今日の新聞でも、オバマ大統領の移民制度改革政策を巡って、先の中間選挙で大勝した共和党との熾烈な戦いについて多くの紙面を使い大々的に報じられている。移民制度に疎い日本の人々が、この記事を読むと「いくら人道的な措置と言っても、そりゃ、不法移民を救済するというのはいかがなものか?」と思われるに違いない。そして、所詮、移民制度なんて日本には関係ないということで無関心を決め込む方も多いに違いない。
しかし、アメリカの政治経済の専門家から移民問題について、いろいろ話を聞くと、それほど簡単な話ではないらしい。大体、「不法移民」と言えば、国境警備隊の目を盗み、鉄条網を乗り越えて違法に入国してくる人々を思い浮かべるかも知れない。しかし実態は、そのように違法にアメリカに入国してきた「不法移民」はアメリカの不法移民全体の20%にも満たないのである。アメリカで不法移民と呼ばれる人々の殆どは、実は合法的にアメリカに入ってきている。
つまり、今の、アメリカの不法移民とは、その殆どが、正規の労働ビザや就学ビザ、あるいは観光ビザをアメリカ政府から正規に入手してアメリカに入国した人々である。ただ、アメリカに入国してから、ビザの有効期限が切れても、アメリカに居着いてしまい、中には、結婚して子供をもうけた人々もいる。アメリカでは、アメリカで生まれた子供は、自動的にアメリカ国籍を入手できるので、子供は正規なアメリカ市民で親達が不法移民ということになる。
そして、オバマ大統領が、現在、こうした不法移民を救済しようとしているのは、決して人道的な観点からではない。つまり、移民がアメリカ経済の成長の大きく貢献しており、アメリカが先進国のなかで、唯一順調に経済成長を持続出来ているのも、まさに移民のおかげだからである。アメリカの各種統計から見ても、アメリカにおける移民のスペクトラムは高学歴で高度の技術を有する人々か、殆ど学歴はないが、低賃金で勤勉に働く人々の両極端に分かれている。
従って、現在の雇用環境の中で、殆どの場合、移民がアメリカ市民の職を脅かすという関係には、実はなっていない。そして、少なくともアメリカの経済界は移民制度改革について前向きであり、オバマ大統領の決定には大きな支持を表明している。それでは、なぜ、元々が移民を祖先に持つ、多くのアメリカ市民がオバマ大統領の移民制度改革に猛反対するのだろうか? 実際には多くのアメリカ市民は全く根拠のない理由で、移民が自分たちの職を奪っているのではないか? あるいは、移民のせいで、自分たちの賃金が低く抑えられているのではないか?という懸念を持っている。そうした、アメリカ庶民の不確かな恐れや懸念に、アメリカの保守本流を自ら任じている共和党が乗っているからにほかならない。
日本経済の20年間にわたる長期低迷は、政策の失敗や経営者の戦略ミスでも何でもなく、単に生産年齢人口の減少に起因していることは前にも述べた。中国経済が停滞し始めたのも、生産年齢人口が減少に転換したからである。アメリカだけが、生産年齢人口を順調に増加させているのは、まさに移民に依るからだ。移民の年齢構成比はアメリカ市民に比べて圧倒的に若い。もし、移民を制限したら、アメリカ経済は、日本のように長期低迷に落ち込むことは間違いない。
それでも、多くのアメリカ市民は移民に対して極めて敵対的である。その原因は、アメリカ経済が順調に成長を遂げている反面、多くのアメリカの庶民は、この10年ほどの間、賃金が上昇することもなく、暮らしは全く楽になっていないからだ。つまり、今のアメリカでは、国の経済が順調に成長することが国民生活を豊かにすることには繋がっていないというのである。中国が停滞期に入った、今、世界で唯一の経済成長大国であるアメリカにおいて、多くの人々が敗北感に浸っているという。だからこそ、経済政策で目立った失敗をしていないオバマ政権が、先の中間選挙で大敗を喫したのもアメリカ市民の敗北感が原因だと言われている。
さて、私たちは、「アメリカも大変だな」と高見の見物でいられるのだろうか?一つは、国の経済成長と人々の暮らしが豊かになることとの乖離という現在のアメリカが抱えている問題である。さて、その点について、日本ではどうだろう。東京の証券市場は沸騰しているが、一般庶民に、その熱気は感じられない。新聞紙上を賑わしている「アベノミックス」も、一般庶民には物価の高騰だけが実感として感じられるとしたら、その正否は、一体どうなのだろうか? 確かに、賃金は2−3%上がっているかもしれないとしても、スーパーで感じられる物価の実質的な値上がりもっと高い。例えば、値段は同じでも中身の重さは20−30%減となっているからだ。この値上がり感は、消費税3%の度合いを遥かに超えている。
もう一つは移民問題である。先に述べたように、アメリカの不法移民は決して不法に入国しているわけではない。合法的に入国して、そのまま居着いている人々である。アメリカの「不法移民」は、隣国メキシコからが全体の29%、克己心旺盛なアジアからが28%で過半を占めている。日本には移民問題がないとするのは、実は実態がよく分かっていないのではと思われる。今、東京、大阪を始めとして日本全国で中国人が溢れている。どうみても、この人たちは観光客や学生たちばかりではない。日本でも、移民問題をどう考えるのか、その方針を明らかにするべき時期が、早晩来るに違いない。その意味で、我々は、今、アメリカで起きようとしていることをしっかり注視したい