2014年4月 のアーカイブ

266  デジタル・ラーニング (その1)

2014年4月21日 月曜日

無料で大学の授業が学べるMOOC(大規模公開オンライン講座)の日本版であるJMOOCが4月14日から始まった。既に申し込みも4万人を超え、まずは順調な滑り出しである。さて、これから先、MOOCは、どのような発展をしていくのか?少し先読みがしたくて、このたび米国を行脚することにした。大学は西海岸のスタンフォード、UCバークレイ、東海岸のMIT。加えて、教育分野のスタートアップとそれを支援するVCファンドを訪問することにした。

そもそも、大学関係者のMOOCに対するスタンスは3つある。まず、第一は「静観」である。MITが始めた公開講義資料(OCW)も寄付金が底をついたところで尻つぼみになってしまった。MOOCも収益モデルが見えないので、持続性に疑問があるということだと思われる。第二は「拒絶」である。そんなことを認めたら大学が潰れてしまうという恐怖がある。講義には知財権があり、無償で公開するなどとんでもないということであろう。そして、第三のスタンスは「期待」である。今のままの大学はいつか破綻する。そうなる前の一つのショック療法としてMOOCは有効な改革の導火線になるというわけだ。

さて、このMOOCの議論をしたくて米国に来た私にとって、最初の戸惑いは議論の中に「MOOC」というキーワードが殆ど出てこないことだった。殆どの会話では出てくるキーワードは「デジタル・ラーニング」。この「デジタル・ラーニング」はMOOCを否定するものでもないし、MOOCと対立する言葉でもない。むしろMOOCを包含し、コンピュータを活用する教育システム全般を指す言葉だと思った方がよい。その意味で、デジタル・ラーニングという視点から捉えると自ずからMOOCそのものの行く末も見えてくる。

そして、このデジタル・ラーニングを巡る、もっとシリアスな議論は、MOOCがどうなるか?というより、大学そのものが今後どうなるか?ということに帰着する。米国におけるデジタル・ラーニングを研究する人々の大義は、今のままでは大学が存続できないということであった。今後、大学の運営は益々多額の費用が必要なのに、連邦政府、地方政府ともに財政問題から高等教育のメッカである大学を支援することはできない。私立大学も、もはやこれ以上授業料を引き上げることは出来ない。今でさえ、学生ローンで自己破産する学生が後をたたないからだ。

さらに、大学が果たしている高等教育が雇用の問題にどれだけ貢献できているかという問題がある。例えば、現在、EUが抱える最大の問題は若年層の失業率であるが、高等教育を受けた若者ほど失業率が高いという問題がある。ベストセラー著作、「オープン・イノベーション」で有名になったUCバークレイのチェスブロウ教授は、一番大学進学率が低いドイツの若年層失業率が一番低く、比較的大学進学率が高いスペインの若年層失業率が高いことを挙げた。さらに、世界一大学進学率が高い、韓国の高学歴社会が、今、極めて厳しい状況に陥っていることを挙げた。今や、大学が社会にどのように貢献できているかが問われていると指摘する。

そして、実はアメリカも大学新卒の就職率が20%を切っている。しかし、今のアメリカの大学生には起業という道が開かれており、しかも、それが極めてローリスクであるという。起業に必要な資金は15年前のドット・コムバブル時代に比べて100分の一であり、たとえ起業が失敗しても、そのプロセスで得た知識や経験を大企業が就職の際に尊重するというアメリカ社会の開かれた文化が課題を解決している。

大学は好きなことを勉強すればよい。別に、就職のために大学にいく訳ではない。確かに、それは正論である。特に、ヨーロッパは古くからの伝統的な長い大学の歴史を持っている。富士通総研の野中理事長は、企業の経営者にとって一番重要な学問はリベラルアーツ(一般教養)だという。これは、私も全く賛成で異論はない。しかし、企業は大学を卒業したばかりの若者に対してリベラルアーツの知見を求めてはいない。企業が若い学生に対して求めているのは、むしろ実践に役立つ専門的なスキルである。

大学教育と企業の求人との間で、今、一番大きなミスマッチが起きている理由がそこにある。そして、そこには大学に代わって利潤を追求する一般企業が、この高等教育の分野に参入する大きな機会が生まれてくることになる。現在のアメリカでは、Ed-Tech(教育テクノロジー)をポートフォリオに組み込んでいないファンドには、もはや資金が入ってこないのだという。つまり、今のアメリカでは21世紀において教育産業は医療産業と並んで、最も成長が期待されている分野であり、巨額の資金が流れ込んでいる。「デジタル・ラーニング」は、そうした金の卵を象徴するキーワードである。MOOCが、今後、どう発展していくかを予測するには、この「デジタル・ラーニング」という大きな潮流の中で考えていかないと正しく想定することは難しいだろうと考える。

265 インターネット・ガバナンス (その2)

2014年4月1日 火曜日

Google会長のエリック・シュミット氏が、同僚のジャレット・コーエン氏と共に書き下ろした「第五の権力:Googleには見えている未来」は、近年になく内容のある著作だった。もっとも、この和訳の題は、原題である「The New Digital Age : Reshaping The Future of People, Nations and Business」に比べてあまりに不自然で、売れ行きを意識し商業主義に堕ちた「題名」としか思えないが、内容は原題に沿っていて、私達同業者が読んでも、本当に面白い。

エリック・シュミット氏が、未だGoogleのCEOだった頃に、ダボスで行われる世界経済フォーラムにてIT業界のTOPで構成される非公開会議の場で、ご一緒させて頂いたことがある。車座に並ぶ席で、シュミット氏は私の隣に座られた。簡単な挨拶をしたが、何だかやり手の経営者というより、静かで思索的な学者という佇まいであった。それでも、シュミット氏は、シスコCEOのチェンバース氏と当時マイクロソフトCEOだったゲーツ氏と3人で立ち上がり、人類と地球の持続性に関するICTの役割というテーマで活発な議論をされていた。

この本は、国家権力である司法・立法・行政とそれを監視するメディアという従来の4つの権力に加えて、2050年、世界の80億人がオンラインで繋がることにより、インターネットが第五の権力になるのではないか?という設問に答えていて、それで、和訳の題名も「第五の権力」を付けたものと思われるが、そもそも、世界中の国家群の中で、司法・立法・行政がきちんと3権分立している国が、どれほどあるのか? あるいは、国家権力から自由を与えられているメディアが、どれほどあるのか? という疑問が沸いてくる。この4つの権力が存在しない国に、第五の権力は成立しえないのではないか?とも思ってしまう。

しかし、シュミット氏は、この点についても、この本の中で、しっかり実例を挙げて述べている。そして、あたかも世界中を自由に結びつけていると言われているインターネットが、実は、その物理的な回線は国家の領土の上に張られていて、国境の中では国家権力は随意にインターネット情報の規制を施すことが出来ることを忘れてはならないと言う。

さて、インターネットを規制する力を得た国家権力は、安定した政権を維持し続けられるのだろうか? その答えは、アラブの春を見ると良いとシュミットは言う。まず、最初にインターネットを通じて政権を倒したチュニジアでは、あまりに早く大統領が亡命してしまったので、反政府勢力は政権を奪取する暇さえなかったが、内閣は国民の総意に基づいて全閣僚が総辞職した。代わりに首相に就いたハマディ・ジュバリ氏はかつて反政府運動で投獄された人物だった。そのハマディ首相が、将来、民衆の弾圧をする可能性がある内務相には、前政権下で14年間独房に監禁された経験を持つアリ・ラアレイエド氏を選んだのだ。だから、チュニジアは民衆が相応しいと認める暫定政府が出来上がった。

次にリビアを見てみると、インターネットは一致団結した軍隊ではなかった反政府武装勢力を2週間できちんとした組織であるリビア国民評議会(NTC)を結成するのに役立った。この委員会は、元軍幹部、学識者、弁護士、政治家、実業家など実力ある著名なリーダーで構成され、諸外国やNATO当局との交渉にまであたった。NTC委員長のマフムード・ジブリ―はカダフィが捕獲され殺害される直後まで暫定首相を務めたのである。

しかし、同じ、アラブの春と言われながら、エジプトは全く異なる様相を示している。チュニジアとリビアにおいて、インターネットの介在でおきた政権打倒の動きを恐れたムバラク政権は、国内のインターネットサービスプロバイダー(ISP)5社にインターネットを遮断するよう命令した。これは、極めて効率的だった。この5社の協力で、エジプト全国民の95%がインターネットを使えなくなったのである。これにエジプト国民が激怒して暴動を起こし、政権は倒れざるを得なくなった。

ムバラク政権はインターネットによって倒されたのではない。国民にインターネットを使えなくして倒れたのだ。そう、今朝のWSJの記事を見るとトルコ政府のインターネット遮断の記事が出ている。エルドワン政権は、先日の選挙で辛くも勝つことが出来たが、その陰で、トルコ政府は極めて卑劣なインターネット操作をしたのだとWSJは報じている。

つまり、トルコテレコムに偽のDNSサーバーを立ち上げさせ、国民がGoogle,YouTube,Twitter,Facebookにアクセスしようとすると、巧みに、それを暗闇の洞窟へと誘い込んだというのである。国民からすれば、遮断されているわけではないが、何故かブラックアウトになる。何か変だなと思っただけであろう。しかし、このしっぺ返しは必ずやってくる。政府を信用できなくなった国民は、二度と政府の言う事を聞かなくなるからである。

また、シュミット氏は、今後の戦争は「Cold War」から「Code War」になると言う。冷戦からソフトウエアによる戦争へと向かう、即ちサイバー戦争時代への突入である。これは極めて深刻で、どんなに堅固なセキュリティの壁も、たった150行のプログラムで侵入し、システムを破壊できるのに、それを防ぐためには何千万行のプログラムを書いても完璧に守ることは出来ないという。

一体、私たちは、どうしたら良いのだろうか? この問いに対して、シュミット氏は、このように提案する。生命体が持つ防御装置に似せて作れば良いというのである。つまり、コンピューター機器の一つ一つが別のDNAを持つようにすれば、ウイルス作成者は、個別の機器ごとに侵入プログラムを書かなければならなくなり、サイバーテロを目指すことが極めて非効率になる。と言うのである。

「ウイルス」と「DNA」が出てくるので、何だか、わかったような気にもなるが、実は私にもよくわからない。サンマイクロのCTOを務めた天才技術者、シュミット博士が率いるGoogleには、その解き方が既に見えているのかも知れない。

264 インターネット・ガバナンス (その1)

2014年4月1日 火曜日

私は、来週4月8日から東京で開催される日本・EU BRT(ビジネスラウンドテーブル)に参加する。日本とEUと毎年、交互に場所を変えて開かれる、この会議に参加してから、今年で早くも8年目になる。昨年は、あの憧れのパリで開催され会場はフランス外務省の迎賓館だったが、今年は東京の帝国ホテルでの開催となる。この会議の日本側共同議長を長らく務めてこられた米倉弘昌住友化学会長は、今年を最後に、来年から佃和夫三菱重工相談役に引き継がれることになった。

この会議の主旨は、日本とEUのビジネスリーダーが、一緒に、日本とEUの政府に共同提言を出すと言うものであるが、この数年間は、日本とEUの経済連携交渉(日・EU FTA/EPA)に関わることが主題となってきた。日本とEUのFTA/EPA交渉は既に最終段階に入って来ているが、日本と米国の間のTPP交渉と同様に、最後の詰めの段階に入るほどに困難さは一層増しており決して楽観を許さない状況にある。一方、EUも米国との間でTTPの大西洋版とも言うべき環大西洋貿易パートナーシップ(TTIP)を現在交渉中である。

国連配下のWTOで先進国と途上国との対立が一向に解決しない中で、世界の自由貿易交渉は、日本‐EU‐米国の3つの先進国間での三つ巴の交渉に焦点があたっている。こうした交渉の中で、お互いの対立点を明確化して、その打開策を見出すことももちろん重要であるが、お互いの共通の利益を確保するために、いかに両者で協調を深めて行動するかという議論はさらに重要である。日本とEUが共有する価値観は数多くあるが、その中でも、最もホットな議題の一つとしてインターネット・ガバナンスの問題がある。

元来、インターネットは自由でオープンな情報交流を目指して構築され、今日の世界経済の発展に大きく貢献してきたが、一方で、児童ポルノや麻薬取引、マネーロンダリングなど犯罪に絡む影の部分をどう排除するか? あるいは、悪意を持った攻撃、特に特定の政府組織や企業を狙ったサイバーテロを、どのように防ぐか?という課題を持っている。

こうしたセキュリティ確保という課題に関して日本・EU・米国を中心とする先進国と中国・ロシア・アフリカ・アラブという新興国・途上国が対立した立場にある。特に、これまでインターネットには関わってこなかった国連配下の国際電気通信連合(ITU)の2012年12月の会合にて、インターネットセキュリティ確保に向けて国際電気通信規則(ITR)の改正が議論された。これまで、ITUでの規則改定では全員一致が原則だったにも関わらず、先進国と途上国・新興国との激しい対立の中、異例の投票によって改正ITRが成立してしまった。現在、この改正ITRへの署名国は89ヶ国であるが、米国、EU、日本を中心とする先進国55ヵ国は署名を拒否している。この結果、ITUはインターネット・ガバナンスに関して完全に指導力を失ってしまった。

途上国・新興国が、インターネットを国家管理の中に置くと言う点で、これだけ一致団結しているのは、その政情不安定の中で、インタ―ネットに対する恐れがあるからとも言えるだろう。しかも、インターネットはグローバルとは言いながら、実際のネットワークは、物理的に、その国の領土の中を巡っており、インターネットの規制は国境の中で国家が自由に行えるという状況にもあるからだ。

そうした中で、多くの先進国は自由でオープンなインターネットを目指しているわけだが、先般の米国国家安全保障局(NSA)のEU各国の首脳にまで及ぶ盗聴問題のためにEUは米国に対して不信感が強まっていた。米国も、こうした欧州首脳を怒らせたスキャンダルに対応して、インターネットのIPアドレスとドメインネームを一括管理する非営利の民間団体であるICANNを米国商務省の管轄から外して、マルチステークホルダー化することを今年の3月14日に表明してきている。

来週から開催される日本・EU BRT(ビジネスラウンドテーブル)では、昨年末、日本の総務省とEU委員会通信ネットワーク総局とのICT政策対話でまとめられた結果を受けて、米国が表明したマルチステークホルダーによるインターネット・ガバナンスのあり方を共に支持していくことを表明することになるだろう。

国家の発展の過程において、課題解決のやり方は、それぞれの国で、さまざまであろう。先進国も、決して100年前から現在のような開かれた民主主義国家だったわけではない。しかし、あくまで、インターネット・ガバナンスの原則は、「基本的人権及び民主的価値観の重視」という基本を崩してはならない。この点で、日本とEUが共に、新興国・途上国との丁寧な会話を、今後とも持ち続けていくことは大変重要なことだと思う。歴史は民意を真摯に受け止めることができない国家が永く持続することは大変難しいことを教えている。