の中間選挙で大敗を喫したのもアメリカ市民の敗北感が原因だと言われている。

さて、私たちは、「アメリカも大変だな」と高見の見物でいられるのだろうか?一つは、国の経済成長と人々の暮らしが豊かになることとの乖離という現在のアメリカが抱えている問題である。さて、その点について、日本ではどうだろう。東京の証券市場は沸騰しているが、一般庶民に、その熱気は感じられない。新聞紙上を賑わしている「アベノミックス」も、一般庶民には物価の高騰だけが実感として感じられるとしたら、その正否は、一体どうなのだろうか? 確かに、賃金は2−3%上がっているかもしれないとしても、スーパーで感じられる物価の実質的な値上がりもっと高い。例えば、値段は同じでも中身の重さは20−30%減となっているからだ。この値上がり感は、消費税3%の度合いを遥かに超えている。

もう一つは移民問題である。先に述べたように、アメリカの不法移民は決して不法に入国しているわけではない。合法的に入国して、そのまま居着いている人々である。アメリカの「不法移民」は、隣国メキシコからが全体の29%、克己心旺盛なアジアからが28%で過半を占めている。日本には移民問題がないとするのは、実は実態がよく分かっていないのではと思われる。今、東京、大阪を始めとして日本全国で中国人が溢れている。どうみても、この人たちは観光客や学生たちばかりではない。日本でも、移民問題をどう考えるのか、その方針を明らかにするべき時期が、早晩来るに違いない。その意味で、我々は、今、アメリカで起きようとしていることをしっかり注視したい

283  日本から学ぶ、欧州の経済再生策

2014年11月17日 月曜日

先日、欧州から来日した新進気鋭の女性経済学者の講演を聞きに行った。一人は、欧州政策研究所の経済政策ヘッドを務めるチンツィア・アルチディ博士でテーマは「欧州債務危機のその後とJapanizationリスク」。つまり、欧州は、今回の経済危機を契機に、失われた20年から抜け出せない日本化が始まってしまうのではないか?という懸念について語る。多くの欧米の経済学者は戦後目覚ましい高成長を遂げた日本が、1995年以降、突然、全く成長が止まってしまった現象に大きな関心を寄せている。

もう一人は、シルヴィア・メルリル女史で、ブリュッセルに本部を置く欧州最大のシンクタンクであるブリューゲルでフェローを務める、うら若き経済学者である。ショートカットでボーイッシュなスタイルながらオードリー・ヘップバーンを思い起こさせる妖精のような美しい風貌である。彼女はギリシャから始まった南欧の債務危機が欧州の経済同盟を破綻させつつあることを、いろいろなデータから丁寧に説明していった。

話は変わるが、私は、今、あの「大停滞」という空前のベストセラーを書いたタイラー・コーエンの次作「大格差」を読んでいる。ご存知の方も多いと思うが、「大停滞」がベストセラーとなった理由は、失われた20年と世界から蔑視されている日本の大停滞は、決して日本だけの問題ではないという論調にある。つまり、タイラーの説は、高度成長を遂げた国は、その後に、必ず、大停滞を迎えるというのである。なぜなら、高度成長は「無償の果実:人口ボーナス」によって成し遂げられるので、それを失った途端に、もはや二度と成長は出来ないということを述べている

タイラーが語る日本の事情は、それだけではない。日本が、そんな大停滞を20年も続けていながら、未だに財政破綻をしていないし、飢餓や暴動も起きていないという事実を、これから間違いなく大停滞を迎える世界中の国々が学ぶべきだと言うのである。最初の講演者であるチンツィアも、この日本が迎えた大停滞(欧米の経済学者の間では、これをJapanizationと呼ぶ)を、今回経済危機を経験した欧州が、これから学ぶべき手本として研究対象としている。

このチンティアの講演の中で、私が驚いたのは次の発表内容だった。つまり、一般的に使われるグロスのGDPで見ると、1995年から2014年までの20年間で欧州は年率3−4%で成長し、2014年のGDPは1995年の180%にまで成長している。一方、日本は、同じ20年間で全く成長しておらず、2014年のGDPは1995年と全く同レベルにある。このことは世界中の誰でも知っている既知の事実で、これが日本の失われた20年、そのものである。

ところが、チンティアは、そのグロスGDPの20年間の推移のグラフの横に、次に生産年齢人口一人当たりのGDPの20年間の推移を並べて見せた。これが凄い、欧州も米国も日本も見事に同じ線上に乗ったのである。年率で1−2%で、20年間で30%成長しているのだ。つまり、生産年齢人口一人当たりのGDP成長率で見ると、日本は、この失われた20年間でも、欧州や米国と比べて全く遜色なく成長していたのである。

1995年から2014年までの20年間の間、日本は見事に成長を果たしていたのだ。政治家も悪くない、官僚も悪くない、企業の経営者も悪くない、もちろん従業員も全く悪くない。皆、精一杯頑張っていて、やるべき仕事を見事に果たしていたのだ。ただただ、少子高齢化の進展で年々、生産年齢人口が減って行き、その減り方が、成長率と等しかったために、日本の経済成長が止まっているように見えただけなのだとチンツィアは述べた。

だからこそ、この20年間に毎年霞ヶ関が作成してきた成長戦略も全て見事に失敗し、これを何とか挽回しようと無理を重ねて1,000兆円もの借金を積み上げてしまった。今回のアベノミックスでも、結局、第三の矢である成長戦略が打ち出されることは、とうとうなかった。それも、そのはずである。日本は生産年齢にある個人ベースでみたら、毎年見事に成長しているのだから。これ以上に成長できる奇跡の戦略などあるわけがない。

さらに、チンツィアは、1995年から2014年までの「失われた20年間」で日本が見事に雇用を守ってきたことに注目すべきだと言う。つまり、この20年間で、日本は生産年齢人口の就業率が80%台で落ち着いているのに、米国は70%台、欧州は60%台となっている。だからこそ、欧州の経済危機は極めて深刻なのだ。一方、日本経済は減少を続ける生産年齢人口を逆にきちんと活かしきっているのだという。こうして見てみると、欧州は日本から多くを学ぶべきだとチンツィアは言う。

もう一人の、シルヴィア女史は、もっと深刻な話をする。EUは通貨統合によって、まさに一つのヨーロッパとなった。為替不安がなくなったことで、北部ヨーロッパの銀行が国境を越えて南部ヨーロッパに多額の資金を貸し出し、ヨーロッパ経済全体が大きく成長することができた。しかし、ギリシャやスペインの金融危機を契機に北部ヨーロッパの銀行は資金を南部ヨーロッパから全て引き上げた。困窮した南部ヨーロッパの政府は国債の消化を自国の銀行でしか出来なくなった。この結果、南部ヨーロッパは政府も銀行も互いに大きなリスクを共有することになった。EUは、もはや単一経済圏ではなくなったのである。

こうした国内に閉じた金融システムが、さらに深刻な状況を生み出している。つまり、同じEUの中でも国によって金利が大きく異なり、また東欧や南欧に進出した外国企業は、その国の中では資金調達も出来なくなっている。もはや、東欧や南欧へ進出することは大きなカントリーリスクとなっている。同じユーロなのだが、EUの中で、もはや資金は国境を超えることはない。とシルヴィアは語る。

これを聞いて、確かに、欧州経済も大変だなと、私は思ったのだが、国が多大な債券を抱え、その国の銀行が殆どの資産を自国の国債で保有しているという状況が、シルヴィアが言うように極めて危機的な状況だと言うのであれば、日本も南欧や東欧と全く同じ状況ではないかと逆に心配になる。モノが売れなくなったのは消費税のせいではない。消費税を遥かに超える円安インフレのせいだというのに消費税アップを延期してどうするのだろうか。デフレを短期に解消しようとすれば、モノが売れなくなるという覚悟が必要なのに、今の政権の経済政策は支離滅裂である。