昨日、経団連産業政策部会にて東大の新宅純二郎教授から「日本企業の海外生産と日本経済」という題で講演をして頂いた。先日読んだ松島大輔著「空洞化のウソ」を読んで感動したが、新宅先生は、その松島氏の論調を10年間に及ぶものづくり研究から支えている。松島氏は、東大経済学部を卒業後、経産省に入省し、ハーバード大に留学の後、インドに4年駐在、現在はタイ政府の経済政策顧問としてタイに在住している。霞が関でなく、現場からアジアに進出した日系企業を眺めているぶんだけ迫力がある。新宅先生も、日本やアジアのものづくり現場を10年間も回り歩いて出された研究成果だけに大変説得力がある。
松島氏も新宅先生も、日本企業が製造拠点を海外に移転することによって、日本での雇用が減ったり、日本からの輸出が減少したりすることには必ずしもならないのだと主張する。確かに、日本の産業全体を見れば、製造業の海外移転は進んでいる。円高や税制など5重苦、6重苦といわれる日本の産業立地条件の中で衰退していく企業も増えている。しかし、そうした衰退業種、衰退企業は、いずれ、そうなる運命ではなかったのか?と言われるのだ。こうした日本の状況の中で、しぶとく生き残っている企業、あるいは伸びている企業は、積極的に海外に生産をシフトし、海外市場を攻めている。
そうした成長企業を、個別に分析すると、日本国内の拠点もしっかり残っており、日本国内の雇用も減らしていない。むしろ増やしているところも少なくない。また、日本国内の製造分担を、より付加価値の高い部分に絞っているので、利益率も高まっていると言われるのだ。例えば、日本の自動車産業は1995年以降、円高の影響で海外生産を大幅に拡大し、2001年まで輸出の伸びは完全に止まった。しかし、輸出が減少することはなかった。さらに、米国現地生産によって、米国市場でのシェアを拡大し、プレゼンスを高めた結果、日本で製造する高級車の輸出が拡大し、2008年のリーマンショック直前には、2001年の輸出額の2倍まで成長することができた。
他の産業においても、海外への製造シフトにより、製品全体のコストの中での日本生産分の割合は減少するが、トータルコストが減るので売り上げが拡大し、結果的に、日本生産の絶対量が増大するという正のフィードバックループが生じている。さらに、各国の産業政策により現地調達比率を拡大させられているが、よく中身を見てみると一次調達品の現地化比率は70%となっていても、二次調達や三次調達まで含めて見てみると、トータルでは日本からの輸入総額は70%にも及ぶと言う例もある。
2000年代、日本からの輸出先は欧米から中国、台湾、韓国、香港といった東アジアへシフトした。そして、その勢いはさらに増している。そして、その中身は、85%が産業材(資本財50%、原料35%)となっている。つまり、日本の輸出品目は、もはや自動車や家電も含めて完成品ではなくなった。付加価値の低いアセンブリを海外に出しても、付加価値の高い設備用品や基幹部品は、しっかり日本に残している。とかく、マスメディアは完成品に目を向けがちなので、「パナソニックやSONY、シャープがTVで、サムソン、LGに負け、日本企業はもうだめだ」と煽動的に書いているが、多くの日本企業は、そんなことは既に経営戦略にとっくに織り込み済みである。韓国の輸出が増えれば増えるほどに、対日貿易赤字が増えていくというカラクリは、そうした状況にある。
産業材輸出品として、どんなものが、どこへ輸出されているかと言えば、IC関連では、ウエハー、エッチング機、ステッパーは台湾、韓国向けが60%から70%、液晶では偏光板、ガラスが韓国、台湾、中国向けで80%。鉄鋼でも、熱間圧延コイルでは、韓国、中国向けで70%と言った具合である。例えば、ボールベアリングでは中国製の鉄鋼製品を使うと加工が大変で、かえってコストが高くなるということが起きている。今後、中国が、韓国や台湾に追随し、高度な産業に向かう時に、こうした日本製造の精密基幹部品を日本から輸入しないでサプライチェーン全体を賄うことは極めて難しいと思われる。
それは、それで、大変好ましいことなのだが、新宅先生は、なぜ、日本でしか出来ないのかが未だ良くわかっていないことが、逆に、非常に心配であると言う。製造業において、デジタル化がどんどん進行する中で、部品点数は少なくなり、集積度も増した。その結果、アセンブリは極めて簡単となり、どこでも出来るようになったが、やはり、精密基幹部品の製造はアナログに頼っているところが多い。そうした暗黙知の世界が、日本に未だ残っているとして、さて、この先、いつまで、日本に残せるか?である。さらに、困ったことには、そうしたアナログ技術を保持しているところには中小企業が多い。後継者の育成も、うまく出来ていない。政府の産業政策も、そうした微細な点に注目しているとは思えない。
新宅先生は、結論として、今後の、日本での製造業強化は、徹底的に生産財(素材、中核部品、工作機械、検査設備)に集中すべきであると言う。そして、技術力を持った中小企業を支援し、彼らが海外進出することを支援すべきだと主張する。消費財産業としては、日本が先進国であるシルバー市場、医療機器や介護ビジネスに力点を置くべきだと仰る。良い例が、ユニチャームの大人向け紙おむつで、日本でダントツで、これからアジア展開を目指しているが、たぶん、世界のヒット商品になるだろうと言う。
講演が終わった後、新宅先生と部会メンバーとの質疑応答のなかで、大変面白いやりとりがあったので、ここでご紹介したい。部会メンバー「日本企業は現地拠点の責任者を、なかなか現地人に任せられないという欠点がありますが、どうしたら良いのでしょうか?」という質問である。新宅先生の答えは、「同じテーマで米国でも、欧州でも議論があります。アメリカでは、現地に派遣したアメリカ人幹部が現地に馴染めなくてアメリカに帰国するケースが多く悩んでいる。それで、外からは、経営を現地人に任せているように見えるが、実体は本国からコントロールしているケースが多い。逆に、欧州は、殆ど、欧州の本社から現地に責任者を派遣していて、かなりうまくいっている。殆どの欧州企業は、現地人に経営を任せてはいない。欧州企業は現地に責任者を派遣するときの選考基準をビジネス遂行能力よりも、現地に対する適合能力にしている。だから、当然、インドに派遣するに適した人材と、中国に派遣するに適した人材は本質的に違う。」だった。初めて聞いたはなしだったが、極めて興味深く、そして面白い。