465   デジタル人材難への対処法

2023年1月23日

3年も続いたコロナ禍が少し落ちついてきた中で、多くの経営者が人材の問題で悩んでいる。コロナ禍の中で、社会は大きな変化を遂げたが、この変化はコロナ禍が終息しても元に戻ることがなさそうである。こうした変化に対応するために、多くの企業は仕事のやり方や従業員の働き方を変えることを余儀なくされた。こうした社会の変化は、必要とされる人材に変化をもたらしつつある。コロナ禍の終息で先行しているアメリカでは、極端な人手不足の中で、就業人口は大きく減った状態が継続している。コロナ禍で職を失った中高年労働者が早期リタイアを決断したからだと言われているが、これは、私は必ずしも同意できないでいる。

その理由は、日本でもアメリカでも、コロナ禍で最も変化が大きかったのは「デジタル化」だったからだ。このデジタル化の進展でビジネススタイルが変化した結果、必要とされなくなった職種が多く出てきた。コロナ禍前に、こうした職種に就いていた人々は、復帰しようと考えても、その機会を失ってしまったのではないかと私は考えている。その代わりに、デジタル化を進展させるために必要なデジタル人材が多くの業種で嘱望されている。こうした変化はアメリカだけでなく、日本でも起きている。コロナ禍前に叫ばれていたDX(デジタル化)への取り組みは、日本の多くの経営者が最優先の課題と捉えている。

例えば、コロナ禍で進展したリモートワークは、日本企業の働き方を大きく変えただけでなく、経営者の考え方も変えることになった。例えば、皆で1箇所に集まってチームでワイワイガヤガヤしながら仕事を進めるという、これまでの日本的な働き方は、本当に効率が良いのか?という疑問である。例えば、リモートで全く問題がない定常的な事務作業の多くがパソコンへの入力作業だと言われている。さて、この自宅で入力するデータは、どこにあったのだろうか?実は、その多くが、パソコンが繋がっているサーバーの中にあったデータなのだ。それなら、どうしてわざわざ再入力しなくてはならないのか?

従来の仕事のやり方では、入力されたデータを一度プリント出力して、管理職の承認を得た印として印鑑を押してもらったデータが正式データとして再入力されていた。リモート作業なのに、コロナ禍の初期には承認の印鑑を貰うためにだけ出社した社員もいたという。この日本社会特有の印鑑を無くすと、もはや社員は自宅で全て作業ができるわけだが、管理職が承認したことを示す何らかのマークがデーターに付与されれば、このデータの再入力は不要な作業となる。こんな非効率な仕事が日本の企業には沢山あったはずである。私は、常々デジタル化の「D」は直接「Direct」の「D」だと言っている。

大昔は、飛行機や新幹線の切符やホテルの予約など従来旅行代理店に依頼していたことが、今や、誰でもスマホで直接できる時代になった。こうした「仲介」が要らなくなって「直接:Direct」に仕事ができることを「デジタル化」と言える。こうした「D:直接」が増えてくると、当然、これまで多くの方がしてきた仕事、特に定型業務と言われる仕事は一気に失われる。このため、こうした仕事をしてきた従業員を新たな仕事へ転換するためのスキル教育(リスキリング)の重要性が叫ばれている。特にアメリカでは、今回のコロナ禍で一気に仕事のやり方が変わったため特にデジタル分野では人手が足りないと言っている一方で多くの従業員が解雇されている。終身雇用の日本でも非正規雇用の従業員は、解雇の対象になる可能性がある。

日本の経営者も、欧米の企業に対して競争力を強化するため、デジタル化(DX)への取り組み姿勢は極めて高くなっている。しかし、DXを成功に導く高度なデジタル人材は、これまでデジタル技術には疎かった社員をリスキリング教育しても即効的に育成するのは難しい。そこで、各社とも一斉にキャリア採用によるデジタル人材の戦力強化に乗り出した。しかし、各社ともに熾烈な獲得競争に乗り出している中で高度デジタル人材の採用は極めて難しい。むしろ、今、抱えているデジタル人材の中で仕事が出来る人材から退職していくのを、どう止めるかという対策に躍起になっている。

私がシリコンバレーへ転勤になったのが、今から25年前。その時に経営者として経験したことが、今、日本でようやく起きはじめたと感じている。今の、日本の若者は、生涯、一つの企業に定年まで勤めようと思っていないのだろう。むしろ、その若者が中高年になった時に定年という制度があるかどうかもわからない。今後の日本の年金制度を考えると、定年など言ってはいられなく、かなりの高齢まで働かなくてはならないだろう。むしろ、問題は、そうした高齢まで働くことを認められるスキルを持っているかどうか?である。今の若者は、そうした将来のことまで考えている。今の職場に居て、どのようなスキルを学び続けられるか?に関心があるはずだ。人に優しい「ゆるい職場」や、そこそこの給料をもらえる「美味しい職場」だけで彼らは決して満足はしない。

25年前のシリコンバレーの経営者は従業員への教育など全く関心がなかった。そうした環境の中で、私の会社では従業員へのスキル教育をすることで退職率を大きく下げることができた。しかし、10年前の2012年にシリコンバレーを訪れた時には、驚いたことに、各社とも従業員へのリスキリングを熱心に行い始めていた。2012年はAIが本当の意味で実用化を迎えた「AI元年」である。もちろん、アメリカのことだから就業時間中とか社内で行う教育ではない。会社が有能な社員にオンライン講座のライセンス番号を渡して、彼らは自宅で好きな時間に勉強する。その教材を作成したのは世界で一流と言われているスタンフォード大学やUCバークレーの教授たちだった。

AIは、これから働く人たちにとって大きな脅威となる。一方、経営者にとっては、AIをうまく使えるかどうかが企業競争力を強化できるかどうかの鍵となる。私は、単にプログラムが書けるというデジタル人材だけでなく、多くの人々がAIの仕組みや利点を学ぶべきだと思っている。現在、デジタル人材の獲得や維持に悩んでいる経営者に申し上げたいのは、このAIを使いこなす高度な人材を何人か高給で雇い、その人たちと現在の従業員の中で、AIに興味を持っている人たちを組ませて新たなチームを作るべきだと思う。そして、今、行なっている業務が、どこまで最小限度の人手で実行可能か徹底的に洗ってみるべきだ。

こうしたデジタル時代には、過去の経験や実績はあまり役に立たない。年齢に関係なく、やる気があって仕事が出来る人を、今の日本の人事制度では考えにくいほどの高位の職位で、かつ高給で処遇するべきだろう。もちろん、仕事の結果が期待にそぐわない場合は、降格、減給も厳しく行うべきだろう。将来を睨んで頑張ろうという若い人たちは、曖昧で緩い職場よりも、そうした厳格な職場を望んでいるのではないか? 高度なデジタル人材を獲得したいと考えている経営者は、自らも直接面接して採用するくらいの気概も必要だろう。さらに、彼らは高い職位と報酬だけを望んでいるのではないことにも留意する必要がある。

一生同じ会社に勤め続けるものではないと考えている彼らは、職位や報酬だけでなく仕事を通して、どれだけキャリアアップに繋がるのか?あるいは、会社が彼らに対して、新たな能力を磨くためのリスキリング・メニューを与えてくれるのか?という点に大きな関心を持っている。これまで社員の教育に殆ど投資してこなかった欧米企業が、現在、非常に多彩なリスキリング・メニューを設定しているメリットを経営者が一番大きなメリットを「会社に対するロイヤリティの高揚」と考えているようだ。つまり、こうした感謝の気持ちで仕事に大きな好影響を与える「愛社精神」を育むことが出来れば離職率は下がるというわけである。

日立や富士通がジョブ制を導入し、年齢や職位に関係なく高度な仕事をする社員に高い報酬を支払う人事制度へ移行させつつあるのは、二つの理由がある。まず、第一はグローバル企業として全世界の従業員を公平に処遇するためには、ジョブ制を採用することが必須だと考えているからだ。そして、第二の理由の方がもっと重要である。能力に関係なく勤続年数が長くなれば給与が昇給していくという日本的な人事制度では、高い能力を持つ社員が、どんどん離職していくからだ。現在の日本におけるIT関連企業は、この高い離職率で悩んできた。

若くて有能な社員が次々と辞めていけば、企業は衰退する一方である。しかし、ジョブ制にすれば、これまでの人事制度の中で高い地位に就いてきた幹部社員は大変な目に合う。現在、ジョブ制を導入しつつある企業は、入社してから新しい技術に対して大して勉強もしてこなかった社員は、もう辞めてもらっても結構だと考えている。日本が再び世界に挑戦していくためには、やはり一人一人の社員の能力向上に期待するしかないからだ。

464   2022年を振り返って

2022年12月23日

昨年2021年の秋に、私は「2022年再起動する社会」と言う題の本を上梓した。2年近く続いたコロナ禍も2022年になれば落ち着いて社会は再起動を迎えられるが、その新たな社会とはコロナ禍以前の社会とは全く異なる様相を呈しているので、私たちは、その点に関して何を備えなくてはならないか?と言うことを中心に書いたつもりである。しかし、その2022年が暮れようとしている今、コロナ禍は決して落ち着いたとは言えず、また世界中で感染者が増えている。しかし、少なくともワクチン接種者は、一時のように重症者とはならずに軽症で済む人が増えている。しかし、このコロナ禍はたとえ軽症で済んでもブレインフォグなど深刻な後遺症もあると言われており、まだ安心できる状態ではない。

今、この2022年の終わりを迎えて、翌年の2023年は、一体、どういう年になるのかを考えている。私は、いつも日本がどうなるかについて論ずる時に、アメリカが一足先にどうなっているのかを見てみるのが正しい結論を持ち引き出すのに役立つと考えている。さて、そのアメリカでは現在何が起きていえるのかを見てみよう。私は、以下の3点に注目している。一つはデジタル化の更なる進展である。AIやIoTなど先進技術が、科学技術や研究分野だけにとどまらず、ごく一般的な仕事や手続きにまで大きな役割を持ってきた。このことが、現代のオフィスワーカーが携わってきた仕事の内容に大きな変化をもたらすだろうと言うことだ。

二番目は、おそらくAIやIoTなどの先進デジタル技術の影響も大きいと思われるが、一般的な雇用の状況が大きな変化を与えている。今、アメリカでは、いろいろな分野で人手不足が深刻で最低賃金が大きく上がっている。一方で、雇用統計を見ると失業者(正確に言えば未就業者)が増えている。特に、このコロナ禍で解雇された中高年層の多くが、そのままリタイアしてしまったのだ。コロナ禍で一時的に援護金を手にして困っていないからだとも言われているが、私は、本当にそうなのかと疑問を抱いている。特に、コロナ禍で多くのオフィスワーカーがリモート勤務でオフィスから自宅に移ったが、コロナ禍が落ち着いた現在でも殆どオフィスに戻ってきていない。リモート勤務が定常化したのだろうか?そうなのかも知れないが、一部の労働者は、リモート勤務のまま仕事がなくなってしまったのではないかとも考えられる。

三番目は分断されたグローバル経済である。コロナ禍以前は、中国を中心として世界中が、グローバルサプライチェーンに組み込まれていたのが、今回のロシアのウクライナ侵攻で大きく分断されてしまった。これは、石油や天然ガスなどのエネルギー問題だけでなく、先端半導体部品やネットワーク関連製品など多くの分野も含めて、今後は食糧の分野まで拡大していく可能性がある。こうしたサプライチェーンの分断で困るのは制裁を受けた国々だけでなく、制裁を課した国々にまで大きな惨禍を被ることになる。日本もそうした国際情勢を鑑みて軍備拡大に政策転換を起こしたが、これまでグローバルサプライチェーンで恩恵を受けてきた日本の将来にとって大きな課題を残すことになるだろう。2023年に突きつけられる課題は日本にとっても大きな問題となる。

こうした3つの課題の中で、一番目と二番目の問題は極めて密接にリンクしている。つまり、AIがいよいよ私たちが平生行ってきた仕事において怖い競争相手になってきたと言うことである。これまでAIやIoTを駆使したロボットやオートメーションといったデジタル技術を活用した製造業分野ではブルーカラーの雇用が脅威を受けてきた。しかし、今後はAIがオフィスで働くホワイトカラーの人々の仕事に驚異を及ぼしていく。特に、このホワイトカラーの中で、AIの影響を受けるのは、高等教育を受けた高度専門職の人たちと、ごく一般的な定常業務をしている一般的なオフィスワーカーの人々だ。

まず、AI は、弁護士や医師、会計士など現在高い報酬を受けている専門人材が行っている仕事の大半を高い効率でこなし、しかも人間よりミスを犯す確率が小さいので、今後とも高度専門人材にとっては、極めて脅威な存在となる。しかし、AIはこうした専門人材の業務に対して10倍から100倍の量の仕事をこなすことができる反面、こうした高度人材が行っている全ての仕事をこなせるわけではない。しかし、AIを駆使できる弁護士や会計士が、従来の20倍とか100倍の効率で仕事を引き受けたら、人手だけで仕事をしている他の事務所は従来のペースで仕事を継続することができなくなるだろう。つまり、こういう高度専門人材はAIも自由に使いこなす能力が必要とされる時代となる。

一方で、定常業務をしてきた一般のオフィスワーカーにとってAIの脅威は極めて深刻である。これまで多くのオフィスワーカーは、従来培った知識と予め決められたルールに従って仕事をしてきた。こうした仕事こそAIにとって最も得意な仕事である。RPAと言われる透明ロボットがオフィスワーカーが働く50%近くの仕事をこなすと言われている。RPAは単なる業務の手順書をパソコンの中に記憶することで実現し、それは決してAI(人工知能)の領域までは全く及ばない効率化ツールである。ソフトバンクの孫さんはRPAとAIを融合させれば現在パソコンを使って行われている定常業務は殆ど人間が要らなくなるかも知れないと仰っている。

しかしながら、すでに進んでいるアメリカでさえも、各企業において、こうしたデジタル化は決して順調に進行しているわけではない。それは、こうした変革を行うデジタル人材が全く足りないからだ。もともと、デジタル人材が不足気味の日本では一層厳しい状況にあり、一般的に見て企業のデジタル化(DX)は70%近くがうまくいっていないと言われている。そう言う意味で、今や、世界中でデジタル人材が不足していて各企業とも従来の賃金体型では考えられないほどの優遇措置をとってキャリア採用を進めている。これまでに日本の労働環境では転職市場が活況を呈していなかったが、少なくとも「デジタル人材」については、極めて活況となってきた。

12月22日の日経新聞記事では「20代転職者の賃金上昇が初めて起きた」と記載している。これまで、30代、40代の転職者年収は上昇するのが一般的だったが20代の転職者は下落するのが普通だった。それが、今回20代の転職者も年収の上昇が見られたと言うことは、どう言うことだろうか? つまり、これまでの20代の転職者は現在の職場に不満を持っていて、とにかく条件は無視しても、新しい職場に移りたいと言うことだったのであろう。

それが「デジタル技術者」と言う視点で見ると入社して数年で既に立派な経験とスキルを持つことができた若者が、自らをもっと優位に処遇してくれる職場を求めて転職を試みていると考えられる。つまり、「デジタル時代で仕事が出来る人たち」とは職場の経験年数や年齢に関係なく存在していることになる。

こうしたデジタル化時代が、極端な人手不足でありながら、一方で望む職を得られない人々が多く存在すると言う二極化現象を起こしている。企業(求人)側と労働者(求職)側の双方ギャップを解消するためには、各企業が、今の労働者に対してデジタル技術の習得を目指すスキル教育を積極的に行う必要がある。欧米の先進国では、各企業とも、こうしたデジタル分野の再教育(リスキリング)を活発に行っている。元来、欧米企業では離職率が高く、社内教育することのメリットを感じてこなかった。それでも、リスキリングを行っている企業のCEOは、リスキリングは会社への忠誠心、ロイヤリティを高めてエンゲージメント(やる気)を高揚するのに大きな効果があると言っている。

日本企業の経営者もようやくリスキリングに対して関心を高めつつあるが、日本の大きな問題は実は労働側にもある。これまで終身雇用制度で簡単には解職される危機を感じてこなかった労働者は、定常的に勉強して新しいスキルを学ぶという姿勢に乏しい。確かにデジタル技術を勉強しないからと言ってすぐに解雇されることはないだろう。しかし、このような旧来の人事制度を続ける会社は存続することすら難しくなる。つまり、経営側と雇用者側がお互いに、これまでのデジタル化時代へ向けての課題を真剣に見つめ合って努力を重ねていかないと、これまでのように日本が世界で優位に立っていくことが極めて難しいと言えるだろう。まず、2023年の日本の課題の一つは、労使共にデジタル時代に向けてお互いに何をしなければならないかを真剣に考えることだ。

463   デジタル人材を拡充するために

2022年11月22日

昨日、旧古河財閥系の企業で社長を務められた方々の定期会合で講演をさせて頂いた。テーマは「デジタル技術で日本をどのように再生すべきか?」という点でお話をした。今年、すでに何十回も講演したテーマで、来月に今年最後の一回が控えている。どこの会場でも、お話をさせて頂いた後で、皆様が一番苦労されている話はいつも同じで「デジタル人材をどのように拡充して行くか?」と言う悩みである。とにかく、多くの経営者が、自らの会社を助けてくれる救世主となってほしい「高度デジタル人材」が見つからない、あるいは絶対的に足りないと悩んでおられる。

富士通のようなIT企業でも悩みは全く同じである。優秀なデジタル人材が次々と離職してしまうのだ。従来は、競合する同業への転出が多かったが、最近は顧客側の企業から望まれて転出するケースも多い。こういう話を聞いていると、もはや日本全国で、どの企業もデジタル人材が足りないと言う事態になっている。なぜ、日本ではデジタル人材が、こんなに足りないのか?と言う事だが、実は、今、世界中でデジタル人材が足りない。これはアメリカでも全く同じ状況である。

実は、シリコンバレーで活躍している優秀なデジタル人材は、アメリカ生まれでない人が多い。インドやウクライナ、東欧など世界中の国々から腕に自信のあるデジタル人材が高度技能を有しているものに与えられるH1Bビザでアメリカに渡ってきている。Apple、Google、Amazonの創業者たちは皆、移民か移民2世である。アメリカで暮らしてみると、日米を比較することが全く無意味であるように思える。アメリカは、単なる一つの国ではなくて、もはや「世界」なのだ。日本では「国内」と「海外」と世界を二分するが、アメリカでは「World (世界)」と「Rest of World(残りの世界)」と分けて議論する。アメリカ人が「アメリカは世界」と言えるのはアメリカの言語が世界共通語である「英語」であるからだ。

日本がデジタル分野でアメリカに少しでも追いつきたいと考えるのであれば、アメリカが持っている潜在能力を少しでも真似て行く必要がある。その潜在能力の一つとして、国民全体で「英語能力」を高めて世界中から優秀なデジタル人材を受け入れられる体制について考えなくてはならないかも知れない。昨日の会合に出席しておられた元みずほFG会長、みずほ銀行頭取を務められた塚本隆史さんから「デジタル人材の問題には英語の問題が深く関わっているのではありませんか?」というご質問を頂いた。さすが、ニューヨークとロンドンで金融ビジネスに関わってこられた方の意見は重い。

全く塚本さんの仰られる通りである。日本企業でもソフトバンク、楽天、メリカリなど最先端を突っ走るデジタル企業は、デジタル人材を海外から多数雇用し、英語を社内公用語としてビジネスに活かしている。「デジタル化」とは、単に、現在行われている仕事を、そのままプログラムコードに落とせば良いと言うものではない。私は、常々、「デジタル」の「D」は「Direct」の「D」で、従来、人手を用いて幾つかのプロセスを経由して行われていた仕事において、必要なデータをインプットしたらやりたいことがすぐにアウトプット出来ると言うことだ。例えば、これまでツーリストを通して列車や飛行機の券を予約していたのを旅行者が自分のスマホから直接予約できることを指す。つまり、デジタル化とは「D」処理によって仲介を省くことである。

こうした国際人脈を活かしたデジタル化を推進するためには、現在行われている仕事のプロセスの分析作業に英語しか話せない外国人が問題なく参加できる環境づくりが重要である。私が40年間勤務していた富士通は富士電機から分離独立した新興企業で私が入社した時には「富士通信機製造」と言う社名だった。背広につける社章は富士電機と同じく「F」と「S」の二つの英文字を合体させたものだったが、なんで富士(Fuji)だったら「F」と「J」ではないのか?と不思議に思っていた。その理由は親会社である富士電機が古河電工「F」とドイツのSiemens「S」との合弁会社だったからだ。つまりSiemensは富士電機の親会社で富士通の祖父にあたる会社だった。

その後、私は富士通とSiemensの合弁会社であるFujitsu-Siemensの取締役となり、Siemensの本社があるミュンヘンには何度も通い、Siemensの幹部とも多くの話し合いを持った。Siemensに関して私が一番驚いたことは、Siemensの役員は全員英語が堪能で、しかも地位が高いほど綺麗な英語を話すと言うことだった。いろいろ聞いてみると、Siemensは1970年に会社の公用語を英語と定めて会社の公式文書は全て英語にしたとのことだった。これはすごい事である。ドイツ人だったら英語を話すのは当たり前と思われる方も多いかも知れないが、ドイツ人が英語を普通に話せるようになったのはつい最近のことである。

1980年、入社して10年たって私は初めての海外出張としてヨーロッパ各国を回った。最初に訪れたのは、毎年ドイツのハノーバーで開催されている世界有数の見本市であるハノーバーメッセだった。世界中から私のようなビジネスマンが集まっていると言うのに、展示は殆どドイツ語で、説明員もドイツ語しか話せない。大学時代に、もう少し真面目にドイツ語を勉強しておくのだったと思ったくらいだ。Siemensは、それより10年も前に英語を社内公式語に採用していたのだ。さすが、世界を股にかけて活躍する一流企業である。

私は、ドイツの次にフランスを訪れたが、1980年当時のフランスも英語が通じなかった。会社の上司からは「英語ができなくても心配ない。ヨーロッパは、どこも英語が通じないから」と言われて余計に不安になったことを覚えている。日本も含めて、その時代の一流と言える国々の人々は、自国語で毎日のビジネスができて、それで生活ができたのだ。しかし、今は、違う。ドイツもフランスもEUのどの国でも英語が標準語として使えるし、EUの多くの国の人々は英語が理解できる。英語が使えないと、きちんとした給料をもらえる職に就けないばかりか、日常の生活にも支障をきたすからである。英国がEUを離脱した後も、英語はずっとEUの標準語であり続けるであろう。

元々、高度デジタル人材になるためには優秀なプログラマーである必要がある。日本では、昔、プログラマーは尊敬される人材とは思われていなかった。仕様書を書ける人間が高度人材でプログラムを書くのは少しランクが低い人材と思われている時代があった。これは大きな間違いで、世界では全く逆である。プログラマーこそが尊敬されるデジタル人材で、プログラムが書けない人材は全く尊敬されないのが世界の常識だ。今、日本に進出している外資系コンサルの入社試験では必ずプログラム能力が試されている。今の時代のコンサルは最後にプログラムとしてどう実現できるかが頭に描けないとダメだと言うことだ。

このプログラム言語は、実は英語構文のルールで出来ているので、巧みに英語を操れる人はプログラムを書く速度も速いはずである。さらに、英語が得意な人材には、もっと大きなメリットがある。それが多くの優秀な人たちが書いたプログラムである「オープンソース」の存在だ。今や、あのGoogleでさえ、開発プログラムの60%はオープンソースを使っている。もちろんGoogle自身が巨大なオープンソースの提供者でもある。このオープンソースを使うには、高度な英語能力が必要とされる。それは、そのプログラムが何ができるプログラムで、どのように使うのかが全て英語で記述されているからだ。

そして、もっと大きな現実が目の前に現れた。あのイーロン・マスクが創設した「Open AI」である。「Open AI」は世界中の優秀なエンジニア達が開発したAIソフトを誰もが使えるオープンソースとして提供している。この卓越したオープンソースを使うのか、自分たちでゼロからAIソフトを考えるのかでは全く大きな違いが出来てくる。私が、昨年まで社外取締役をしてきた日立造船では、こうしたAIのオープンソースを活用して次々とAIを使ったビジネスを実現している。元々、日立造船にはAIのエンジニアなどいなかった。しかし、優秀な英語力を持つ理系エンジニアであれば、こうした既存資産を有効利用して卓越したAIエンジニアになれる。

「デジタル人材がいない」と嘆く前に、自らの組織に近い将来素晴らしい人材になれる人物がいないかよく確かめるべきだ。そして、「もう何歳になってしまった」とか関係なく、意欲のある人々を探し出して再教育するリスキリングの機会を充実すべきである。その際に、仮に理系の大学の出身でなくても構わないと思った方が良い。プログラミングは言語である。人文科学専攻で英語が得意であれば、そうした方々は優秀なデジタル人材になる資格を十二分に備えている。なぜなら、プログラムは言語なのだから。そして限りなく英語に近い言語でもある。