416 災害列島で生きるということ

2019年11月16日

先月末、神奈川県平塚市の実家の売却を終えた。引き渡しの当日、購入された方から「台風15号と台風19号が通り過ぎた後、心配ですぐに見に行きましたが、なんとも無くて安心しました」と言って頂いた。私も、築40年を過ぎて大丈夫かなと心配していたので、本当に安堵した。立ち会った不動産屋が「最近、ハザードマップを気にする方が増えてきました」というので、「今後、ハザードマップで危険だと示された所は、評価額が下がるのですか?」と聞くと、「評価額の変更は、取引価格の動向で行われるので、取引が行われなければ変わりません」と言う。何とも、さりげない答えにしては、意味深長な話である。

台風19号の豪雨で千曲川が氾濫し、北陸新幹線の待機車両が水没したことは、私にとっても大きなショックだったが、先日、JR東日本の経営幹部の方から、もっとショッキングな話を伺った。車両は椅子の上部まで浸水し、床下の電動機器だけでなく、内装も全て使えなくなったので、全て廃却し新規製造しかないと言うのだが、こんなことになった根本原因は、JR東日本は、首都圏、関東地区、東北地区では万全の体制を敷いたが、長野地方はノーマークだったという。だから本来、北陸・長野新幹線は計画運休する必要がないとも考えていたのだが、東北新幹線と上越新幹線が計画運休するので、ついでに北陸・長野新幹線も計画運休にしたのだという。今回の台風19号の影響範囲は、長年、鉄道を運営してきたプロの想定を遙かに超えていた。

これほどの大災害が頻発する昨今、想定範囲の定義は極めて難しい。100年に一度か、1000年に一度か、1万年に一度かという話になれば、もはや際限が無い。専門家によれば、どんなに堅牢な治水対策をしても絶対に氾濫しない河川などありえないのだという。古来、河川はいつか必ず氾濫するものと考えられてきた。だから究極の治水対策は、右岸と左岸のどちらを先に決壊させるかしかないのだという。ライバルの語源は川(River)で、右岸と左岸の高さ争いに由来している。だから徳川300年の治世では、親藩、譜代の側の堤防を高くし、外様の藩の側を低くした。その意味では、今回、徳川御三家の水戸藩だった茨城県側が越水し水没したことも、従来の想定範囲では、あり得ないことだという。

そして、今回、殆ど空の状態で貯水中だった八ッ場ダムが水害防止に大きな貢献をしたと言う。大変素晴らしいことだが、今後、八ッ場ダムがほぼ満水状態になれば、こんな幸運なことは、もう二度とない。もし、数日前に豪雨が予測できれば事前に放水をして備えることができるのだが、予測が外れたら、今度は渇水に苦しむことになる。自然の猛威には、本当に人間の力は無力である。やはり、家屋や田畑など、財産の毀損はもはや仕方がないと考え、何としても取り返しのつかない人命だけをどうやって守るかと言う基本に立ち帰るしかない。だとすれば、それは危険な場所からいち早く逃げることだ。

そのために、いかにいち早く危険を知らせるかだが、それが一番厄介である。ハリケーン、カトリーナでニューオリンズに住む多くの高齢者が命を落としたのは、彼らが逃げられなかったのではなく、逃げなかったからだという。自分の長い人生経験から言えば、今回の災害からも逃れることができるという根拠のない自信が貴重な命を奪うことになった。その高齢者の妙な自信こそ厄介なものはない。たかが100年も生きていないのに1000年に一度や1万年に一度の大災害に対して、彼らの経験は全く無力である。彼らに、危険をどのように知らせて、逃げなくてはならぬという危機意識を、どのように持ってもらうかが極めて重要である。

こうした高齢者の厄介な問題に、私は先週、真正面から直面した。所属する自治会の班長会議に出席した時のことである。広報の役員の方が、災害情報を知らせるホームページを作成されるというので、私は「ホームページの作成に関しては何らの異論もないが、先日の台風19号の際の、世田谷区ホームページのシステムダウンのことを考えるとTwitterによる告知という手段も考慮に入れた方が良いと思う」と発言した。これに対して、私とほぼ同じ年代の役員が「Twitterなど知らない。私は使った事がない」と声を荒立てて異論を述べられた。かねてから、自分が所属する自治会は世の中一般より民度が高いと自負していただけに、この発言には本当にショックだった。それでも、広報担当の役員の方が「Twitterはいいですね。ぜひ検討しましょう」と言ってくださったのが、せめてもの救いだった。

私たちの自治会も例外なく高齢化が進んでいる。そうした中で、昔のように、足を使って急遽、各戸を回って緊急情報を連絡するということは、もはや不可能である。もちろん、全ての高齢者にTwitterを使えと言っているわけではない。少なくとも、その高齢者の家族や親戚に、今、住んでいる環境が極めて危険な状況にあるということを知って頂く手段としてTwitterは有効である。今回の台風19号到来の時点で、世田谷区のホームページが25万アクセスでダウンした後に、保坂区長が代わりにTwitterで情報発信をした手段は50万人のフォローでもびくともしなかった。

今後とも、日本は想定範囲を超えた災害に見舞われると覚悟した方が良い。その時に、いかに大切な命を守かを真剣に考える時期に来ている。だから有効に利用できるものは何でも使うべきである。ちなみに、私はTwitterがあまり好きではなく、最近、投稿は一切していない。Twitterは匿名を許しているため、何か投稿すれば、すぐさまネット炎上に見舞われるからだ。それでも、危機回避のためにはTwitterほど有効な手段はない。私が、フォローしているのは、首相官邸(災害・危機情報)、気象庁、東急電鉄、横浜市交通局、東京メトロ、JR東海、JR東日本、ANA、JALであり、出かける前には、必ずチェックして行く。本当に便利になったものだ。しかし、それでも、私には、まだ、大きな不安が残る。

2011年3月11日、講演で出張先の青森で、東日本大震災に被災した時のことを思い出す。停電で電気は使えず、有線、無線を含む、全ての通信網が遮断された時の唯一の情報源はワンセグTVだった。当時の私の携帯電話は、まだスマホではなく、ガラケーでワンセグTVが受信できた。私たちを泊めてくださった青森のワシントンホテルは、限りある自家発電設備から宿泊客向けに携帯電話向けの電源を供給し続けてくれたお陰で、一晩中、ロビーに、皆で集まって、あの大津波が三陸海岸を何度も襲う様子を受信できた。

しかし、今の海外製スマホには、残念ながらワンセグTVの受信機能はもはやない。今を時めく5Gも結構だが、少なくとも災害対策において、技術が進展しているとは全く言い難い。社会は技術的に高度になればなるほど、災害に対しては、逆に脆弱になっている。この災害列島で生きていくために必要な技術とは何なのか?もう一度、議論してみる余地がありそうだ。

415   Disrupt SF 2019に参加して

2019年10月9日

今月1日からサンフランシスコで開催されているDisrupt SF 2019に、昨年に引き続き今年も参加した。このTechCrunchは、IBM、Dell、Lenovo、UA、Microsoft、Boeing、Deloitte、JETROなどがスポンサーとなり、シリコンバレーのスタートアップが数百社参加する一大コンベンションである。参加料は1,300ドルもするのに、朝早くから大勢の若者がセキュリティーチェックの長い列に並んでいる。今年、72歳となる爺さんが、この若者たちと同じ行列に並んでいるのが何とも嬉しくてならない。

今、日本では、デジタルトランスフォーメーション(DX)が大きな話題になっているが、シリコンバレーではDXが大きな話題になることはなく、Disrupt(破壊)の一色である。つまり、Transformation(変革)というよりDisruption(破壊)なのだ。さらに、経済産業省が取り上げている2025年の壁、IT技術者の不足によりレガシーシステムからオープンシステムへの変換が進まないという危機感は、このアメリカでは全くない。既に、アメリカでは、2000年問題に対する危機回避として20世紀中にレガシーシステムからオープンシステムへの変革は終わっているからだ。

そうした難しい話はともかく、朝一番、定宿のマリオットサンタクララからサンフランシスコに向けて101号線をチャーターしたミニバンで走っていくと、サンフランシスコ側からサンノゼ方面に向けて真新しい何百台もの大型バスが優先レーンを走っていく。聞けば、すべてGoogleが社員用にチャーターしたバスだという。Googleは、こうした1,000台にも及ぶ社員用バスの駐車場のためにNASAの空軍基地の跡地を購入した。自分で運転していけば、軽く1時間半はかかる通勤時間をバスに乗れば、その時間を仕事に当てられるというわけである。ここで、私には、以下の疑問が湧いてくる。

まず、第一の疑問は、Googleの社員は、なぜ、シリコンバレーの渋滞する道路を、わざわざ自分で運転して会社に行かねばならないのか? テレワークすれば会社まで行かなくても済むではないか?ということである。実は、シリコンバレーの道路が大渋滞するのは、ここでは殆どの会社がテレワークを使っていないということがある。イノベーションを生むための仕事は、テレワークでは出来ない。共創を行う仕事のやり方は、膝を突き合わせてお互いの表情を読み、息遣いを感じなければできないというのである。デジタルトランスフォーメーション(DX)の真逆で、まさにアナログ的な考え方である。

もう一つは、多くのGoogleの社員は、なぜ、その本社があるマウンテンビュー市から遠く離れたサンフランシスコ市に住みたいのか?である。今や、サンフランシスコは、シリコンバレーのイノベーションセンターとなり、地価が高騰し、ワンルームマンションですら月額7,000ドルの家賃だという。それでも、若者はサンフランシスコに住みたいのだ。だから、高給とりのFacebookの社員でも、ホームレス用のシェルターから毎日通勤している人もいるという話もある。今、GoogleやFacebookで職を得ているからと言っても安泰ということは決してない。次の職を得るための人脈や最新情報を得るためにサンフランシスコに住むことは彼らにとって必要条件なのだ。

そうしたトレンディーな都会であるサンフランシスコで開催されるDisrupt SF 2019を覗いて見ると、今後、何が最新のテーマなのかが見えてくる。従来から注目されているFin Tech(金融)、Ed Tech(教育)、Agri Tech(農業)以外にSpace Tech(宇宙)やAqua Tech(水産業)というテーマが本格的に登場している。もはや「自動運転」などという成熟したテーマは、既視感をDisrupt(破壊)する役割を担うスタートアップには相応しくないということだろう。

さらに驚くのは、このDisrupt SFの会場では、大麻由来の嗜好品であるCBD(カンナビジオール)を使った粉末製品の展示即売会が開かれている。大麻の主成分にはCBD(カンナビジオール)とTHC(テトラヒドロカンナビノール)があり、CBDは無害であるが、THCは、一般的に問題となっている精神活性作用(多幸感)、常習性がある。日本でも、このCBDは合法である。オピオイドなど鎮痛剤系薬物障害で苦しんでいるアメリカでは、CBDの販売を拡げて、違法薬物だけでなく、健康に有害なタバコやアルコールなどの代替にしようという動きがあるようだ。確かに、これも従来の常識を超えたDisruptかも知れない。

このDisrupt SFに参加して、私が興味を持ったテーマは以下の二つである。一つは空飛ぶ車。この電動VTOLの開発者は、とにかく都会で使うには騒音を出してはいけないのだと言う。主翼に4つ。機首に二つのプロペラは電動で動きVTOLの機能を持つ。駐機場から静かに垂直に飛び立ち、音もなく水平飛行へ移っていく。もう一つはOpen AIだ。AIのツールや開発環境を無償で提供する企業である。司会者は、盛んに、この会社は、どのようにして利益を出していくのだとの質問ばかりだったが、創業者のCEOは、今はMicrosoftから10億ドルの資金援助があるので、当面は利益を考える時ではないと主張する。これから、この会社が、どうなっていくのかよくわからないが、AI技術は、囲い込みして隠匿するより、多くの分野で利用する方が人類のためになりそうだという気はする。

そして、このDisrupt SFとは直接関係ないが、今回は、またシリコンバレーで素晴らしいスタートアップに巡り合った。ノールウエイのファンドが設立した魚の餌を製造する企業である。原料は、なんとCO2で、近くのセメント工場の排ガスから抽出するという。現在、試作品の粉末が出来上がっており、ノールウエイの鮭の養殖場で試食させているのだという。このプロジェクトは、いくつかの点で感銘を受けた。一つは、CO2を減らすというのではなくて、利用するという逆転の発想。もう一つは、ノールウエイのファンドが、ノールウエイの鮭養殖のために使う餌を開発するために、わざわざシリコンバレーにまで拠点を作っているということである。

Disrupt(破壊)という言葉は大変物騒ではあるが、新たな改革を行うには、既視感を破壊するしかない。例えば、CBDのように、これまでの善と悪が逆転する発想も必要だろう。いつも、シリコンバレーに来て感銘を受けるのは、どうして、このような技術を完成させたのかというよりも、どうして、この分野に挑戦をしてみようと思ったのか?ということだ。改善や改良も大事なことだが、誰も考えなかったようなことに挑戦するマインドを生み出すシリコンバレーに、できることなら来年も、また来たいと思う。

414    香港の行方

2019年9月24日

香港のデモが一向に収まる気配を見せていない。1997年、鄧小平政権により一国二制度という巧妙な施策により中国の独立行政区として発展してきた香港。当時の香港の人々は「今すぐ巨大な中国をいきなり民主化することは無理だとしても、50年もたてば中国が『普通の国』になって、めでたく一緒になれる」と夢を描いていたのだろう。その中国が、今、米国ペンス副大統領の演説で述べられたような『異様な国家』に変貌を遂げつつある。

逃亡犯条例は今回のデモの単なるきっかけに過ぎない。香港の富裕層や多くの知識人は、既に、香港を脱出してカナダやオーストラリアへの移住を完了している。また、香港最大の財閥である長江実業の創立者で、大富豪の李嘉誠氏は既に資産の大半を香港から欧州へ移転を完了した。この流れは、今回のデモでさらに加速し、ギリシャや東欧のように香港でも中間層は殆ど居なくなるかもしれない。だからこそ取り残された学生や一般庶民の怒りは収まらない。

今回の香港騒動では、中国はアメリカの金融制裁を恐れて、軍事介入しないだろうと言われている。その代わりに、中国政府は政権支持派の多数の民衆を香港に移住させている。それは極めて巧妙な政策である。自由を求める富裕層、知識層、中間層が居なくなった香港に大量の現政権支持の中国人が置き換われば、香港の世論は自然に逆転する。その結果、香港は以前とは全く違う街になる。

中国政府も「大きく発展した深圳があるから香港は要らない」と考えているわけではない。香港が持つグローバル金融の集積地であるという役割を上海や深圳が担えないことは良く知っているからだ。そもそも金融業は国家権力の支配を極端に嫌う。金融都市である香港にとって鄧小平が編み出した一国二制度という矛盾し、曖昧な制度設計は実に巧妙な役割を果たしていた。中国であって、中国でない。その両方のメリットを使い分けていたのだ。習近平は、その潔癖症から一国二制度という曖昧な矛盾の存在を許せなかったのかも知れない。

今回の香港騒動を受けて、欧州最大の銀行であるHSBCは、この度の英国のBrexitによって本社をロンドンから香港に移転すると言われてきたが、それもキャンセルになるに違いない。ロンドン、ニューヨーク、フランクフルトと並んで世界の金融センターを担っていた香港の代わりをどこが担うのか? まさか、シンガポールとは思えない。上海と同様、シンガポールは国家権力からフリーハンドを持ち得ないからだ。一方、東京にとっては千載一遇のチャンスかも知れないが、東京は、その後背地に中国のような巨大な市場を持つわけではない。

そして香港は、世界の金融センターというだけではなく、学術都市でもあった。アジア大学ランキング2019のベスト10には香港科技大学が3位、香港大学が4位、香港中文大学が7位にランクイン。ちなみに日本では東京大学が8位に入っているだけである。私は数年前に香港中文大学の大学院で講演を行なった。聴講する学生にはアジアや欧米各国の出身者、そして多くの日本からの留学生が居るのに驚いた。特に日本人留学生は、ゆうちょ銀行やメガバンクから企業派遣で留学してきた人たちである。各金融機関とも、この世界の金融センターで学ぶことに大きな意義を見出しているのだろう。

その香港が、深圳に近い、単なる中国の1都市に没落してしまうのは、あまりに勿体無い。それは、世界の金融業にとっても、さらに中国にとっても痛い話である。中国人民元の国際化は、今も全く進展していないし、今回の香港騒動でさらに国際化は遅れることだろう。その結果、相変わらず続くドル一強の世界の中で、中国は、いつまでもアメリカの金融支配から逃れられなくなる。そして、習近平政権にとって、今回の香港騒動による一番の痛手は「一国二制度」という巧妙なスキームを台湾に対して提案できなくなったということかも知れない。