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482   DX世界における台湾有事

2024年6月8日 土曜日

毛沢東が現代中国を建国、鄧小平が香港・マカオを返還させたという二人の偉業に対抗するには、自身の名前が中国史に残るために何としても台湾を併合しないとダメだと習近平は考えている。これまでの通例を破って第三期以降の政権を獲得したのは、そのための時間稼ぎだと言われている。台湾を併合するための、中国の強圧が日々増している中で「台湾有事」関連の議論が活発になりつつある。こうした東アジアの派遣を誰が取るかという話をする見識を持たない私にとって、現在、一番興味がある話は、AIの勃興をめぐるデジタル産業において「台湾の覇権」が日々増しつつあることだ。

1970年にAIの研究者として富士通に入社した私は、後にAIの暗黒時代を言われた20年間にわたりその仕事を続けてきたが、流石にもうダメだと諦めて、1990年になって仲間を引き連れてパソコンの仕事に移った。当時のパソコン業界を振り返ってみると、プロセッサはインテルが独占、OS(Windows)はマイクロソフトが独占するという、いわゆる2社が世界の全てをリードする「ウインテル(Wintel)世界」であった。Apple以外のパソコン製造企業の全てが、その「ウインテル」をベースにパソコンを製造していたわけだが、当然のことながら標準化が極端に進んでおり世界中のパソコン(当時のパソコンは全てデスクトップパソコン)のマザーボードは大きさや形までもが標準化されており、その製造は、ほぼ全てが台湾企業によって行われていた。

そうした習慣を変えたのが、東芝が世界に先駆けて開発したノートブックPCである「ダイナブック」だった。このダイナブックと同時に世界を席巻したのがIBMのノートブック「Think Pad」であるが、その開発は日本IBMの藤沢工場、製造は同じく日本IBMの大和工場が担うことになった。富士通も、こうした動向に乗ってノートブックPCの世界展開を始めることとした。このノートブック開発のため、OASYS(ワープロ開発)、Towns(マルチメディアPC)とFAX事業を閉鎖し、その3部門の開発人員を全て新たなノートブックPC部門に集約して世界展開を図った。

当時、全世界でパソコン購入者の評価は「PC Magazine」の記事に依っていた。この「PC Magazine」は米国で発行される雑誌で、これに掲載される記事は米国で販売されている製品に限られていた。このために、我々富士通も採算を度外視してでも米国市場に製品投入したわけだが、案の定、世界で最も厳しい米国市場で販売するとすぐにも大赤字となって、「撤退するかどうか?」という議論になった。その何年か前に、米国でPCビジネスを展開した富士通の半導体部門は、不採算のため米国市場から撤退し、パソコン事業そのものを、我々情報部門に移行させた。同じ市場で二度も撤退すると、将来二度とパソコンビジネスは出来ないということになり、この米国市場でのビジネス再建のために私はシリコンバレーに駐在することになった。

シリコンバレーに着任して、私が一番驚いたのが、シリコンバレーで言われている常識の中に「ITとはインドと台湾(Indian & Taiwanese)の頭文字」だということだった。実際、シリコンバレーで活躍する各社で活躍するITエンジニアのなかでソフトウエアはインド人がハードウエアは台湾人が担っているケースが非常に多かった。だから、この業界を「IT業界」というのだというわけである。今や、マイクロソフト、アマゾン、アルファベット、IBMなどIT業界のビッグテックのトップがインド人で占められている。それでは、ハードウエアを担当する台湾人は何をしているのだろうか?確かに、今や、ノートブックを含む全てのパソコン、及びIAサーバは殆ど全て台湾で開発され、その製造の多くは中国で行われている。

それでは、シリコンバレーで台湾人は一体何を開発し製造しているのか?である。その答えが、今をAI時代で一番成長し利益を上げている「エヌヴィデア」である。私が、シリコンバレーにいた時の「エヌヴィデア」の主力事業はゲーム機向けのグラフィックプロセッサーだった。グラフィックスの描画を行うためには3次元の座標を計算するための行列演算機が並列に動く必要があり、これはパソコン向けにインテルが開発していたプロセッサとは全く異なる機能と高速性能が必要だった。当時ですらも、「エヌヴィデア」の描画プロセッサはトランジスタの数や高速性能でインテルのプロセッサを遥かに凌駕していると言われていたが、インテルのようなネームバリューと独占性がなかったため「エヌヴィデア」の製品は安価な取引価格に甘んじていた。

その「エヌヴィデア」が急速に知名度を上げたのが「生成AI」である。もともとAI処理に必要なディープラーニングに必要な演算機能がグラフィックスの描画機能を同じ性質の行列演算だったことから、いつか「エヌヴィデア」の時代になるのではという期待はあった。しかし、ChatGPTに代表される「生成AI」が出現すると、このAIの処理に必要な演算機能が標準化されクラウドシステムでサポートできることが分かった。今や、ChatGPTに代表されるGPTエンジンには、マイクロソフト、アルファベット、メタ、アマゾンを含めて全てのビッグテックが巨額の投資を行っている。まさに、「エヌヴィデア」は「生成AI」時代に絶対必要となる資源を提供している。しかも、今回「エヌヴィデア」は、単にチップメーカーとしてチップだけを提供しているだけでなく、部品とソフトウエアを含むサーバシステムとしてより付加価値の高い商品を提供している。

このGPTエンジンは、高速に動作する最先端半導体チップというだけでなく並行処理を行うソフトウエアが必要となる。「エヌヴィデア」は、ゲーム機エンジンを提供してきた中で並行処理に優れたソフトウエア技術を蓄積してきた。そして、「エヌヴィデア」は最先端半導体製造技術を持つ、台湾における半導体製造の中心的企業であるTSMCと密接な連携を図っている。その連携というのが、これまで例を見なかったとんでもない形の連携である。GPTエンジンは高速処理を行うために大容量のメモリーとデータを高速転送する必要があるのだが、韓国のSKハイニックスが開発したHBM(High Bandwidth Memory)と呼ばれる三次元積層メモリでTSMCが製造する高速プロセッサと独自の高速バスで結ばれて大容量・超高速のデータ通信ができる。すなわち異なるメーカで製造された半導体チップが積層構造で連結されるのだ。このため、こうした三次元チップが複数個搭載されたボードを「エヌヴィデア」はGPTエンジンとして販売している。

従って、「生成AI」でビジネスを行うことを企画している米国を始めとするビッグテック企業の間で「エヌヴィデア」製のサーバーは高価格で取り合いになっている。この結果、あっという間に「エヌヴィデア」の時価総額はアップルやマイクロソフトと肩を並べる規模になった。一方、これまで世界一の半導体メーカとして君臨してきたサムソンは、アップル向けプロセッサでTSMCに敗れ、HBMでもSKハイニックスには歯がたたない状況にあるのと、これまでビジネスの主力であった中国向け市場が米国の規制で思うように販売が伸びないこともあり、赤字に転落し、珍しくストが発生しているなど、台湾のTSMCと韓国のサムソンの競争には決着が見えつつある。今や、TSMCは最先端半導体ビジネスで世界シェアの90%を席巻する勢いである。

そのTSMCが製造拠点を台湾以外に米国、日本、ドイツに分散させようとしている。確かに、これだけTSMCによる最先端半導体分野での寡占状態が続くと、世界中のTSMC顧客が「台湾有事」を心配することが現実味を帯びてくる。米国政府にはとても及ばないが日本政府もTSMCの熊本への呼び込みには巨額の補助金を出している。現在、TSMCの熊本工場であるJSMCの工場建築は順調に推移し、第二工場建設も検討の視野に入ってきた。一方で米国の工場は苦境に陥っているようである。最近のアメリカは製造業の衰退が著しく、現代のアメリカには製造業をこなすメンタリティに欠けているような気がする。一方で、半導体分野で世界を驚愕させた日本がTSMCの日本上陸で、また世界に通用する基礎力がつけられるかが問われている。

台湾のTSMCが日本上陸を検討した一番の理由は、日本が台湾から一番近い距離にあるということと、今や台風が来なくなって水不足で苦しんでいる台湾とは違い阿蘇のカルデラから豊富に得られる水資源に大きな魅力を感じたからではないかと思う。そうした台湾企業TSMCの期待に日本が応えられるかが、日本の半導体製造業の将来を占う鍵になるような気がする。台湾有事は、まさに日本有事とも密接な関連がある。

 

 

481   変貌しつつある日本の人事制度

2024年5月2日 木曜日

コロナ禍を耐えた日本が、バブル崩壊後の日本経済が陥った30年間の低迷続きを抜け出して、今や、少しずつ前向きになっているように私には見える。日立製作所社長を経て経団連会長になられた中西宏明さんが、いつも私に言っていた口癖が「日本は早く普通の国になるべきだ」だった。つまり、中西さんが言いたいことは、日本が30年間停滞してきた最大の原因は「日本特有の人事制度」にあるということ。グローバルに活躍されてきた中西さんの心の中には、日本の政治や経済の硬直化を招いている「終身雇用、年功序列」という「日本特有の人事制度」だということだ。

富士通では、毎年、アメリカと異なりユニオン(労働組合)が強い労使環境にある欧州において、EU各国子会社のCEO、人事労務部長、労働組合長を集めて、毎年、労使協議会を開催してきた。この会議の中で、各国労組の組合長からは、いつも前向きの提案を頂き感謝していたのだが、最後に必ず出される質問が「日本の富士通本社は、いつまで日本独自の人事制度を続けるのか?」だった。彼らから見れば、「自身がグローバル企業だとの自覚があるのなら、早く世界共通の人事制度にすべきでしょ!」と言うわけだ。私は、こうした彼らの考え方に全く反論できずに「早く、日本の人事制度も世界標準に合わせて行きたい」と述べるしかなかった。

日本の人事制度が、どうして組織の活性化を削いでいるのかといえば、先ずは「終身雇用」による安定化がある。上司に逆らわず、毎日言われた通りの仕事を着実にしていれば、何か余程悪いことをしない限り解雇されることがない。そして、「年功序列」は特別な落ち度がない限り一定度合いの昇給が約束される。こうした安定した雇用関係の中で、会社は、そこそこの安定性を得るが、株主が期待するような発展・成長を遂げることは期待できない。一方で、企業を取り巻く環境は日々変化して、やがて大きな試練を迎えることになる。そうした危機を迎えた時に、多くの日本企業のトップは、自らリーダーシップを取って会社を変革する人材を育てて来なかったことを悔いた。

世界で「優良」と言われている企業は、常に自らを大きく変える改革を行っている。優れた業績に輝いていた過去を否定し、将来への変革を成し遂げるリーダーになるためには、入社以来同じ組織で長く仕事をして培ったキャリアでは無理だろう。一方、世界で優良と言われるグローバル企業で活躍するリーダーたちは、幾つもの企業で異なる仕事を経験して自身のキャリアを磨いてきた。どうして、日本の企業では、こうした物語が産まれなかったのだろうか?まず、第一の理由は、現在でも、多くの日本企業のトップは入社以来の生え抜きばかりだからだ。つまり転職を繰り返していたら日本の大企業のトップにはなれなかったのだ。

そうした、これまでの日本の人事制度が、コロナ禍を経験した、この2−3年で大きく変わりつつある。入社してから3年の間に約3割の社員が辞めていくのは、かなり前から当たり前のことだった。それでも、昨年末の日経新聞では「20代社員が転職で年収が上昇するようになった」と言う記事が出た。これまで30−40代社員は転職で年収が上昇することが多く見られたが、20代社員の転職では年収が下がるのが一般的だったと言う。つまり、今や、20代社員も単に「仕事が嫌だから、辛いから」と言う理由ではなく、しっかりキャリアを磨きスキルアップし、それを活かした転職を目指していると言うことらしい。

2040年代の日本では1,100万人の労働者が不足すると言う。つまり、これからの日本は圧倒的に求職者の方が有利な状況に変化しつつある。日本が欧米のように、キャリアアップのための転職が一般的な状況になってきている中で、人事制度でも大きな変化が見られるようになった。先週の日経記事でも3メガバンクの中途採用が新規採用者の40%以上を占めるようになったと言う。富士通でも、毎年800人程度の新卒採用を行なっている中で、今年の中途採用は2,000人を超えるという。もはや、多くの日本企業は優秀な人材をスキルベースで中途採用した方が効率的だと考えている。

こうした求人側の事情は、転職を考えている若者にもよく理解されている。彼らが転職を考える最大の理由は、一昔前のように給料が安いとか上司が気に入らないと言うことよりも「キャリアを磨く恒常的な仕組みが会社の中に存在しない」と言うことらしい。ひと昔前の社内教育と言えば、OJTと呼ばれる今やっている仕事に直接関係したスキルを上司が部下に教えることを指していたが、今、若者が求めているスキルアップの仕組みは全く異なるものである。多くの若者は、今、彼らがやっている仕事とは関係ないスキルを磨く機会を求めている。「どうして、今の仕事に関係ないスキルを求めるのか?」と言う経営幹部が居たら、「それは貴方の方が間違っている」と私は次のように言いたい。

つまり経営トップが、次のステップへの飛躍を考えるには、現在の社員が持っていないスキルが必要となるかも知れないからだ。そうしたスキルを持った人材をどのように探すのか?と言う命題は深刻である。今後、年功序列という人事制度は間違いなく崩壊する。将来、降りかかって来る企業を取り巻く変化は、ただ、年を取れば自然と色々な知識が積み重なるという程度のスキルアップでは対応できないからだ。つまり、今後、社員の給与水準は持っているスキルベースで決まる時代になる。世界の中で、日本人がスキルアップに積極的でなかった理由は、終身雇用でずっと同じ仕事をしていても年齢が上がれば自然と給与が上がるというぬるま湯のような人事制度の中で生きてきたからだ。

本当に、これからは、働き手がいなくて倒産するという企業が増えて来るだろう。そうした状況の中で、求職者と求人者の双方で改革に向けてスキル獲得競争が続いている。先ずは、人手不足で悩む企業側のアプローチとして、いろいろなことを考えた結果、従業員のスキルアップの仕掛けとして「生成AI(例えばChatGPT)」が一番良いとの結論を出している。「生成AI」は、あらゆる優秀な知識人を超える豊富な知識を持つ賢人であり、誰もが「自ら勉強する」ことを助ける教師としての役割を立派に果たすことができる。これまで、いわゆるAIを使うのは高度な理系の知識が必要だったが、「生成AI」を使うには、一般常識があればそれだけで十分である。横須賀市役所が、まず全員に「生成AI」を使わせてみることを決断したことは大変立派な人事施策だと思う。

私が関わっている企業でも、若い人たちに、この「生成AI」を使わせて、自身の業務効率化に向けてのチャレンジをさせている。私も、すでに、何回か成果発表会に参加させて頂いたが、業務として「生成AI」への挑戦を命じられた社員の士気はすこぶる上がっている。「生成AI」の使用で、一番苦労するのが「質問の仕方(プロンプト)」である。何しろ、「生成AI」は何でも知っているわけだから、きちんと質問すれば、それに対して正しく答えてくれる。この「質問の仕方」が一番のノウハウとも言える。

この発表会では、多くの参加者が自身の実務経験を話してくれるので、「次に、自分もそういうやり方で質問してみよう!」と気になってくる。さらに、この「生成AI」は叱ると、一度誤ってから、さらに詳しい答えを出し直してくれるそうで質問者は思わず「可愛い」と親しみを覚えるそうだ。多くの発表者が、普段1時間ほども考え抜いていたアイデアを10−15分で何十通りも提案してくれるので、自身は一番良いと思うものを選ぶだけで済んだとのことで、「これを使えば業務の効率化に役立つ」と言っていた。

まさに、今後人手不足で苦しみ企業としては、「生成AI」は少ない人数で効率的に仕事が出来る良いツールとなるであろう。さらに、こうしたスキルアップの経験を日常的な仕事の中で積ませることは、士気向上に繋がり転職を防止するための優れた人事施策となるに違いない。日本の人事制度を世界に負けないレベルまで大きく変えられるかどうか? この「生成AI」の活用が、その成否の鍵を握っているのかも知れない。

 

 

480  「生成AI」は人手不足を救えるのか

2024年4月4日 木曜日

日本は、少子高齢化による生産年齢人口の減少で、リクルートワークス研究所の予測では、2040年には1,1 00万人の人手不足に陥ると言われている。少子化 による人口減少の動向は、アフリカのサハラ以南の地域を除いて世界中が陥っている「赤ちゃん不足」という深刻な病である。これまで欧米諸国は労働力不足の大部分を移民受け入れで補ってきた。しかし、今や、英国のブレグジットを引き起こした移民増加を懸念する動きはドイツやアメリカなど先進国全体で蔓延している。

日本は、現在、400万人近い外国人を受け入れているが、今後この人数を1,100万人にまで大幅に増やすのは極めて難しい。その理由の一つは、近年、日本が移民を目指すアジアの国々が揃って出生率が減っていることにある。そして、第二の理由は、こうしたアジア諸国の賃金が日本以上の上昇率となり、日本との賃金格差が減ってきていることにある。さらに、第三の理由は、使用する言葉の問題だ。今や、途上国の人々は誰でも英語を話すようになってきているが、受け入れ元の日本では相変わらず英語は難解な外国語であり続けている。

さらに、2040年まで待たなくても、今や、人手不足はどの企業にとっても極めて深刻な問題となっている。経営者にとって、現在、一番深刻な問題は離職問題だろう。今から25年前にアメリカで経営者になった私は、日本の経営者から「アメリカでは簡単に解雇できることがメリットだね」と言われて驚いた。当時、バブル崩壊後の日本は終身雇用制度で抱えた余剰労働力をどう減らすかが大きな経営課題だった。しかし、こうした考えは、とんでもない誤解である。欧米の経営者は日夜「キーマンの離職問題」に悩んでいた。早い人で半年、長い人でも3年経てば多くの従業員はより良い雇用条件を求めて転職する社会だからだ。

従って、欧米の経営者は、優秀な社員に「いかに長く勤めてもらえるか」という「リテンション・プラン」をいつも真剣に考えている。毎年、社員に対して提示する新しい賃金改定は、その企業の業績とは関係なく、その地域で起きている賃金上昇率に沿って行われるべきだとされている。つまり、賃金改定が平均賃金上昇率より低ければ、瞬く間に社員は居なくなってしまう。もう一つ、皆に平等な賃上げは必ずしも好まれるものではない。頑張った社員には厚く、成果がよく見られない社員には薄くするという差が出る制度にしないと、優秀な社員は長く残らない。

しかし、今、コロナ禍を過ぎて、ようやく訪れた好景気と、恐ろしいまでの人手不足が、日本の労働市場を一気に流動化させた。今の若者とって、転職はごく一般的な思考方法となった。アメリカでは46%の社員が常に転職を考えていると言われているが、日本でも殆ど同じ状況になったのではなかろうか。しかも、これだけ人手不足が深刻になると中途採用する企業側も高い賃金を提示するので、心を動かされる社員も多くなっている。しかし、転職後の様子を見ると、一度転職を決断した社員は、その後短期間に次々と会社を移っていく。転職した社員と、それを受け入れた企業側とのお互いの期待が必ずしもうまくいかないことも少なくないからなのか。

そういうことも踏まえて、私は、社員が転職をする場合は、無理に押し留めようとせず、気持ちよく送り出して、「また、戻ってきたくなったら、いつでも、いらっしゃい」と声をかけてあげて欲しいと何度も言ってきた。その結果、最近では30%くらいの転職者が、また元の古巣に戻ってくるようになったという話も聞く。しかも、「前より逞しくなって戻ってきた」というのだから素晴らしい。転職しようとする動機は、必ずしも「今の職場が嫌だから」、「上司の扱いが酷いから」というわけではない。

そして、今の若者は必ずしも給与水準だけに焦点を当てているわけではない。多くの若者は「会社は、自身のスキルアップに対して、何をしてくれるか?」ということを「固定化された仕組み」として提供すべきだと考えている。今の若者は、勤続年数によって年功序列制度で給与水準が上がるという従来の仕組みに魅了を感じない。つまり、給与はスキルに準じて上がるべきで、そのために常にスキルを上げる制度や仕組みの中で働きたいと考えている。しかし、スキルを上げるために他人よりガムシャラに働くことはしないし、3−5年かけてスキルを身につける職人的下積み生活も求めてはいない。

こうした若者の意を汲めなければ、社員は集まらないし、どんどん辞めていく。かつて、売り上げはどんどん増えているのに、売上金の回収がうまくいかずに黒字倒産する企業があったが、今や、社員が満足する給与や働き方が与えられずに社員がどんどん辞めていき、結果的に人手不足で倒産する企業が増えていくだろう。ということは、今後の基本的な経営方針は、より少ない人手でキチンとした仕事ができる仕組みを考えていかなければならない。しかし、そんな制度はあるのだろうか?それが、どうもありそうなのだ。

答えは、「生成AIの活用」である。これまでのAIは、画像を認識したり、音声を認識したりする「認識AI」だった。この「認識AI」をうまく使うには、デジタル技術や、ものづくり技術が必要で、誰でもすぐに目的のシステムが構築できるわけではなかったが、ChatGPTに代表される「生成AI」なら誰にでも使えそうである。何しろ、「生成AI」は知りたいことを聞けば何でも答えてくれるからだ。私は、常々、講演資料のストーリー作成や、その英訳に「生成AI」を使っている。「生成AI」を使っていると、新訳聖書、ヨハネによる福音の中にある「始めに言葉ありき、言葉は神と共にあり。言葉は神であった。」ということを思い浮かべる。つまり、これは「ただのAIソフトじゃあないな」と感じるのだ。

つい最近、若手の社員に自由に「生成AI」を使わせて、どんな成果が出たのかという発表会に出席させて頂いた。30人ほどがリアル会議に出席し発表を行い、50人ほどがオンラインで聴講する会議だったが非常に熱い議論が行われた。ここで私が一番驚いたのが、彼らは決してAIの専門家でもないし、殆どが理系エンジニアではない。広報、マーケッティング、広告、教育、資料翻訳など事務管理部門を含むあらゆる部門で「生成AI」に挑戦し、素晴らしい成果をあげている。もちろん、ソフト開発部門では「生成AI」を使ってプログラムの自動生成にも挑戦して大きな成果をあげている。

これらの殆どの報告で共通しているのは、「生成AI」は決して人間ができない素晴らしいことをやってのけているわけではない。殆どのケースが、「生成AI」を利用しなければ1時間掛かっていた仕事が10分で出来たという効率化である。つまり、利用者が「生成AI」に指示することによって、簡単には思いつかないアイデアを次々と打ち出してくれるというのである。人間は「生成AI」が大量に打ち出してくれたアイデアの中から優れた成果物を選択すれば良い。もちろん、アイデア出しをさせる場合に、「生成AI」が、どんな性格の持ち主になって欲しいのかという指示も綿密に行なっている。

こうした若い人たちが成果発表時に多少興奮気味に話しているのも私には良く理解できる。私も、「生成AI」を使っていて、そのように感じるからだ。「生成AI」という、この会話の相手は一体何者なのだろう。時に叱れば、キチンと正確にやり直すし、褒めれば喜んで次々と仕事をこなしていく。こんなに、よくできる部下は滅多に見つからないだろう。こうして「生成AI」を使いこなして成果を上げる社員は、もう部下なし管理職として昇格させても良いはずだ。

一方で、こうした「生成AI」のような新しい動向には、全く興味を持たず、従来の仕事のやり方をも変えようとはしない中間管理職は、今後、どのように処遇したら良いのだろうか。「人が足りない」という未曾有の危機を乗り越えるためには、高い給与を支払う価値のある少数の人々で仕事をこなしていくしかない。そのための人事制度や評価基準をどう変えていくのだろうか?

既に、英国では公立の初等中等教育制度において、英語、数学、理科の三科目を必須科目として他の科目は好きな科目を選べば良いというSTEM(Science, Technology, Engineering, Mathematics)中心の教育方針に変えている。もはや「生成AI」を使いこなすために必要な教育とは、大学で理系を学んだ生徒を増やせば良いという単純な話ではないのかも知れない。