2012年3月 のアーカイブ

126 PM2.5って何だろう?

2012年3月25日 日曜日

中国のCCTVを見ていたら、北京で大気汚染問題で政府に対する抗議デモが行われている映像が飛び込んできた。デモのプラカードには、PM2.5の文字がある! え! PM2.5って何だろう??と思ったが、そんなことは皆の前ではとても恥ずかしくて言えない。何しろ、私は、ここ3年も各種環境セミナーで偉そうに講演をしていたのだから。

早速、社内の環境技術部門の方からPM2.5問題について教えて頂いた。私だけが聴くには余りにもったいないので、ここで少し書いてみることにした。既に、よく御存じの方には全く無駄なので、このカラムは読み飛ばして頂けるとありがたい。

もともと、PM2.5のPMとはParticulate Matter(微粒子状物質)のことで、2.5は2.5μmで人間の髪の毛の直径が100μmだから、その40分の一という極めて微小な物質である。従来、大気中の環境汚染はPM10(10μm以下)の微小物質で測定されていたが、PM10では肺胞の奥まで入っていく微小粒子までの測定は正確には出来ないとして新たにPM2.5(2.5μm以下)という定義で環境規制がなされるようになった。米国では1997年に制定、日本では2009年にようやく制定されたばかりである。中国では2016年に制定される予定となっている。

PM2.5 は肺胞まで侵入し、肺がんや重度の気管支炎に繋がる恐ろしい物質である。このPM2.5の北京での汚染濃度を北京の米国大使館が独自に測定を開始し、それを発表した数値が中国政府の公表値と大きく違っていたことから、先の大規模なデモに繋がる騒ぎになった。しかし、中国政府の名誉のために言えば、中国政府は決して嘘を言っていたわけではなかった。中国政府はPM10の値を公表していたのだった。中国政府は民衆の抗議を受けて、今年の1月21日から北京のPM2.5の値を毎日公表しているが、この数値は、北京の米国大使館が公表している値と殆ど同じで一致している。

さて、北京のPM2,5の値は、汚染の6段階の中で最も深刻な重汚染で全ての人の屋外での活動を禁止する必要がある汚染となっている。しかも、この物質は極めて小さな微粒子なので、普通のマスクでは呼吸器系への侵入を防止することが出来ない。この北京のPM2.5は、どのように生成されているかを、北京市は、今年1月に発表している。自動車由来が22%。石炭発電が17%。粉じんが16%。塗装など工業噴射が16%。農村のわらの焼却が5%。他省からの越境が24%と分析していて原因は多岐にわたっているから、対策はそう簡単ではない。

そして、実は、このPM2.5は衛星から測定することができるのだが、中国が圧倒的に濃度が高い。特に、北京や上海など大都市ほど濃くなっている。あとは、砂漠地帯が非常に高い。つまり、自動車の排ガスや石炭火力のばい煙などの人工的な生成だけでなく、黄砂のように自然発生的なものも含まれている。だから、中国は2重にPM2.5の汚染濃度が高くなってしまうわけだ。一方、日本では、九州から瀬戸内海に渡る西日本だけが汚染レベルの下から3番目の軽度汚染となっていて東日本は汚染されていない。これは、西日本に重化学工業が集中しているからなのか、あるいは中国に近いからなのか、それは未だ分かっていない。

中国は確かにPM2.5の汚染濃度では世界一高いわけだが、多分、日本でも1970年代は、同じような状況ではなかったかと言われている。中国は、その経済発展があまりに急速だったため、その対処措置が遅れて後手後手に回ってしまった。しかし、それにしても、今の北京の状況は、人々が安全に暮らせる状況ではないほどの深刻な汚染である。何しろ北京は中国の首都である。中国政府の早急な対応処置が望まれる。そして、北京のPM2.5汚染に関しては、日本も決して無縁ではない。もし、西日本の汚染の原因の中で、中国からの越境が想定されるのであれば、日本の中国への全面的な協力が必要であろう。

最後に、喫煙とPM2.5問題との関係を述べたい。これだけ深刻な北京の大気を毎日吸うことをタバコに換算すると、一日タバコ6分の1本分に相当すると北京政府は公表している。つまり、一日20本のタバコを吸う方は、北京の大気に含まれるPM2.5 の120倍の汚染物質を肺に入れていることになる。タバコというのが、どれだけ深刻な環境汚染につながるか、そろそろ真面目に議論する必要がある。先進国の中で室内での全面禁煙を法制化していないのは日本だけである。

125 若者の就職難 その3(解決策は現場回帰)

2012年3月22日 木曜日

昨年、オバマ大統領が5年間で輸出を倍増する政策を発表した。 1.5兆ドルの輸出を3兆ドルに拡大して、200万人分の雇用を拡大 するのだという。もちろん、今年が選挙Yearであることからだが、 最近のアメリカの実体経済の動きを見れば、その政策は着々と 実績を上げつつあるようにも見える。TPPでさえも、日本では もっぱら農業関係者が反対を唱えているが、米国の本音は輸出に よる米国製造業の復活にあることは間違いない。その理由は、今 のアメリカの大規模農業の輸出を少々増やしたところで雇用には 全く影響を与えないからだ。選挙を控えた政治家の関心は何と言 ってもやはり雇用問題である。

アメリカは金融業を中心とするサービス業の発展は、雇用を拡大 することなく、格差を増長させるだけだと思い知った。まさに 、Wall Street(金融業)からMain Street(製造業)への回帰 を目指している。オバマ政権も、製造業こそが、アメリカの消費 経済を支える中間層の増加に寄与できると考えたからだ。

今、アメリカで最も繁栄している企業はAppleであるが、Appleの 利益の85%はサービスではなくてiPhoneやiPadなどのプロダクト (製品)から得られている。Appleは、これらの『モノ』の販売で7兆円もの 現金を稼ぎ出した。そして本社も私が住んでいた懐かしいクパチ ーノからパロアルトに移転、地下駐車場付きの大キャンパスを作 る予定と聞いているが、米国市民はそれだけで納得はしていない らしい。多分、Appleの稼ぎ頭である『モノ』を何故米国で製造 しないのか?を厳しく問うているに違いない。そのためか、Appleはテ キサスに大工場を作る計画と聞く。

一方、かつて『モノつくり大国』と言われた日本の製造業は苦境に 陥っている。『品質の良いものを安く大量に』という日本の 得意技は既に韓国、台湾、中国と言った東アジア勢に、そのお株 を奪われている。これまで日本の貿易黒字を支えてきた自動車と エレクトロニクス、とりわけエレクトロニクスはほぼ全滅とも言える。 DRAM、液晶、TVと言ったコモデティ商品は、もはや、どう 考えても勝ち目がない。企業経営の優劣を問うよりも、大体、同 じ条件では戦ってはいないからだ。税制や電気料金を含むインフラ 費用が全く違う条件の中で対等に戦えるわけがない。しかし、そ うした国家資本主義を、今から日本に持ち込むことは多分国際社会 の中ではもはや許されることではない。

されば、『日本のものつくり』はどうすれば良いのか?である。 やはり見習うべき相手はドイツにある。ドイツの輸出の大半は 中堅企業のニッチ市場攻略戦略にある。ニッチもグローバルに 攻めれば、その規模も侮れない。そして、同じものを大量に作る 産業ではないので、顧客ごとのきめ細かなマーケッティングや カスタマイズが必要となる。その分、高学歴なマーケッターや エンジニアも重要な位置づけとなる。こうしたグローバルニッチ を目指す中堅製造業は高学歴者の絶好の就職先になるはずだ。

一方、大企業がこうしたブルーオーシャン市場であるニッチ分野 で活躍できないのは、本社に大量に抱えた管理部門のオーバーヘ ッドコストである。つまり大量のホワイトカラーの存在が、ニッチ 市場への進出の妨げになるわけだ。だからこそ、ニッチ市場では、 分厚い管理部門を持たない中堅企業の独壇場となる。つまり大企 業中心の日本の産業構造を変革することが高学歴な若者の雇用を 促進することになるものと考えられる。そのかわり、元気な中堅企業に勤め ることになる高学歴の若者は、従来のエリートが勤めた本社のオ フィスではなく、お客様先や製造工場に密着した現場で働くこと を厭うてはならない。そうした現場こそが、永年学んだ知識を活 かせる絶好の職場となる。そうした現場密着型の仕事こそがコンピュー タには絶対に真似することができない価値ある職業だとも言える。

同じことが、第一次産業である、農業、水産業、林業の分野でも 言えないだろうか? 従来の一次産業で働いている人たちは、あ まりにも自らが生み出している価値を過小評価していないだろう か?と私にはそう思えて仕方がない。この分野に、高学歴の若者 が本気で改革に取り組んだら、もっと付加価値の高い産業に変革出来 ないのだろうか?特に、日本の豊かな水資源と森、田畑、そして 日本の周囲には大変豊かな漁場もある。我々は、第一次産業の 分野では世界でも大変恵まれた環境にいる。

最近の若者は内向き志向だと非難されている。『世界に出て行こ うという気概がない。』とも言われている。当社でも、全く同じ で高い英語能力を持ちながら、海外転勤は御免だと言う若者が 圧倒的に多数を占めている。それなら、それで良い。そういう 故国を大事にする気持ちがあるのなら、この国を豊かにするため にもっと知恵を使ってほしい。知恵を使った農業、賢い水産業、 自然に優しく工夫を凝らした林業など、高学歴の若者を活かす 場所は幾らでもある。現場に回帰することが、若者の就職難を 解決する最良の道である。少なくとも、私はそう信じている。

124 若者の就職難 その2(ITが消滅させる職種)

2012年3月22日 木曜日

未だサービス業が十分に発達していない新興国や途上国で高学歴者が就職で苦労する というのは理解できるが、世界で最もサービス業が発達したアメリカでも 高学歴者が希望する職業に就くことが困難だと言うのは、一体どういうこ とだろうか? サービス業は、もはや高学歴者の雇用を新たに生み出す魔 法の杖ではなくなったのだろうか? 答えはYESである。

英国で始まった産業革命は、製造業を家庭内手工業から大規模な工場による 製造業へと変えていった。その結果、多くの農業従事者が工場労働者へと変 化し、新たに「ブルーカラー」と呼ばれる職種を作り出した。その後、欧米 の先進国の産業構造は製造業主体からサービス業主体へと移っていく。 そして、そのサービス業で働く人々の職種を総じて「ホワイトカラー」と呼 ぶようになった。

2011年2月17日のWSJ(ウォールストリートジャーナル)は、その1面に次の ようなタイトルの記事を掲載した。「テクノロジーが消滅させる職種は有料 道路の通行料徴収員だけではない」という記事である。実は、この日の前日、 2011年2月16日は、IBMが創業100周年を記念して開発した人工知能コンピュー タ「ワトソン」が米国が誇る二人のクイズ王を完膚なきまでに破った歴史的 な日であった。この記事でWSJの記者が言いたかったことは、「蓄積した記憶 を頼りに行うゲームでは、もはや人間はコンピュータには勝てない」という ことであった。

WSJは、この記事の中で、「これまで、職業は『ホワイトカラー』と 『ブルーカラー』に分類されてきたが、これからは『Creators』と 『Servers』に分類し直される。」と述べている。ここで言う『Creators』 とは、今までにないものを生み出す職業、画家や作曲家などの芸術家、建築 家、コンピュータプログラマーや服飾デザイナーなど、新たなものを創造す る職業のことらしい。一方、『Servers』は、その名のとおり単なる、命令 されたことだけ忠実に行うという『召使』的な職業のことを言うのかと思え ば、それがとんでもない話に発展する。

WSJが言う、『テクノロジーによる絶滅危惧職種』には、医師、弁護士 、金融トレーダーまでもが入っている。そう言えば、最近の証券取引は殆ど がコンピューターによる自動取引だと言う。長期の投資が不透明な中で利ざや を稼ぐには短期取引、それも一日の中で何度も同じ銘柄を取引するような 瞬間芸は、とても人間業では出来ないだろう。医師も、ゴッドハンズを要する ような外科医ならコンピュータも真似できないが、各種検査データから最新 の医学研究成果を参考にして、病気を判断する仕事なら人間より『ワトソン君』 の方が有能であるとWSJは言っている。つまり、将棋や囲碁のプロが次々と コンピュータに敗戦していくさまは、棋士達だけにとって脅威なのではなく、 ホワイトカラー全般にとって他人事では済まされないということだ。弁護士だ って同様、裁判における弁護士の戦いは単なる法律解釈ではない。過去の膨大 な判例をどう参考にするかが弁護士の腕と言われているが、もし、それが本当 なら、過去の膨大なデータ照会なら、もはや、その仕事はコンピュータにお任 せだ。絶対に、人間に負けることなどあり得ない。

それが本当かと疑いの向きは、もっと卑近な例で、航空機の座席予約を考えて みれば良い。20年以上も前に、一枚の航空チケットを発行するのに一体何人 もの人々が関わっていただろうか? しかし、今は、どうだ。携帯電話から、 一人の人の手も煩わせることなしにチケットを手に入れることが出来る。航空 機チケットの予約販売業務に携わっていたホワイトカラーの人たちは永久に職を 失ったのだ。

Brian Arthurが唱える収穫逓増の新経済によれば、こうしたITが生み出した デジタル経済の規模は1995年にインターネットが始まって以来、年率2.4% の比率で拡大し、2025年には現在の実体経済と同じ規模に成長するという。つまり、 現在の世界経済規模と同じ規模の経済が人手を介さず、全く無人で運営される というのである。

当然、このITテクノロジーを駆使したデジタル経済は、これまでホワイトカラ ーの独壇場だった高学歴者の仕事場を次々と奪っていく。つまり、サービス 事業自体は拡大するだろうが膨大な高学歴者の雇用を吸収する職場ではなく なってくるということである。時価総額8兆円の超大企業となったFacebookは 一体何人の従業員で構成されているかを知れば誰しも唖然とすることだろう。

先進国も途上国も、今後は一層高学歴者が増えていくことは間違いない。 そして、その知恵を活かしていく仕組みは、これまでの社会構造、経済構造の 延長線上には存在しないということである。いや、むしろ現在のホワイトカラ ーの仕事は、これからどんどん減っていく方向にあると思った方が間違いない。 さて、次に、どのようにしたら、今後増え続ける高学歴者を社会全体で活用 しながら人々が幸せに暮らせる豊かな社会が築けるかを考えてみたい。