IT業が専門の当社でも、SOPAを知らない人は沢山いるだろう。 インターネットの歴史を変えるような重要な法律が、現在米国の下 院に上程されている。SOPAとはStop Online Piracy Act(日本 語に直訳すれば、オンライン海賊行為防止法案とでもなるだろうか) つまり著作権で保護された知的財産を権利者の許諾を得ないまま、 インターネット上で勝手に流通させることを防止しようと言う法案 である。
同様の内容の法案が米国上院でもPROTECT IP法案として上程されて おり、米国の上院下院の双方で多数を取る共和党が賛成すれば成立 するわけだが、ご存じのようにアメリカも日本と同じネジレ現象に なっているので、民主党のオバマ大統領が拒否権を発動し法案に署 名しなければ、この法案は成立しない。
大体、著作権で保護されている映画や音楽をインターネット上で不 法に流すことは良くないことである。そんな当たり前の法律が、ど うしてインターネットの歴史を変えるような大げさなことになるの だろうと思われる方も多いのかもしれない。
もちろん、地元米国のハリウッドの面々は、このSOPAには大賛 成である。そして、大変興味深いのはアメリカの労働組合の総同盟 であるAFL-CIOも大賛成なのだ。「言論の自由はインターネ ットが無法地帯になることではない。著作権を守ることは検閲では ない」と表明している。
ところが、先日、私も参加した日本とEUのビジネス円卓会議の場 でも、日本とEUのIT業界は揃って、このSOPAに反対の意を 表明した。この会議のICT-WGの主査を務める、私が直接、そ の決議文を朗読させて頂いた。そして、EU委員会は既に、このS OPAに対しては、政府のインターネット検閲の危惧があり、自由 な報道を妨げる恐れがあると反対表明を出しているのである。
さて、それでは、アメリカのICT業界ではどうなのだろうか? もちろん、Google,Yahoo!,YouTube,Facebook,Twitter, AOL,LinkedIn, eBayなど名だたるインターネット企業はこのSOPAに対して猛反 対である。Wikipediaなどは、この法案が成立すると、こうなるのだ と、Wikipediaサイトをブラックアウトして、自らのサービスを停止 して身体を張って抗議をした。それでは、何で、こうしたアメリカ の主要インターネット企業が、こぞって、このSOPAに対して猛 反対をしているのだろうか?
それは、このSOPAが大変厳しい法律だからである。例えば、Fa cebookでもTwitterでも構わないが、誰かが著作権のある情報を無 断でサイトへ投稿したとすると、FacebookやTwitterのサイトはD NSサーバから削除され、誰もアクセス出来なくなるだけでなく、 その投稿者のIPアドレスも没収される。こうしたことを警告を無視 して複数回行うと禁固5年以上の刑に処せられると言うものである。
こうした厳しい措置は、現在世界中から非難されている中国の言論 統制以上に厳しいものである。自由を標榜しているアメリカが中国 以上の検閲社会を目指しているなんて本当なのだろうか?と思われ るだろう。アメリカの歴史を振り返ると、こうした保守的な法律は 共和党から提出されている。今回もそうである。一方、リベラルな 主張を持つ民主党は、こうした法律にはいつも反対してきた。
しかもGoogle他、名だたるインターネット企業は民主党の積極的な 支持者でもある。だから、このSOPAも最後はオバマ大統領の拒 否権行使で廃案になるのではないかと思われるが、そう簡単ではな い。なぜなら、AFL-CIOは民主党の強烈な支持母体であるからだ。 さあ、このSOPAは、一体どうなるのだろうか?
先週、私は経団連の依頼で、米国国土安全保障省(DHS)のLute副長 官とのランチ・ミーティングに参加した。一体、何を話すのかと様 子を見ていたら、在日米国商工会議所の方たちが、米国の入国審査 、及び荷物の通関に関して余りにも厳しすぎるので緩和して欲しい と訴えていた。彼らは、このように厳しい手続きでは、日本から米 国へ行く観光客が大幅に減ってしまうというのである。なるほど、 それはそうかなと思って私はただ聞いていた。
ランチミーティングは、それほど長い時間ではないが、しばらく すると、Lute副長官は、入国手続きや通関の話に飽いてきた。少なく とも私には、そのように見えた。Luteさんは、「確かに国境警備の 話も重要だけど、今、私達、DHSにとって一番重要な問題はサイ バーセキュリティなのだ。」と話を転換し始めた。在日米国商工会 議所の方たちは、アメリカン航空、デルタ航空、ユナイテッド航空 と航空会社の方々ばかりである。どう対応して良いのか明らかに困 惑気味である。そうなると最早、Lute副長官の独演会である。話は 、とうとうWikileaksにまで及んできた。「Wikileaksは国家を破壊 する。とんでもない存在だ!断固として取り締まっていく」と息巻 いている。
いよいよ、私の出番かなと思って。私はLute副長官に尋ねてみた。 「SOPAのお話をしたい。副長官が言われる通り、サイバーセキ ュリティーは国家安全保障上、最も重要な問題であることには全く 異論がない。しかし、我々IT業界は、SOPAに対して少しばか り懸念を持っている。副長官は、SOPAをどのようにお考えか? お聞かせ願いたい」と申し上げた。Lute副長官は、私の質問に、や さしく丁寧にお答えくださった。
「私は、SOPAを支持します。これは著作権の問題だけでなく、 先ほどから申し上げているように、国家安全保障上の重要課題で あるサイバーセキュリティにも深く関わってくることです。」と 大変率直な、ご意見を述べられた。アメリカは判り易い国である。 国家と国民の安全を保つためには、どんなことも聖域にはならな いのだ。そうか!アメリカのサイバーセキュリティ対策の相手は、将 来アメリカの手強い対抗勢力となるであろう中国ではなかったのだ。 それはネット上に存在する見えない敵、例えばWikileaksのような 存在だったのだ。
そうだとすると、オバマ大統領はSOPAに署名するかも知れない。 さすれば、インターネットの歴史は大きく変わる。自由で広くオー プンなインターネットWorld Wide Webから、閉じられたインター ネットであるWalled Wide Webへと世界は変わっていく。そうだ、 全てが透明というのは為政者にとって不都合なのかも知れない。 中国でも、ロシアでも、サウジアラビアでも、そしてアメリカで さえも、その事情は全く同じなのかも知れない。さて、これから インターネットは、どうように変わるのか?ICT企業に身を置 くものとして、ただ冷静に事態を見守っているだけでは済まされ ない。