先週から、私はアメリカ合衆国年金を受給できるようになった。アメリカ駐在期間が3年と短期間であったため受給金額は、ほんの僅かではあるが、やはり外国から年金を頂けるのはとても嬉しいし、米国政府には心から感謝している。しかし、ここに至るまでの過程は、そう簡単ではなかったので、今後、このアメリカ合衆国年金を申請される方に、多少ご参考になるかと思い、申請から受給までの経過を書いてみた。
最近は日米両国政府が双方から重なって年金徴収を行わなくて良い相互協定が結ばれたため、私のように日本企業から米国へ一時駐在する社員は、日本で年金を納めている限り、米国での年金支払いが免除されることになった。従って、アメリカ合衆国年金を受給できることもない。また、大昔は、アメリカも日本からの駐在員に対して、年金の徴収はしておきながら、アメリカ滞在が10年以上でないと受給資格が得られず、掛け捨てになってしまうという不合理な規則があった。
それが改正され、アメリカ滞在期間が10年未満でも、日本での年金支払い期間が合算して基準を満たしていれば、アメリカでの支払い期間に応じた年金を支払うよう変更された。従って、我々の世代は、日本人でありながらアメリカ合衆国年金が受給できる貴重な世代となった。我々の大先輩は、こうした経験をすることはなかったし、我々の後輩たちも、これから、こうした経験を得ることはなくなりつつある。
まず、私は65歳になった時に、まだ働いていたので日本の年金受給は申請せずに、アメリカの年金を申請しようとしたのだが、つい最近、アメリカは受給開始年齢を66歳に引き上げた。アメリカ政府は、これから徐々に引き上げて受給開始年齢を70歳まで移行しようとしているらしい。これは世界的な傾向で、日本もこれに追随せざるを得ない状況に追い込まれるものと思われる。そして、昨年秋に、ようやく66歳になったので、アメリカ大使館のHPから申請書をダウンロードして必要事項を記入した。提出先は、日本年金機構の、どの年金事務所でもよい。
どこでも良いのなら、居住地の横浜より、勤務地の近くの東京都港区にある港年金事務所が良いだろうと思って行ってみた。これは、大正解であった。窓口で「アメリカ合衆国年金の受給申請をしたいのですが」と言うと、全く驚いた様子もなく、「はい、それでは3番窓口に行って下さい」と自然体で案内される。これが地方の年金事務所だったら、どうだろう。「えー! アメリカの年金ですか? どうしよう!」などとならないとも限らない。東京のど真ん中港区の年金事務所は、グローバルな手続きにも慣れている。
私の申請書をチェックしていた係りの方は、「あなた結婚しているんですか?」と聞く。「それでは奥様の分は申請しないんですか?」と尋ねてきた。「いやあ、私は、単身赴任だったので妻は日本居ました。」と答えると「それは関係ないです。アメリカ合衆国年金は奥さんにも支給されるのです。あなたの申請欄の下に、奥様の名前と生年月日を書いて下さい。それで結婚しているという証明、つまり奥様の戸籍謄本が必要です。」「今日は、持って来ていませんので再度出直してきます」と私が答えると、係りの方は「その必要はありません。今、返信用封筒を渡しますから、それに奥様の戸籍謄本を入れて送り返して下さい。」と自分の宛名を書いた封筒を私に渡してくれた。
最後に、「はい。これであなたの申請手続きは完了です。あなたの奥様の戸籍謄本が届いたら、英語の申請書類に変換してフィリピンに送ります。米国連邦年金庁は全てフィリピンに業務をアウトソーシングしています。何か月かするとフィリピンから本人確認の電話が入りますから、それに応えてください。」 港年金事務所の担当者は親切でテキパキしていて、本当に心地よかったが、彼女は、「これで私の仕事はおしまい。後は、あなたフィリピンの担当者とうまくやるのよ!」と言っているように聞こえた。確かに、それしかない。
そして、それから半年たっても、何の音沙汰もない、今年の4月。たまたま米国駐在を経験し、現在、米国年金を受給している元上司と一緒にゴルフをする機会に恵まれたので、このことを聞いてみた。「それは半年くらい十分かかるさ。突然、自宅にフィリピンから電話が掛かってきて、自分と家内と両方の本人確認をされたよ。」と教えてくれた。さて、自分は、今、昼間は会社に行っているし、突然フィリピンから自宅に英語で電話が掛かってきたら、家内は相当に慌てるだろうな。それで言葉がうまく通じなかったらどうなるのだろうか?と心配になった。当然、家内にそんなことを話したら、「もう米国の年金なんて要らないわよ」と開き直るだろう。
ところが、天は我々を見捨てなかった。5月の連休の最中、日本は休日だがアメリカは休日ではない。アメリカ大使館から自宅に電話が掛かってきた。しかも、流暢な日本語である。「今から、米国年金のことでご主人様と奥様にそれぞれ10分ほどインタビューをさせて頂き、本人確認をさせて頂きます。」と来た。本当にラッキーであった。私と家内が、たまたま自宅に居る時に親切な米国大使館員が丁寧に日本語で応対してくれたのだ。
インタビューが無事完了し、私と妻の年金振込口座を確認すると、「これで手続きは全て完了です。しかし、奥様は日本に居られたので、現在、社会保障番号(SSN)をお持ちではありませんが、年金受給にはSSNが必ず必要です。このSSNの申請には、ご主人と一緒にパスポートを持参し米国大使館に出頭して手続きをしてください。米国大使館での手続きは事前予約が必要です。」と言われて、その場で、私が付き添える日時を予約した。
さて、次は米国大使館である。私は、何度も米国大使館には行ったことはあるが、考えてみると行ったのは大使館ではなくて米国の駐日大使公邸であった。当然、招待状も持参しており、車番も事前に登録しているので公邸玄関から車で入ることが出来た。しかし、今度は大使館の申請窓口である。米国駐在のための労働ビザもエージェントにとってもらったので、自分では大使館には行っていない。生まれて初めて、米国大使館の申請窓口に行ったら、これが驚いた。長蛇の列である。しかも、当然のことであるが持ち物チェックは空港より厳しい。まず、それ以前、殆どの人がチェックゲートに辿りつかない。事前予約がないという理由で、門前払いで引き返させられるのだ。これは全く容赦がない。厳しい。
ちょっと大変だなと思ったが、私たちは名前と目的と予約時間を告げると、なにやら資料を調べて「どうぞ、中にお入り下さい」と直ぐに許可された。しかし、そこに到達するまで入り口で30分ほど列に並ばされたことは言うまでもない。携帯電話など持ち込みを許されない私物は全て一時預かりされて中に入る。さすがに予約しているだけあって、直ぐに呼ばれて、家内のパスポートをコピーされた後に、先日インタビューされた結果の調査票の写しを二人分渡された。「はい、これで、本当に全て完了です。3か月経っても銀行口座に何も振り込まれない場合は、ご連絡下さい。アメリカは事務処理に時間がかかる国ですが、処理が終われば後はキチンと行われます。」良かった、これで全て済んだ。それが5月12日のことであった。
それから1週間後に、米国から私と家内に2通の通知が航空便で届いた。早速、中を空けてみると、驚きの内容が書かれていた。まず、「Notice of Disallowance:不許可」の文字が目に飛び込んできた。この通知の発行日付は5月14日。私達が米国大使館に出頭して直ぐに米国で処理が始まっていることを示している。これは、やばい。そう思って、米国大使館で貰って来た「その後の手続き」という解説書を良く読んでみた。その中に「米国から書類が届いた場合、大使館はその翻訳を引き受けません。ご家族か、ご友人に翻訳して頂き、その内容をよく理解してから、大使館にお問い合わせください」と記述されている。
仕方がない。自分で良く読んで理解するしかない。それで、丁寧に読んでみると、こう書いてある。「あなたは米国での年金支払い期間が短く受給規則を満たしていない。これから、日本での支払い期間を調べて合算して満足するかどうかを確認する。」これは、おかしい、最初に合算して資格があるからこそ、日本からフィリピンに書類を送付しているはずなのに、今更、何を言っているの?と憤慨した。そして、さらに読み進めると、「あなたが、この決定に合意できないのであれば、5日以内にクレームを提出しなさい。もし、それを怠ると、あなたは、この申請を最初からやり直さなくてはならない。」と書いてある。冗談じゃない。これは直ぐにアメリカ大使館に連絡しなくてはと、朝9時になって一番に電話をした。
電話をすると、先日、インタビューをして頂いた親切な大使館員の方が出られて、少し苛立った口調で、「あなたの手続きは全て順調に進んでいます。今、あなたがお持ちの書類に書かれていることは全て無視して下さい。」と言われた。そうか、信じるしかない。信じて待つしかない。ここで、この親切な大使館員の方に見放されたら、もう先に進みようがない。そう思って、お礼を申し上げて電話を切った。
それから、1週間後に再びアメリカから2通の通知が届いた。今度の書類には、2通とも「 Notice of Award :手続き完了」の文字が書いてある。私の通知には、月々の受給額が書いてあり、家内の通知には、社会保障番号(SSN)カードが入っていた。そして、その1週間後に、私の銀行口座には昨年秋からの分も含めた累積金額が、無事米国年金庁から振り込まれていた。何事も辛抱強く諦めずにやれば、必ず成功するということを、この年になって、また教えられた。
そして、アメリカという国は、途中のプロセスでは、いろいろあるが、やはりコンピュータを駆使して、決められたことはキチンとやる、極めて公平な先進国であることは間違いない。日本の年金問題との決定的な差は、この社会保障番号(SSN)の存在であろう。アメリカでは、このSSNを持たない限り、銀行口座は作れない、クレジットカードも作れない、そして何より運転免許証がもらえない。アメリカでの運転免許証は住民票の代わりになるものなので、SSNを持っていないということはアメリカで暮らす資格のない不法移民となってしまうからだ。こうしたしっかりとした基盤の上にアメリカの年金はミスなく運用されている。