昨日、経団連会館にて行われた、MIT国際問題研究所が主宰するシンポジウム「新しい時代の製造業」に参加した。オバマ大統領が陣頭指揮を執る、アメリカ製造業復活に向けて、アメリカ全体が真剣に取り組んでいる様子が伺えた。
今年、初頭にシリコンバレーを訪問して感じた、アメリカの製造業復活への意気込みは、やはり半端ではない。シェールガス革命によってアメリカ最大の懸念事項であったエネルギー問題が解決したことと、これまでアメリカが必ずしも得意ではなかった、イノベーションからものづくりに向けたインプリケーションの道筋が三次元プリンターの出現によって極端に簡略化される見通しが出てきたことで、アメリカ全体が活気づいている。今日の議論も、日本の成長戦略、産業政策を立案する上でも大変参考になったのだが、私が、ただ一つ気になったのは、アメリカの産業政策を担う教授たちのプレゼンテーション資料のベンチマークに登場する国は、アメリカ、中国、ドイツの3か国だけで日本がなかった点である。
最初に登場したスザンヌ・バーガーMIT政治学部教授は、今日のシンポジウムを行うきっかけとなった問題提起を行った。つまり、イノベーションが、その価値をフルに発揮する製造業とは何か? アメリカは、未だ、そうした事が出来る可能性を持っているのか? 一体、何をすればイノベーション創造から価値創造へと結びつけることができるのか? アメリカの将来の製造業は、どういう形であるべきか? 新しい、エマージング・インダストリーとは何か? ファイナンシャルモデルは? アメリカには、未だスキルが残っているのか?
そして、アメリカのモノづくりは、どこで間違ったのか? サミュエルソンは、そんなに驚くことではない。農業生産人口が40%から2%に減ったのと同じことだと言う。それでも、農業の生産性向上が、生産人口の減少をカバーしたと言う。しかし、良く見ると、アメリカのものづくりの生産性向上は、この10年間でさっぱり向上していない。輸入に含まれる生産分を計算に入れてみれば、直ぐに明瞭になる。いや、製造業からサービス産業へ移行したのだから、問題ないと言う人もいる。私は、そうは思わない。サービスとモノづくりは一体化したものであり、不可分だ。
それとも、アメリカの製造業衰退はグローバリゼーションのせい? 特に、中国のせいだというのか? そうではなくて、それはアメリカ自身の問題だ。アメリカは、1980年以降、企業の形態を変えた。1980年当時は、アメリカのTOP25社は全て垂直統合型の企業形態だった。R&Dから製造まで1社の中に全て存在した。今日、金融市場からの圧力もあり、アメリカは生産を国外に出し、細分化、特に機能の分散化を行った。サプライチェーンを含む形で企業構造が変化した。
その結果、イノベーションが起きた所で、一定以上の規模にスケールアップすることが出来なくなった。まず、お金がない。人材がいない。それに対して、何の政策的対応もなされなかった。私たちは、アメリカで180社、中国で36社、ドイツで32社の企業を訪問して、その実態を調べた。イノベーションを市場へと結びつけるMade in Americaを行うためには、強い生産能力をもたなくてはならない。そして、外部企業との連携、アクセス能力が必要である。ここで特許や知材権の問題は、さして重要とはならない。むしろ産業エコシステムを再構築することが重要である。特に重要なのは中小企業同士のコーディネーションである。
続いて、登壇したのは、MIT産業生産センターのエリザベス・レイノルズ エグゼクティブ・ディレクターである。彼女は、米国のイノベーターが起業して、ある程度の規模の事業化まで成功して、その後のScale Upで苦しんでいる実態を調査した。ボストンを中心として、創立から5-10年を経た、約150社を調査した。平均年間売り上げは5億円で、平均的にベンチャーキャピタルから15億円の投資を受けていた。こうした中堅企業が、アメリカの労働市場から多様なスキルを持った人々を調達するのは、それほど難しくない。また企業間ネットワークもボストンのみならず西海岸のシリコンバレーとも密接な連携を持っているし、一日24時間、週7日にわたり不断のサプライチェーン網も米国内に築き上げている。
こうした中堅企業が、それ以上にScale Upできない最大の問題は、米国では製造業の分野で50億円以上の規模の投資を集めることが極めて難しいということだった。アメリカのベンチャーキャピタルはスタートアップには投資するが中堅企業のScale Upには投資しない。特に製造業には投資しようとはしない。調査した150社の内で、Scale Upに成功している17社の内、12社が外国の資本と提携している点に注目したい。特に、中国企業との連携が大きな割合を占めている。結局、中堅企業は、Scale Upのために米国から逃避して中国資本を受け入れている。つまり、米国には、長期的な製造業支援のための公共政策(Industrial Commons)が欠けているということだ。
そうした問題指摘を受けて、エドワード。スタインフェルドMIT政治学部教授でMIT-中国プログラムディレクターは、アメリカが中国から学ぶべきこと、そして、これからの中国との付き合い方についての語りは、日本企業にとっても大変注目すべき内容が含まれている。
中国が、アメリカを脅かす製造業大国となった原因の一つは、現代の製造業が国境を越えた多国間の連携なしでは出来なくなったことである。川上のR&Dと川下のモノづくりは、分離せざるを得ない状況になっている。この最大の原因は中国が築き上げた見事な製造エコシステム(生態系)にある。アメリカから見ると、中国製造業の顕著な発展は過剰な国家介入ではないかとの疑いを持っているが、一方で中国政府は自国では、いつまでもイノベーション創造が起こっていないという苛立ちがある。
中国は賃金が急上昇しており、低賃金だけが中国製造のメリットではなくなった。中国の魅力は、同時並行的にテンポ早く事業のScale Upが出来るプラットフォームが整っていることだ。また、川上から川下への架け橋をするエンジニアリング人材が極めて豊富である。また、多数の企業間のネットワークが極めて緊密で、それも近年は中国国内だけでなくグローバルネットワークにまで発展させている。
これまで中国への技術移転は知材権の問題も含めてリスクがあると言われてきたが、結局特許というのは技術移転を阻むことに何の役割も果たさないことが判ってきた。中国への技術移転は、単なる移転ではなく、むしろ双方向に学習できる道を築くことでお互いにメリットがあると考えた方が良い。
アメリカが中国の製造業から学ばなくてはならないこととして、バックワード・デザイン(リバース・エンジニアリング)がある。中国におけるイミテーション技術は単純な模倣ではない。中国のエンジニアは模倣する際に、バックワード・デザイン手法を用いて、構成部品の単純化を行うと同時にコストダウンも行う、合わせて製造の容易性を追求している。この結果、オリジナルなものより安く、大量生産可能で、結果的に品質も向上することになる。
そして、中国の技術者は、単なる製造技術的な改善だけに留まらず、これまで高級市場向けに開発されてきた製品をミッドレンジ市場に向けて大幅に再設計することも行っている。これは、もはや単なる模倣とは言えない。アメリカは、こうした中国の技術者が行うバックワード・エンジニアリングから大きな恩恵を受ける筈だ。アメリカは、中国で成功した手法を学び、みずからの事業に取り入れて、さらに新たなイノベーションを起こせばよい。
さらに、製造技術開発のプラットフォームとして中国がアメリカより優れた点は、大きなリスクを取って投資を行う土壌が出来上がっておりスピーディーなScale Upが可能となっていることにある。実験室段階から大量製造へ向けての実用化プロセスは、今、世界で中国が一番進んでいる。最近の、大きな成功例はクリーン・コール(石炭ガス化発電)である。MITからスピンアウトしたボストンのスタート・アップが中国企業と連携し、大規模なクリーン・コール発電機の開発に成功した。
最後に、ご紹介したいのは、ポール・オスターマンMITスローンスクール教授が語った、「米国の製造現場における人的課題・労働者スキルの欠如」という問題である。オスターマン教授が語ったのは、今、アメリカの製造業で必要とされるスキルは高まっているのか? そのために教育は必要なのか? アメリカの労働者は、望んでも必要なスキルを手にいれられないのではないか? というテーマであった。
多くのエコノミストの主張は、アメリカの労働力需要はハイエンドとローエンドに2極化していて、特に製造業の分野ではスキル不足と言うことはないと言う。一方、製造業界の主張は、7割の会社が労働者のスキル不足で悩んでいると言う。一体、どちらが本当なのだろうか? という疑問を持ったオスターマン教授はアメリカ全土の工場と各地域のコミュニティスクールや高校を訪問して実態を調査した。
結果として得られたことは、アメリカの製造業で必要とされるスキル需要は、それほど上がっていない。75%の製造業は、必要な労働者をいつでも集められる。しかし、残りの25%の製造業は、高いスキルを持った労働者を必要としており、簡単に集めることが出来ない。また、頻繁な退職により労働者のスキルはむしろ悪化しており悩んでいる。
労働者のスキルで悩んでいない75%の製造業の中で、58%の企業はスキル需要は上がっていないと答え、60-75%の企業は読み書きと算数が出来れば良いと言い。63%の企業が週一回程度PCが使えれば良いと言っている。こうした企業は、全米に溢れている何百万人もの失業者が居て、賃金も全く上がっていないので、必要となれば4週間以内に95%の労働者を集められると言う。
問題は、残りの25%の製造業である。こうした企業は、小規模ながらイノベーションが進んでいる企業で、将来の成長余力が高い企業である。労働者に必要なスキルとして三角関数が判るような高度な数学を理解できる能力を挙げている。現在のアメリカでは、若者にスキルを与えるシステムが劣化している。また企業側も退職率が高いために企業内教育を殆どしていない。これが、アメリカの製造業発展を阻害する大きな要因となっている。
こうした課題こそが、政策提言のテーマとなる。イノベーティブな製造業が必要とするスキルセットをきちんと教育できるコミュニティスクールや高校のカリキュラムの見直しと助成策の強化が必要である。そして、そうしたスキルを持った若者と、それを必要としている企業との仲介者が要る。また、離職率を下げるための製造業におけるジョブセキュリティの仕組みが必要である。
今日は、こうした多角的な面から、MIT教授連中の真剣な議論を聞かせて頂いた。日本の各地で行われている「モノづくり復活」の議論よりも、熾烈な国際競争が行われている現実を直視し、労働問題、教育問題まで含めた、より深刻な課題まで掘り下げている点に感銘を受けた。多分、日本の成長戦略、産業政策にとって大いに参考になる点が沢山あるように思えたのは、私だけではないだろう。