70年ぶりに国内感染が発生したデング熱。地球温暖化の進展とともに、マラリアやデング熱が、この日本にも、いずれ到来すると思われたが、やはりやって来た。今回の国内感染は決して偶然のイタズラではない。もともとマラリアやデング熱は、熱帯、亜熱帯の地域では、ごく普通の伝染病である。これらの地域から多くの訪問者が日本を訪れていながら、こうした国内感染が発生しなかったのは、日本の気候が亜熱帯や熱帯ではなくて温帯だからだった。
私は、今から7年前、第一次安部内閣の時代に、安倍総理の経済随行団としてインドネシア、インドを訪れる機会があった。随行団の結団式で私たちに渡されたのは、虫除けスプレーと電気蚊取り線香だった。インドやインドネシアでは、デング熱に罹る危険性があり、宿舎では寝る前に必ず身体全体に虫除けスプレーを吹きかけ、枕元には電気蚊取り線香を付けて寝るようにとの指導があった。そして、私用で街を歩く時にも半袖、半ズボンは絶対に禁止とのことだった。確かに、暑い熱帯でありながら現地の方々は長袖、長ズボンの服装で街を歩いている。
インドネシアのジャカルタでは、自由行動が許されたので、富士通インドネシアのスタッフと会食をする機会を得ることが出来た。そこで、驚きの話を聞くことになる。1年前に日本からジャカルタに赴任した富士通の駐在員は、この1年間に3回もデング熱に罹ったと言う。いずれも毎回、40℃近い高熱と筋肉痛で1週間近く苦しめられたというのだが、それでも、彼は、笑みを浮かべて、「あと1回の辛抱です」と言う。デング熱には4種類のウイルスがあり、あと一回罹れば、全てのデング熱の免疫を得られるからだと言う。
彼は、若く健康体なので、このような試練も、笑って済まされるが、日本国内の幼児や高齢者がデング熱に罹ると、そう簡単に済まされる話ではないだろう。最近の経験したことのない激しい豪雨も、日本が熱帯化した証拠である。このことは、デング熱だけに留まらず、沖縄や九州を皮切りに日本の南部からマラリアが深刻な伝染病になってくると思われる。ところで、マラリアもデング熱も、いずれも蚊を媒介とする伝染病であるが、同じ東南アジアでも、全く事情が異なる国がある。
それは、ベトナムである。今から、15年前、ベトナムのホーチミンを訪れた時のことである。夕方になると、多くの若い男女のカップルがバイクに乗って宵闇の郊外に繰り出して行く。微笑ましい光景ではあるが、私は心配になって、現地の方に尋ねてみた。「彼らはデート中に、蚊に刺されたりしないのですか?」。すると驚きの答えが帰ってきた。「ベトナムには蚊なんていません。ベトナム戦争の枯れ葉剤で殆どの木が枯れてしまいました。それから、木が生えなくなりました。その結果、太陽の強い紫外線で蚊を含む虫達が育たなくなりました。ほら、ホーチミンの空には鳥も飛んでないでしょ。彼らの餌になる、虫が居ないからですよ」。
「ベトナム戦争から30年経っても、まだ、その爪痕が残っているのか」という驚きと、「虫が生きられない酷い環境でも、人間だけは生きられるのだ」という驚愕である。私たち人間が、何とか生きていられるから、まだ自然は大丈夫だと思ったら、それはとんでもない大間違いだ。人間はゴキブリと同様、生物の中で、環境の変化に対する耐久力がずば抜けて強い生物だと思った方が良い。昔、地下深くの鉱山に入る鉱夫達がカナリヤを連れて入坑したのは、まずカナリヤが人間より先に有毒ガスの犠牲になるからだ。
良質のウイスキーを産出する英国で、南欧でしか育たなかったブドウが栽培でき、良質のワインが生産出来るようになった。今、東北山形では温暖な四国や南紀でしか採れなかったミカンの栽培を始めようとしており、山形名産のサクランボを将来北海道で生産することを計画している。農業を営む人たちは、もはや地球温暖化は避けられないものと考え、それにどう適応しようかと考えている。さて、一般の人々は、農業従事者ほどの鋭い感性を持って、この地球温暖化に対処しようといているのだろうか?
最近、新聞やテレビでは、日本海での津波防災の議論で盛り上がっている。確かに、東日本大震災で生じた想定外の大津波は大きな災害をもたらした。しかし、こうした未曾有の大災害は1000年に一度のことである。1000年に一度の津波をどう防ぐかを議論する人たちは居ても、じわじわと進展する地球温暖化によって生じる、1000年後の海面上昇はどれだけになるか、その議論は一切ない。地震や大津波は起きるかも知れないし、起きないかも知れない。しかし、地球温暖化による海面上昇は少しずつではあるが着実に必ず起きる。
そうした地球温暖化を利用して大きな利益と得ようと着々と計画を進めている人たちも居る。それが北極海の利用である。一つは北極海光ファイバーケーブルであり、もう一つは北極海航路である。北極海を利用して、ヨーロッパから日本を経由してカナダまで敷設されようとしている光ファイバーケーブルは非常に大きな意味がある。陸上を走るネットワークケーブルは、どこかの国の施政権がある土地の上に敷設されるので、盗聴される恐れがある。しかし、北極海を巡る海底ケーブルはロシアもアメリカも中国の領土を経由することもないので極めて安全である。
もう一つ、北極海航路は世界の物流を大きく変える。スエズ運河やパナマ運河の位置づけも大きく変わるし、日本でも、太平洋沿岸と日本海沿岸の価値と位置づけが大きく変わる。実際、北極海光ケーブルの中継基地となるであろう小樽にICT業界の熱い視線を集めている。小樽は、気温が低いという利点も合わせて、日本有数のデータセンター基地となるだろう。70年ぶりに日本でデング熱の国内感染が発生したことは、日本だけでなく、世界が大きく変わることの前触れでもある。