日本やアメリカの自動車会社の名前は創業者の名前を引き継いでいることが多い。日本のトヨタ、ホンダ、マツダやアメリカのフォード、クライスラーなどがそうである。かつて、ホンダの創業者である本田宗一郎氏は、「我が人生、最大の悔恨は会社の名前に自分の名前を付けたことだ」と仰っていた。本田氏は、町工場の本田技研工業が、今日のような世界的な大企業になるとは想像もしていなかったそうである。そうなると分かっていたら、自分の名前は付けなかったということらしい。
さて、まずは、BMWの話から始めたい。私は、富士通とドイツ・シーメンスの合弁会社の役員を10年ほど務めていたことがあり、シーメンスの本社があるミュンヘンには何度も行った。そのミュンヘンには、大変ユニークなデザインのBMW本社ビルがある。なにしろ、4つの円筒型ビルがくっついたデザインなので大変良く目立つ。この本社の一階にはBMWの車だけでなく、バイクも展示されている。日本でも車とバイクの両方を作っているホンダやスズキがあるが、同じショールムで両方展示しているのは見たことがない。高価なBMWのバイクを購入する顧客はBMWの車の所有者であることが多いのかも知れない。
そのBMW本社の近くにBMW博物館があり、そこも一度訪ねてみる価値がある。私も驚いたのだが、BMWの創業は車ではなくて、まず飛行機からだった。あるとき、飛行機から車に乗り換えたのだ。しかし、それにしても、BMWは、なぜ頭文字の略号でよばれるのだろうか? もちろん、BMWにも、きちんとした会社の正式名称がある。ドイツ語で「Bayerische Motoren Werke AG」,「 バイエルン州の自動車会社」という意味である。バイエルン州は、ドイツが統一される前は強大で豊かな王国であった。その誇り高きバイエルン州が世界に誇る自動車会社という意味である。
ところが、この英語訳は「Bavarian Motor Works」となり、そのBavarianは、少し発音を間違えると、同じ英語の「barbarian:野蛮人」と聞こえなくもない。もともとbarbarianの語源はギリシャ時代まで遡り、「ギリシャ人以外の民族」という意味だったらしい。それがローマに引き継がれて、ローマ帝国を滅亡に導いた、あの「ゲルマン民族大移動」で北から南下してきたゲルマン民族のことをローマ人が蔑視して呼んでいたのかも知れない。昔、日本人が西洋人のことを南蛮人と呼んだ感覚と同じだっただろう。ひょっとする歴史的にみて、Bavarianとbarbarianは同義語だった可能性もある。そうだとしても、こうした連想を思い起こさせる会社の呼称は、誇り高きBMWとしては全く耐え難いことであろう。だから「Bavarian Motor Works」ではなくて、BMWを正式な呼称としているのではないだろうか?
次にAudiである。VW傘下となり、VW部門の高級車を担当するAudiは、最近、単に車体が大きくなっただけでなく、会社の業績も、ますます大きく成長している。中国政府の高級幹部が乗る大型車は、殆ど全てAudiである。Audiの車の正面にあるエンブレム、銀の4つの輪は、4社が合併してできたことを表している。その4社の中で筆頭の会社の創業者アウグスト・ホルヒの姓「horch」は、「聞く」を意味するドイツ語「horchen」を連想させるものであった。ホルヒは、この「聞く」をラテン語に訳した言葉である「Audi」を社名として定めた。「Audi」はオーディオの語源ともなっている言葉であるが、なかなか意味深くして、そこまでは簡単には想像も出来ない名前の由来である。
最後は、イタリアを代表する自動車会社「FIAT」の名前の由来について語りたい。FIATの正式名称はイタリア語で「Fabbrica Italiana Automobile di Torino」であり、トリノにあるイタリア自動車工場という意味である。ちょっと考えてみておかしいのはイタリアとトリノがかぶっていることだ。本社があるトリノを社名に入れるなら、イタリアは要らない。何となく名付けの仕方に無理があり、やはりおかしい。
その推論は多分正しくて、実は「FIAT」として立派な意味がある。「FIAT」はラテン語で、その意味を英語に翻訳すると「let it be done」である。これを日本語に翻訳すれば、「あるがままに、なすがままに、なされるがままに」という類いの意味となる。ここで、もう皆様はピンときたことであろう。そう、空前のヒットとなっている「アナと雪の女王」の主題歌は「あるがままに:let it go」である。そして、「let it be」と「let it go」は殆ど同じ意味である。そう言われると、年配のビートルズファンは、1970 年3月に発売され、グループとして記念すべき最後のシングル盤となった「let it be」を思い出されるであろう。
さて、なぜ、欧米人は、そんなに「let it be」や「let it go」に拘るのだろうか?ということである。この言葉は、聖母マリアが天使から神の子を身ごもったことを知らされる、いわゆる受胎告知の時に、発せられた言葉である。当時のイスラエルでは、未婚の女性が妊娠すると石たたきの刑罰で殺される恐れがあった。しかし、聖母マリアは、身ごもった子が神の子だと信じていたので、全く恐れることなく「let it be : あるがままに」と仰った。生まれた時からキリスト教徒である欧米人は小さい時から、この言葉が刷り込まれている。だから、カトリックの総本山があるイタリアでは自動車会社の名前まで宗教色に彩られているのも決して不思議ではない。
こうしてみると自動車会社の名前には、いろいろな物語があって面白い。