昨日、国際公共政策研究センター(CIPPS:田中直毅理事長)主催、「震災後の日本経済を展望する」というテーマのパネル討論会を聴かせて頂いた。パネル登壇者は極めて豪華で、小泉元首相、今井新日鉄名誉会長、奥田トヨタ自動車相談役、御手洗キャノン会長、秋山関西電力顧問、中村パナソニック会長、佐々木東芝社長と電力供給問題の世界的権威であるスタンフォード大学のウォラック教授の8名だった。当日の聴衆は、数百ある席を埋め尽くし、モデレーターは、田中直毅理事長が務められた。
そして、焦点となるのは、福島第一原発の事故からくる電力供給問題で、今後の日本経済がどうなるか?ということになる。最初の講演は関西電力の社長、会長を務められ、関西経済連合会の会長も歴任された秋山さんから口火を切られて討論会がスタートした。秋山さんが用意されたPowerPointで作られた資料は、緻密でわかり易く、大変良くできた資料だった。多分、関西電力の本社企画部門が総力を上げて作られたものであろうと推察できる。ところが、内容が決定的にまずかった。大方の聴衆も、当の関西電力が、こうした傲慢な考えでは、今後、原発がある地元の説得は全く無理だと思ったに違いない。秋山さんの講演を、隣りの席で聞いておられた、パナソニックの中村会長の落胆したお顔が印象的だった。
確かに、関西電力は、総電力出力の48%を原発が占めている極めて原発依存の高い電力会社である。万が一、今後、原発が使えないようになると関西地区の電力供給は破綻をきたし、関西の経済はとんでもない酷い状況になることは間違いない。だから、今回、福島第一で事故を起こした東京電力に対しても「何をやっていたんだ」という腹立たしい気持ちも良く分かる。東電は、元々、海抜35mもあった福島第一の敷地を海水の供給を容易にするため25mも削り取ってしまったのだから。同様の標高でも削り取らなかった、女川原発は、今回の津波でも何ともない。福島第一さえ、こんな事故を起こさなかったら、関西電力は、こんな苦しみに遭遇することはなかったのだ。そして、菅首相の突然のストレステスト発言。関西電力にして見れば、一連の状況は、ハラワタが煮えくりかえることばっかりだという苛立ちも、私には良く解る。
しかし、放射能汚染の人体に与える影響の解説を電力会社から聞きたいと思っている人は、今の日本には、まず居ない。それを、秋山さんは、とうとうと次のような趣旨の演説をされたのだ。第一点は、「現在議論されている微量の放射能汚染は人体に全く影響がない」。第二点は、「広島、長崎での被爆者で、被爆によるガンの発生率は極めて少なかった。」第三点目が極めつけで、「間違いで放射能汚染された台湾のマンションの住民はガンになる発生頻度が極めて少なかった。だから、放射能は健康に良いとも言える。」という過激な内容だった。確かに、秋山さんの論理は、学術的には正しいのかも知れない。しかし、それを当事者である電力会社のTOPが言う話では全くない。
次に秋山さんの講演は、以下の二つの過ちを言った。一つは、電力の品質はIT機器のためにあるというのである。「数ミリ秒の電力瞬断でも、サーバーやパソコンの動作異常をきたし、データ破壊につながる恐れがある」という。これは全くの嘘である。今や、どこの小さな事業所でもサーバーは、バッテリー搭載の瞬断防止装置で守られており、企業のパソコンは省スペースの観点から、大体ノートPCが導入されている。ご存知のように、ノートPCはバッテリーが搭載されていて、1時間や2時間の停電では全く問題ない。そして、現在のIT機器は、日本より遥かに電力品質が悪いグローバル市場で全く問題ないように作られている。電力会社のプレゼンとしては、内容が、あまりにも、お粗末である。
最後に、秋山さんは、発電と送配電の分離は、あのカルフォルニア大停電のような大事故を招くので絶対に許してはならないと述べた。この秋山さんの論理に対しては、スタンフォード大学のウォラック教授は猛烈に反発した。「カルフォルニア大停電が起きた時に、電力供給量は最大需要を大幅に上回る量があった。あの事故は、カルフォルニア州政府の規制の過ちである。後から札を入れる業者は下値でしか入札出来ない仕組みにしたので、発電会社が損失を出さないよう供給をやめたからだ。今は、そうした欠陥規制を改めたので、もう二度とカルフォルニアで、あのような大停電は起きない。むしろ、発電と送配電が分離しているがゆえに、動的な料金体系が導入可能であり市場メカニズムの働きでピーク電力需要の抑制が可能となるメリットの方が遥かに大きい」と真っ向から関西電力の理論に反論した。
モデレーターの田中直毅さんは、この秋山さんの話を聞いて、もう関西地区経済は相当深刻にならざるを得ないと思ったのか、中村会長に対して、「パナソニックは製造拠点を関西地区から移しますか?」と質問した。さすが、中村さんである。「その質問には、今は、答えられません。」と応じたのである。中村さんは「工場を関西地区から他地域へは絶対に移さない」という言質を取られるのを回避した。そして、その後の中村会長の講演は見事だった。「パナソニックは2018年には、家電の比率を今の40%から、30%に引き下げる。代わりに、エネルギー関連製品の比率を、今の30%から40%に上げる。パナソニックは家電の会社からエネルギーの会社に変貌する。創電、節電、省電をモットーとする製品に集中する。家電製品も効率の良い直流駆動のものに変える。パナホーム(家)も直流配電の仕組みを取り入れる。そのために、三洋電機と松下電工を完全子会社にした。そして松下電器自身もパナソニックと名前を変えた。」何と感動的な話であろう。主力事業を変えられる会社こそが何世紀も持続出来る会社である。
最後のトリは、小泉元首相であった。小泉さんは、私の席のすぐ前に座られて、最初の秋山さんの講演からずっと目を瞑って熱心に聞いておられた。以下、その骨子である。「産業界の人達が言う原子力発電の重要性はよく解る。でも、福島第一原発の事故で何もかも変わった。もう国民感情は、新たな原発の新設は認めないだろう。今、稼働している原発の更新だって、かなり難しいだろう。菅総理は解散して、脱原発で総選挙をやるつもりだろう。でも、そんなんで勝てる訳がない。自民党だって基本方針は、もはや、脱原発、減原発だ。日本は、アメリカや中国と違って国土が狭い。だから、原発は難しい。」久しぶりに聞いた小泉節である。いつも過激であるが、分かりやすい。
さらに、「今度の大震災直後に、米国は14隻の航空母艦や戦艦で日本を守ってくれた。だから、自衛隊が救助活動に専念出来た。さらに、18,000人の海兵隊が救助活動に参加してくれた。やはり、米国は、大変、ありがたい同盟国だ。それでも、米軍基地はいやだというのだろう。原発問題も米軍基地問題も同じだ。国として絶対に必要だけれども、自分の近くには嫌だというわけだ。だから、私は、昔から、巨大なメガフロートを作ろうと言っている。沖縄の米軍基地もメガフロートでやりたかった。でも、沖縄の建設業界が猛反対してダメになった。メガフロートに風力発電や太陽熱発電とかやれば良いんだよ。日本は海洋国なんだから、もっと海を利用しようよ。航空母艦を作るんじゃなくて、世界一巨大なメガフロートを作って日本を活性化しよう。」この人の話を聞いていると何だか元気が出てくるようだ。