2014年3月 のアーカイブ

260  永遠の命

2014年3月10日 月曜日

今年は4月20日が復活祭である。その四旬節の最中である、昨日(3月9日)にカトリック藤沢教会で行われた横浜司教区主催の洗礼志願式に参加した。横浜司教区は神奈川県、静岡県、山梨県、長野県を含む広範囲にわたっており、昨日は、藤沢から一番遠い地区として沼津市からも参加されていた。この洗礼志願式で署名し誓いをたて、4月20日の復活祭で正式に洗礼を受けることになる。

昨年の5月より、毎週火曜日の夜、今年の復活祭に洗礼を受けられるよう、鷺沼教会の松尾神父さまより10か月にわたってカトリックの講義を受けてきた。この中で、私は二つのことを新たに学ぶことが出来た。一つは、紀元前3000年より今日に至るまでの5000年間もユダヤ人が受けてきた長い迫害の歴史である。これだけの長い間の迫害に耐えてきたからこそ、「選ばれた民」としての資格があるのか、あるいは「選ばれた民」であるからこそ、永い間、迫害を受けても挫けなかったのか、きっと、そのどちらかであろう。

もう一つは、ヘブライ語で書かれた旧約聖書、ギリシャ語で書かれた新約聖書を、異なる文化で育まれた日本語に訳すのは相当に難しいということである。現在の旧約聖書、新約聖書ともに日本のカトリックとプロテスタントの多くの方々が、長い時間をかけて、ご苦労をされて共同訳を作られたものの、そもそも訳語として存在しないものを敢えて訳すというのは、相当に困難である。今回、松尾神父さまの講義では、本来のヘブライ語やギリシャ語の意味、それを受けたイタリア語や英語の解釈を交えて説明して頂いたので大変判り易かった。

その一つが三位一体で使われる「聖霊」である。日本語の霊は、幽霊とか霊感商法とか、あまり良い意味ではないことに使われることもある。松尾神父さまは、聖書で言う本来の意味は、日本の感覚の「霊」ではなくて、神の「息吹き」なのだと言う。「そうか!だから、英語では、神のご加護を!と言う意味でGod bless you ! と言うのだ」と改めて理解できる。

会社を離れて、こうした信仰の勉強しながら、会社では、同僚と、脳科学や人工知能といったコンピュータ・サイエンスの議論をしているのは、相矛盾しないのかという疑問も、当初は多少あった。しかし、少なくともカトリックにおいては教皇ヨハネパウロ二世の時代に永年懸案だった「進化論」について異論を挟まないと言う方針を、既に、お決めになられている。ヨハネパウロ二世は、かつて、「地動説」で対応を誤った経験を活かし、今後、カトリックはサイエンスの世界に、二度と言及しないという方針を決められた。全く、正しい見解であると私は思う。

コンピュータ・サイエンスの世界では、現在、人工知能というテーマが大きな脚光を浴びている。昨年、私が訪れたシリコンバレーの新設大学、「Singularity(特異点)Univ.」は、まさに、その問題に正面から取り組んでいる。ここで言う「特異点」とは、「コンピューターが人間を超える時」である。世界中から、このSingularity Univ.にやってくる英才たちは、そもそも、「コンピュータが人間を超えられるかどうか?」という議論には組みしない。彼らの議論の焦点は「いつ、超えられるか?」である。2040年とも2030年とも言われている、その時期が本当はいつか?ということに焦点を絞っている。

そして、その「特異点」という意味の本質は、その時から、世の中が今までとは全く不連続な世界に突入するということを表している。コンピューターが人間の能力を超える時、世界はどう変わるのか? そのためには、今から、どのような準備をしなければならないか?という議論が盛んに行われている。その中の一つとして、これまで高い知識を持つことで成り立っていた職業、例えば、医師、弁護士、教師といった社会のエリートだった職業が絶滅危惧種になるのではないか?という議論がある。そこまで至らない現在においてすら、先進国、新興国を問わず、高学歴者の就職難が、これまでよりずっと深刻な状況になっている。

東大の医学部を首席で卒業し、天皇陛下の侍医までされた武藤真祐先生は、現在、大震災で壊滅的な被害を受けた石巻で、被災患者を訪問する在宅診療をされている。武藤先生はコンサルファーム・マッキンゼーにてIT技術と会計学を学ばれたスーパードクターである。この武藤先生が、石巻で仰られた言葉が私は忘れられない。「医師は、もっとコンピューターを駆使すべきです。どんな優秀な医師でも、知識の豊富さではコンピューターには適わない。医師が、医師としての本来の役割を果たすのは患者との会話にあるのです。プラセボ(偽薬)効果とも言われるように、患者が効くと思えば偽薬でも効くことがあるのです。医師は患者の心を前向きにさせれば、その自己治癒能力を高めることが出来るのです。」

そう、コンピューターは「知の世界」では、間違いなく、まもなく人間を超えるだろう。しかし、人間の人間である所以として、「知の世界」だけではなく、「心の世界」、「情けの世界」の役割が非常に大きいはずだ。多分、教皇ヨハネパウロ二世は、信仰世界は知の世界(サイエンスの領域)には口を挟まない。しかし、「心の世界」、「情けの世界」に対して、信仰世界は、しっかりと貢献しますよと仰っているに違いない。さて、復活祭での祈りの中には、「死者からの復活、永遠の命」と言う、とても大事な言葉がある。カトリックに限らず、世界中の多くの宗教が、この「永遠の命」というテーマに関わっている。さて、これをサイエンティストとして、心から信じるのか?信じないのか?という問題がある。

私が、この文章を書いているのもそうだが、最近、多くの方々がブログを書かれている。このことは、実は大きな問題を孕んでいる。それは、一度投稿したら、二度と削除や変更が出来ないというリスクである。サイバー空間には、コピーサイトやミラーサイトが無数にあって、投稿した本人が削除や修正をしても、最初の原本が永遠に残り削除が出来ないということがある。しかし、一方で、紙の本で出版されたものは、廃棄されたり焼却されたりしたら、二度と人の目に触れることはない。つまり、「形のあるものは、いつかは滅ぶ」のに対して、サイバー空間に漂ったものは「永遠の命」に授かるのである。「自分が生きた足跡を永遠に残したい」、そうした願望で多くの人々がブログを書いているのかも知れない。

最近では、人工知能と脳科学が合体して、人間の脳の全てをサイバー空間にコピーできないかという研究が進んでいると言う。もし、それが実現したら、人の肉体が滅んでも、その人の意識は「永遠の命」を授けられて、永遠に生き続けることになる。

259  黒田官兵衛

2014年3月3日 月曜日

どうも私はNHKの大河ドラマの影響を受けやすい。2008年の「天璋院篤姫」の時に、近所の酒屋で見つけた鹿児島本格芋焼酎「篤姫」にはまり、未だに家での晩酌は、この「篤姫」と決めている。清酒で使われる黄麹を使っているので、味はまろやかで飲みやすい。最近、ますます人気が出てきたようで、店にある時に纏めて2-3本買っておかないと切らすことになる。1800ml瓶の「篤姫」を台所に、いつも何本も並べて置くので家内の評判はすこぶるよくない。

昨年は「八重の桜」だったが、大震災以降、頻繁に訪れることになった会津若松が舞台で、主演女優の綾瀬はるかさんも素敵だったので、すっかり番組の虜になってしまった。地元の方に伺うと、実は八重さんのことはあまり知らないようで、むしろ京都商工会議所会頭を務めた、お兄さんの山本覚馬氏の方が有名である。会津若松出身の女傑としても、後に鹿鳴館の女王となった山川捨松さん(兄の山川健次郎氏は東大総長を二度も務めている)の方が山本八重さんより知られている。つまり、それだけ会津は人材が豊富だったということのようである。

さて、今回の大河ドラマ「黒田官兵衛」については、当初、それほど関心がなかったが、年明けに講演で福岡を訪れたところ、地元は大変な盛り上がりで市内の随所に「黒田官兵衛のぼり」が立っていた。講演が始まるまでの僅かな空き時間に九州支社長の運転手さんに黒田家の菩提寺を案内頂いたりしたので、だんだん興味が沸いてきた。それまでは、黒田節で有名な黒田官兵衛くらいしか知識がなかったが、一体、どんな人だったのだろうと、いろいろと調べ始めてみた。

もともと、黒田官兵衛は俗称であり、本名は黒田孝高で、号を「如水」と言う。何しろ夥しい数の戦いがあった戦国時代に一度も負けたことがない名軍師であるからして黒田官兵衛を題材とした本は山ほどある。その中で、私が手に取った本はイエズス会から日本に派遣された宣教師ルイス・フロイスが著したフロイス日本史第11巻「黒田官兵衛の改宗」である。

フロイスはポルトガル人で1563年に来日し、九州や五畿内で布教につとめた。秀吉の伴天連追放令で一度日本から離れるが、再び来日して1597年長崎で没するまで長期にわたって日本に滞在する。その間、信長との会見は18回に及び、秀吉や官兵衛を始め多くの戦国武将との面識を得た。この人が、全12巻にも及ぶ膨大な量の日本史を表しているのだから、その内容は凄い。多分、同時代のどの日本人より正確に歴史を記述しているはずである。

この本によれば、フロイスは小早川隆景の許しを得て開いた山口の司祭館で黒田官兵衛と初めて会っている。黒田シメオン官兵衛は、その2年前に高山ジェスト右近と、その父ダリオから説得されて大阪でキリスト教に入信したが、関白秀吉の第一の武将として繁忙で教義の勉強をする暇もなかったとフロイスは書いている。また、官兵衛は毛利軍の大半を九州へ追いやり、四国を制圧して山口にやってきたが、毛利輝元と直接直談判をして山口の司祭館の拡張を認めさせただけでなく、交通の要所である下関にも司祭館を設立する許可を得ている。また、官兵衛は、フロイスらの日本での宣教活動に便宜を図ってもらえるよう毛利輝元や小早川隆景をフロイスらの宣教師達と直接合わせて会食までさせている。

さて、フロイスが言うほどに官兵衛は戦いに多忙でキリスト教の教義の勉強をする暇がなかったのだろうか? 九州に乗り込んだ黒田官兵衛が軍備品調達のために長崎商人と交わした契約書に押印されている朱印にはSimeon Josuiとアルファベットで刻印されている。Simeonはもちろん官兵衛の洗礼名であるが、Josuiは官兵衛の号「如水」であろう。この官兵衛の号である「如水」は博多では、地名や商号や建物の名前に沢山付けられている。このJosuiさえも、モーゼの後継者で神がアブラハムの子孫へ与えると約束したカナンの地を攻め取ったヨシュアのポルトガル読みだと言われている。官兵衛は、戦いに明け暮れる多忙な中で旧約聖書の勉強までしっかりしていたのだった。

私たちは、一般に「軍師」と言えば、策略家、陰謀家を想像するが、戦国時代の希代の軍師であった官兵衛の得意技は戦わずに勝つ和睦の交渉術であった。もし、一度なりとも、陰謀や策略で相手を騙して交渉に成功したとすれば、敵は、もはや、その狡賢い軍師と交渉する機会を再び持つことはないだろう。何度も何度も、官兵衛が和睦交渉で成功したのは、官兵衛に、心底から人を敬愛する心があったからに違いない。

官兵衛以外にも、キリスト教に改宗する戦国武将が多かったのは、宣教師達との交流を深めることによって西欧の高い文明から多くの知識を得、高度な軍備や戦術を身に着けると言う実践的な損得計算もあったに違いない。この宣教師たちが連れてきた西欧の商人によって、この時代からの日本は、刀や槍の戦いから鉄砲の戦いへと大きく戦法を変えることになった。つまり、鉄砲の戦いは体力を消耗することがないので、どこかで和睦しないとお互いに殲滅するまで戦い続けないといけない。そこで、官兵衛のような人徳者こそが、和睦交渉のための軍師として重用されたのかもしれない。

先日、福岡空港の土産物店で、筑紫菓匠「如水庵」の焼き菓子「シメオン・ジョスイ」を見つけたので、常日頃、お世話になっているカトリック鷺沼教会の松尾司祭へ、お土産として買ってきた。その焼き菓子の包装には、あの官兵衛が長崎商人との契約に用いたSimeon Josuiの朱印がデザインされている。これを見た松尾司祭からは「素晴らしい。これを次の講話に使います」と大いに喜んで頂いた。来る3月9日、私は、カトリック藤沢教会で行われる洗礼志願式に参加する。そして戦国武将、黒田官兵衛に習い洗礼名をSimeonと決めた。