第十八期中央委員会第三回全体会議(三中全会)が終了したのを受けて、先週末、北京にてマクロ経済、金融政策、産業政策を専門とする学者、研究者の方々のご意見を伺った。皆様、どの方も、「三中全会の結果は、これから詳細が発表されるので、今は、想定の域を出ないが、私は、このように捉えている」と前置きをされ、ご自身の意見を淡々と述べられた。
どの方の意見も大きな差異はなく、内容も世界の視点から見ても非常に常識的であり、また、皆様、今回の政府の方針決定にも異論はないように見えた。要は、皆さんの意見を一言で言えば、中国の高度経済成長は終焉すべき時期に来たというのである。今の中国の実力からすれば、しかるべき景気高揚策をとれば二けたの経済成長をさせることは全く無理ではない。しかし、リーマンショック後の4兆元景気浮揚策の結果が、余りに酷いことになったことを考えると、やはり、今後の中国経済は7%から8%の間の安定成長を持続すべきだという。場合によって、一時的に7%を切ったとしても、それを騒ぐべきではないとも言う。
つまり、中国における二けたの高度経済は中国国民の平均的な所得向上には寄与したものの、貧富の格差は、それ以上であり、そのことが社会を不安的にしてしまったというのである。実際、習近平政権になってから、政府や国有企業の経営幹部が、日々、贅を尽くしてきた北京の超一流レストランは客がさっぱり入らなくなったので、今、次々と倒産しているのだという。こうした富裕層、特権階級への締め付けが、どれほどの効果があるかは判らないものの、少なくとも一般大衆の目の前では目立った贅沢をするのは控えようという意識改革には寄与しているようである。
さて、中国経済が今後とも持続的に成長していくためには、人民元を含む金融の自由化と、主力業種における国営企業の独占を排除することが必要だと言われてきたが、そのことに関して、今回の三中全会では目覚ましい進展もなかったが、上海自由経済特区という小さな風穴だけは一応開けた。この上海特区の中では金融、物流、ITサービスと言った分野で、外資も含めた民間が市場原理に基づく自由な競争が出来るとしているが、それとても、あくまで上海地区だけに閉じた自由であり、例えば金融もB to B間だけに限定されており、物流も上海地区を中心とした船輸送だけに限定されている。それでも、かつて鄧小平が深圳で行った経済特区での自由闊達な企業活動が、その後、全国展開されたように、今回の規制改革が上海地区だけでも成功すれば、その動きが全国の省レベルに広がり、最終的には既得権益者たちの根強い抵抗を打破できるかも知れないと思っているのかも知れない。
そう、鄧小平と言えば、エズラ・ボーゲル著「現代中国の父 鄧小平」は中国でもベストセラーになっているらしい。何しろ、この著作には中国の人達も初めて知ることが大変多く記述してあり、それで人気があるのだという。もちろん、エズラ・ボーゲルは、この本の中で中国共産党を批判するようなことは一切記述していないので中国政府も特に介入していない。やはり、エズラ・ボーゲルの人脈は凄い。こうした情報を集めることが出来たのも、この著作のためというわけではなく、長い間に渡って、中国の友人達と純粋な気持ちで親交を深めてきた成果であろう。
習近平政権は発足の当初から「都市化」を重要政策の筆頭に掲げてきた。今世紀末には世界の人口の7割が都市人口になると言われており、「都市化政策」は、今や世界各国の主要政策でもある。しかし、中国の「都市化政策」は世界の潮流とは全く意味が違う。つまり、都市に居住する農村戸籍の人々をどうするかという問題である。同じ町に住んでいながら教育や医療、福祉に至るまで、あらゆる公共サービスが得られない農村戸籍者という二級市民の存在は、いずれ社会を大きな混乱に陥れる要因となるに違いない。しかし、いきなり農村戸籍者を都市戸籍者と同等にすれば従来からの都市戸籍者の公共サービスのレベルは著しく低下するので、それもまた難しい。しかし、今回の三中全会は、この問題に、いよいよ踏み込んでいる。
どうも、不法移民のアメリカ国籍取得手法と同じく、現在、都市に住む農村戸籍者が都市戸籍を取得することは暫くの間は認めないが、都市で生まれた農村戸籍者の子供には都市戸籍を与えようという方針が出るらしい。但し、それが、いつからかは未だ定まってはいない。それでも、この問題に対して真剣に取り組むという習近平政権の姿勢は評価されるべきだと言う。
さて話は変わるが、中国の統計データーは信憑性がないということが世界の常識となっている。近年、アメリカで中国研究者が少なくなっているのも、中国に関しては信用できる統計データーが稀有なので、学位論文が書けないからだという。実際、李克強首相が、中国で信用できる統計データーは発電量と列車の運行数と銀行の預金残高の3つしかないと言ったことに関して、中国の先生達は、次のように解説する。中国の統計局はきちんと仕事をしているのだが、そこにデーターを提出する地方政府や国営企業が自らの昇進のために粉飾をしていると思われる。だから、今回、李克強首相が注目していると発言した3つの指標は、今後、きっと信用できないものとなるに違いない。中国の統計データーを信憑性のあるものにするためには、政権幹部が統計データーを無視して幹部の評価に使わないと明言することが重要であると言う。
さて、今回の三中全会での大きな目玉に「国家安全委員会」がある。現在、日本でも日本版国家安全保障会議「NSC」の設立が上程されており、中国も、こうした動きに呼応したものと思われるが、中国の学者や研究者は、この中国の「国家安全員会」の設立は日本にとっては、とても良いことだと解説する。つまり、従来は、日中関係を、軍事、外交、金融、産業など、さまざまな分野で、それぞれ独立に測っていたが、今後は、一元的に管理されることになり、中国の国益を最大化するために日本との関係を、どうするかという観点で総合的な判断がなされていくだろうと分析する。
そして、多くの中国の研究者は、現在の中国にとって国家安全保障上の最大の脅威は、「空気」と「水」と「食」の安全なのだという。もちろん、こうした脅威を引き起こしている最大の要因は環境汚染である。私たちが北京に居た3日間は強風のため、澄み切った青空であったが、こんなことは滅多にないという。中国で定年退職した高齢者達が、毎日、楽しみにしているのは公園での集いである。囲碁や太極拳をして皆で楽しむ姿は、家に閉じこもっているか、ケアハウスでお遊戯をしている日本の高齢者からみたら全く羨ましい存在である。しかし、今の中国の大都市では、殆どの期間、大気が酷く汚染されていて、日中、子供や老人が屋外に出ることが出来ないでいる。
もともと中国では、住居がそれほど広くなくても複数世帯が同居する習慣があり、親は子供に老後をみてもらうというのが一般的であった。子供にしても、親に小さな子の面倒をみてもらえれば共稼ぎも容易に出来るというメリットもあった。しかし、最近は老人ホームに入る人が多く、その収容能力が足りなくなったのだと言う。その原因は、中国の環境汚染に嫌気がさした若い人達が、中国を離れて帰って来ないのだと言う。こういう人たちは、多分、優秀な人たちだろうから中国にしてみても大きな国家的な損失でもある。
日本は、今の中国以上に深刻な環境汚染を克服した経験を持っている。そして、北京の酷く汚染された空気は、政権中枢を担う幹部の方たちが住む中南海でも共有されている。そして、この北京の汚染された大気は風の強い日には、偏西風に乗って日本までやって来ることを忘れてはならない。日本が、環境問題で中国に貢献できることは沢山ある。日中関係が現在のようなロス・ロスの関係をいつまでも続けていて、両国にとって良いことは一つもない。民間のレベルで、私達だけでも、やれる範囲で、何か行動を起こすべき時期に来ているのかも知れない。