昨日、東大で、文科省主催のスパコンシンポジウムがあり、私は、そこで基調講演をさせて頂いた。殆どの聴衆の方々は、スパコンの専門家ばかりで、私などは、最初から門外漢だったのだが、私が、この講演で言いたかったことは、以下のことであった。2009年11月13日に行われた仕分け会議の中の不毛な議論を二度と再び行う必要がないことを願ってのことだった。
スパコンは、『理論』、『実験』、に続く『第三の科学』である、『シミュレーションや可視化』という新たな研究手法を用いることによって科学技術の飛躍的な発展に貢献できる力を持っている。そして、その科学技術は、社会や人類のために貢献することをゴールとするものである。スパコンを研究手段として用いる人々は、常に、そのことを念頭に置き、また、そのことを社会に対して分かりやすくアッピールし続けなければならない。
しかし、私の後に続いた講演者の方々は、私の心配が全く不要だったことを示して頂いた。どの講演者も、超高速シミュレーションを行うことで、どれほど人類のために貢献できるかを分かりやすく、お話しして頂いたからだ。しかも、どのテーマにおいても、三次元CGを用いた可視化ツールによって非常に分かりやすく説明をして頂いた。東大の古村先生が行われた、今回の東日本大震災の津波シミュレーションなど、まさにリアルで圧巻であった。津波が、こういう風に襲ってくることが、もっと前に、こうしたシミュレーションを使って真剣に議論されていれば、多くの犠牲者が救えたのではないかと残念で仕方がない。
もともと、スパコンは、こうした防災目的で有効に使えることは、昔から知られている。私も、地震や津波だけでなく、台風、竜巻、豪雨など、多くの災害シミュレーションを見せて頂いてきた。そして、日本の産業分野で、もっともスパコンを多用しているのは、自動車産業である。しかも、そのスパコン利用の目的は衝突実験だ。自動車産業にとって、最も忌み嫌う、車の正面衝突をスパコンのシミュレーションとして、24時間365日、毎日、毎晩、何千回、何万回と車を衝突させて、安全な車つくりに役立てている。
さて、日本で一番スパコンを利用するスキルが高いのは原子力研究所である。そして、原子力は、国の最も重要なエネルギー源であり、日本を支える最重要基盤産業だったので、国から潤沢な研究開発費が施され、スパコンについても、日本で最も恵まれた研究施設を保有している。その原子力研究所では、津波災害時に想定される原子力発電所の事故、いわゆるメルトダウン(炉心溶融)など、自動車で言えば、正面衝突のような、最悪の事態を想定したシミュレーションは行われていたのだろうか? 少なくとも、私は、これまでに一度も聞いたことがない。プルサーマルや、核融合など、未来技術の開発に資するシミュレーションの話は何度も聞いたことがあるが、自然災害に起因する事故を想定したシミュレーションの話など、一回も聞いたことがなかった。
原子力の分野では、『事故』は起こしてはならないものであり、絶対にあり得ないことだったのだろう? だから、『事故』という言葉は、原子力発電所に関しては、いかなる時も禁句であり、ましてや事故を想定したシミュレーションなど、職を賭して行なう程の大きなリスクがあったのではないかと想定される。まさに『禁断のシミュレーション』であったに違いない。そうだとすれば、今回の福島第一原発事故の直後からの政府と東電の対応は全て納得できる。もともと、想定外の事態、起きるべきも無い原子力発電所の事故が起きたのだから、誰も、どうして良いか分かるはずがない。
しかし、それは何とも口惜しい。昨年6月、経済産業省が出した新エネルギー戦略では、原子力発電は圧倒的な主役であった。日本は、原子力発電を除くと、エネルギーの自給率は、たった4%しかない。食料の自給率、40%ですら、大きな危機感を思い起こさせるのに、エネルギーに関しては、たった4%しかないのである。だから、エネルギーの安全保障政策には、原子力は絶対に欠かせないものであった。しかも、CO2を排出しないという、地球温暖化から見ればクリーンエネルギーとしての御墨付きまで貰っている優等生である。そして、原子力発電が日本の国の産業政策に絶対に必要という意味合いは、事故後の今でも、全く変わっていない。太陽光や風力が、近い将来、原子力発電にとって代われる可能性は全くないからだ。
この度の福島第一原発の事故が起きるまで、原子力発電は、日本のエネルギー政策から見て、まさに救世主であり、『神』であった。だから、神聖にして侵すべからず、事故を想定することなど、想像するだに許されなかったのかも知れない。しかし、絶対に起きるはずの無いことが起きてしまった。普通の事故なら、再発防止の議論に進展して幕引きになるが、この原子力発電所の事故は、そうはいかないだろう。もともと絶対に起きないと住民を説得してきたことが起きてしまったのだから、今後、原子力発電所の新設は、もちろん、定期点検後の再稼働も、極めて厳しいように思えてならない。
もし仮に、日本の全ての原子力発電所が停止した場合、日本の産業界に及ぼす影響は計り知れないものがある。多くの企業が、これから、ますます日本脱出を図り、産業の空洞化が一層加速し、沢山の雇用が失われるだろう。それでも、子供を持つ母親たちの、『もう日本で原発はやめてくれ』という悲痛な叫びには、誰も抵抗が出来ない。その上、ドイツでは産業界の悲痛な叫び声から、既に取りやめてしまった、「太陽光発電の全量買取制度」を『退任の花道』としたいと言っている菅総理大臣は、一体何なのだろう。徹底的に、完膚無きまでに、この国を滅ぼし尽くそうというつもりなのだろうか。こんな非道なことを許してはならない。彼には、もはや花道など全く必要がない。