489 2025年はどんな年に?

2025年1月1日

今年は21世紀になってから四半世紀が経ち2025年となる。そして2025年は昭和100年にあたる。日本が1945年(昭和20年)に広島、長崎に原子爆弾を投下され降伏してから丁度80年目になる。ノルウエーのノーベル平和賞委員会は、今年が被爆80年目になることを意識して、日本の被団協にノーベル平和賞を送ること決めた。折しも、今年2025年は、ロシアvsウクライナ、イスラエルvsイラン(ガザ、レバノン、シリア)との間で起きている戦争において核使用の可能性が現実味を帯びて語られている。人類は、これだけ大きな悲劇を経験しているのに何も学ばなかったのか?と全く無念でならない。

昨年の元旦に起きた能登地震の復興が一向に進んでいないが、1995年に阪神淡路大震災が起きてから2025年の今年は30年目にあたる。昔、学生時代に関西地区から東京に出てきた同級生たちが、「東京はどうしてこんなに地震が起きるの?東京は危ない!それに比べたら関西は地震など全く起きなくて安全だ」と言っていたのが嘘のように、大きな地震が関西の真ん中で起き、多くの犠牲者が出た。医師だった末弟は、地震発生直後から2週間、神戸に派遣され被災者の救助にあたった。神戸から帰ってきた弟は「俺は初めて地獄を見た」と身も心も大きく傷ついて帰ってきた。私たちも、朝からテレビに映っている神戸市上空から見た多くの炎を見て恐怖に慄いていた。

同じく、30年前の1995年に、阪神淡路大震災の2ヶ月後に起きた「地下鉄サリン事件」に私たちは慄いた。中央官庁に勤めていた次弟が地下鉄の霞ヶ関駅近くでほんの僅かの時間差で災害を免れた。医師や科学者など、世の中ではエリートと言われていた人々が、カルトの影響を受けて、どうして、こんな企てに自らす進んで参加するのだと恐ろしくも思った。そんな無差別テロから未だ30年しか経っていないのだ。その3年後の1998年に、私はアメリカに渡った。激動とも言える3年間のシリコンバレー生活を送り、2000年10月に日本に何とか無事に帰国した。その翌年の2001年9月11日に、ニューヨークで2機の民間航空機が世界貿易センタービルに衝突するアメリカ同時多発テロという前代未聞の事件が起きた。

この2025年に入る1年前の2024年には世界各地で政権交代が起きた。未だ政権交代が起きていないのはロシアと中国と北朝鮮くらいだろうか?日本も例外なく自民公明の連立政権が過半数を割った。アメリカも4年ぶりにトランプ氏が大統領に復活するので立派な政権交代だ。さて、一体、どうして世界中で政権交代が起きているのだろうか? よく、言われるのが、格差や孤独の問題が指摘されているが、私は、日本でも起きている「物価高騰、特に食料品の高騰」が大きな要因だと思っている。リタイアした後、私の大きな役目は食料品の買い物である。一昨年までは、一回8,000円くらいだった食料品の買い物は、最近は1万円を超えることが「当たり前」となった。

日本は、今や、何十年ぶりの賃上げに沸いているが、それを遥かに超える食料品インフレが賃上げを相殺するどころか、収入が多くない家庭では従来高かったエンゲル係数が一層高くなっている。日本と同じような食料品インフレが欧州でもアメリカでも起きている。食料自給率が低い日本は多くの食料を輸入に頼っていることで円安が食料インフレに寄与していることは明らかだが、世界中であらゆる食料品が高騰している要因は気候変動によるものだと考えるのが自然だろう。熱波や旱魃、洪水や暴風雨といった災害によって世界中で食糧生産が減っている。私が、毎年、お世話になった方にお送りしている、妻の故郷である山形産の「さくらんぼ」や「リンゴ」、私の故郷産の「湘南みかん」など、全てが例年にない凶作で悲鳴をあげている。

さらに、食糧危機は農業だけでなく、漁業従事者も、いつも沢山採れている魚が漁場に全く居ないと嘆いている。海水温の上昇で海の生態系が壊れてしまっているからだ。気候変動の問題は、政治家だけの失態とは言い難いが、こうした庶民の苦しみを身に持って感じているかどうか?が問われている。トランプ氏が2020年の選挙に敗れたのは「白人」対「有色人種」の対立問題だったと言われているが、今回の選挙で大勝利したのはトランプ氏が「大卒中間層」対「非大卒労働者」の対立問題に焦点を当てたからだ。今回の大統領選挙では、食料品の物価高に苦しむ「非大卒の黒人やヒスパニック」に属する多くの有権者がトランプ氏に投票した。

2025年以降、トランプ氏の関税政策によって、これまで世界を支えてきた自由貿易が大きく後退すると、最初に食料自給問題がクローズアップしてくるだろう。人類が抱える課題の中で、「飢餓」が一番深刻な問題だからだ。多くの高齢者が支えている日本の農業を将来どうするべきかについて、現在、誰が真剣に考えているのだろうか?まず、お米、そして大豆や野菜・果物など日常普通に食べている食材を、地球規模で起きた気候変動に対して、日本国内で必要数量確保できるのか? 2040年には1,100万人の労働者が不足するという日本で、一体、これから誰が、どのように農業に従事するのかと言う課題をいち早く議論しなければならない時期にきている。

さて、世の中ではアメリカのトランプ大統領の登場を一番大きな懸念と考えているようだが、私は、この2025年から本格的に始まる「中国経済の大不況」を最大の懸念と考えている。中国は世界最大の輸出国であると同時に、世界最大規模の人口を抱える巨大な需要国でもある。これまで多くの日本企業が売上のかなりの部分を中国市場で計上してきた。今や、中国市場での売上が激減した日産自動車や資生堂など多くの企業が不振に喘いでいる。中国は、その巨大な経済力で、アメリカ発のリーマンショック不況が世界不況となるのを防ぐ役割を果たした。もし、この中国の強引な経済振興策がなかったら、世界は今もリーマンショックから抜け出せていなかったかも知れない。中国はある面で破壊者であると同時に、アメリカ発世界不況の再建請負人でもあったのだ。

中国が、有り余る余剰資金で世界中の新興国に巨額の債務を負わせた「債務の罠」にはアメリカを始めとして世界の国々が非難を浴びせているが、もう、今後はその心配も必要ない。今の中国、今後の中国には、もはや、そうした経済的余力がないからだ。今、中国で起きている経済事象を見ていると、私は「中国の日本化」が起きているのだと思っている。1990年に炸裂した「日本のバブル」は30年後の今でも、その傷は癒えていない。日本の経済停滞の最大の原因は「人口減少」で、特に子供と高齢者を差し引いた「生産年齢の減少」である。

つい最近、一人当たりのGDPで日本は韓国に抜かれた。これは現在の日本の人口構成が韓国よりも高齢者比率が高いからだ。つまり、今の日本は働いていない高齢者人口が多いので、人口全体を分母としてGDPを割った「一人当たりのGDP」で韓国より少なくなる。現在、世界最低の出生率で悩む超少子化国家である韓国も、それほど遠くない時期に生産年齢人口が減り、国民全体の人口で割った「一人当たりのGDP」比較で、また日本に劣後することは目に見えている。この日本や韓国を襲っている少子化、高齢化現象による生産停滞が、今後は中国全土を襲う。しかし、この人口問題は、これまでの人口統計を見れば何年後にどうなるかは昔から見えていた。しかし、強大な権力を持つ為政者でさえ国民の私生活にまで影響を及ぼすことは難しかった。

これまでのヨーロッパやアメリカは、こうした少子高齢化という人口問題を「移民」で解決してきた。しかし、今やヨーロッパやアメリカの政権交代の大きな要因として、この「移民」問題が大きな影を投げかけている。フランスでの留学経験を持つ、私の友人が何十年ぶりにフランスを訪れて驚いたのは「パリでも南フランスの田舎でも、どこを歩いても、もはや、私が思い描いていた『昔の良きフランス』はない」と言った。フランスは、つい最近までアルジェリアを植民地として抱えており、自国であった北アフリカの領土からフランス本土へ移住することを妨げること自体が無理だった。

英国も、既に旧大英帝国傘下の植民地からの移民問題を抱え、もうこれ以上さらなる移民を受け入れられないと移民問題を理由としてEUから離脱した。ドイツのショルツ政権も中東からの移民を排撃する右派の台頭で連立政権の維持が難しくなっている。2025年に世界中で起きるだろうと予測されることとしては、世界共通の課題として「食料問題」と「移民問題」がある。この二つの問題は、今後、日本が抱える深刻な問題そのものだ。だから、私たちは「我々は、この二つの問題に対してどうするべきか?」世界中の人達と一緒に悩み、解決策を考え抜いていく必要がある。

488  世界中で政権交代が勃発

2024年12月6日

米国大統領選挙でトランプ前大統領が圧倒的勝利を収めたショックから立ち直れないまま、今度はドイツで政権交代の危機が起こり、フランスでも内閣総辞職と世界中で政権交代に関わるニュースが巡り回っている。そんな中で、昨日は韓国では大統領が44年ぶりに「非常戒厳」宣言を出した。本日、尹大統領はたった1日だけで「非常戒厳」を解除したが、今日から韓国証券市場はかなり荒れるだろう。

そういえば、一昨年、イタリアでは右派で初の女性首相が誕生し、英国では久しぶりに労働党政権に交代した。EUの主要国全体で政権交代が起こった結果、ユーロが下落し、対ドルで等価になりそうだ。通貨が安くなるということは、経済が上手く行っていないということの証だと思えば、日本の歴史的な円安も喜んではいられない。その我が国、今回の衆議院選挙でも政権交代までは行かなかったが、自民・公明の連立政権は過半数を勝ち取れなかった。

どうして、世界の先進国G7の全ての国で次々と政権交代が起きているのだろうか?やはり、その中で一番わかりやすいのがアメリカ大統領選挙だろう。2016年の選挙で辛勝したトランプ大統領が、2020年の再選を勝ち取れなかったのは、「アメリカの常識」が勝利したと言われている。2016年の選挙結果に対して、私の知人であるアメリカ人の殆どがトランプ大統領の登場を「アメリカの恥」だと言っていた。2020年には、Z世代と呼ばれる25歳以下の若者が中心となってSNSを駆使してトランプを敗北に追い込んだ。さらに、当時頻繁に起きた黒人差別事件で人種問題もクローズアップされ、白人至上主義者に多くの支持者が多かったトランプ大統領をヒスパニックや黒人たちが敗北に追い込んだ。

ところが、今回、2024年の大統領選挙では多数のヒスパニックや、黒人層までがトランプ前大統領に多くの票を入れた。この結果、トランプは圧勝したわけだが、今回の選挙の争点は一体何だったのだろうか? コロナ禍を経て、アメリカの貧富の格差は、以前よりさらに拡大した。トランプ前大統領は、今回、人種問題での議論を避けてバイデン政権下で苦しんでいるヒスパニックや黒人層を含めた貧困層全体に現政権の無策と非力さを非難した。現在のアメリカは人口全体の38%にあたる大卒層がアメリカの個人資産の73%を保有している。トランプが狙いを付けた非大卒層の家庭では、広がる格差の中でどんどん高騰する物価に苦しんでいる。

一方で、長期政権を誇る中国やロシアでは、多数のインテリや富裕層が資産を国外に持ち出し、母国からの脱出を図っている。ロシア人は英国へ、中国人はアメリカやアジア、そして、いよいよ日本へと居を移している。彼らは、「自分が生きている間に現政権は変わらない」と諦めており、自分や子孫を別な国で生きていこうと考えている。かつて、ロンドンの不動産の高騰はロシア人が高値で買いまくっているからだと言われていたが、同じことが、中国人による移転で「億ションブーム」と言われる不動産高騰が東京で起きている。港区や品川区のタワーマンションの高層部は中国人で占められていると言われているが、教育熱心な中国人は子供をインターナショナルスクールが多く存在する都心中央部を住居として選んでいる。しかし、都内の有名中高一貫校で最近中国人が増えているとか、有名受験塾で優秀な成績を収めている中国人も徐々に増えているという話を聞くと、単に、富裕層の中国人たちは、一時的に日本に退避しているのではないと思われることだ。それほどに、現在の中国は、かなり深刻な状況にあると考えたほうが良いだろう。

最近の東証株式市場を見ていると、日本企業の時価総額が徐々に高くなっている。もちろん、これは日本企業の経営者の努力によるものも大きいとは思われるが、むしろ、これまで中国に投資していた世界のマネーが日本に移転していると考えた方が良い。中国市場への投資マネーが移転している先は、日本だけではない。インドの証券市場(SENSEX)への移転金額は日本以上に大きい。人口14億人と中国を抜いた大国インドが、従来中国へ投入されていた投資マネーを、どこまで呼び込むことができるかと世界中が注目していた。しかし、最近、モディ政権と密接な関係を築き、高成長したアダニ財閥が不正会計や株価操作などの不祥事で米国証券取引委員会(SEC)からの提訴を受けて以降、インド株式市場(SENSEX)は大暴落を続けている。

金融市場は「信用」で多額のマネー取引がなされている。だから、一度、信用を失うと、その影響は非常に大きい。ヒンズー至上主義をベースに強権的な政治スタイルで政権維持を続けてきたモディ首相も、一度、世界的な金融市場から信頼を失うと、ネガティブな影響から無傷でいることは難しいだろう。インド人は世界でも優秀な民族ではあるが、最も優秀で信頼感が強い多くのインド人は真っ当な成功を獲得するためにインドから脱出して、アメリカへ移っている。特に、IBM、Google、メタ、マイクロソフトといったアメリカの情報通信関連企業のトップの殆どは、今や、インド人で占められている。

そのインドでも問題はある。インドで最も難関と言われるインド工科大学(IIT)はインド国内に23校のキャンパスを有している巨大な大学である。しかし、インドに駐在する欧米企業の経営者は採用者として、IITよりもアメリカの大学で学んだインド人を優先的に選ぶと言われている。その理由は、大学に入る前は極めて優秀な人材がIITに入学した後は、アメリカの大学に比べて相対的に育たないというのである。むしろIITへ入学できずにアメリカに渡ったインド人の方が企業にとって役の立つ人材に育っているらしい。IITの卒業生は、鼻っぱしだけ強く、エリート意識は極めて強いが、その実力は米国で学んだインド人より、むしろ劣るというのである。

2025年は、世界中の国々が大きな問題を幾つも抱え、安定しない政権も将来計画を示せないという混乱の時代に突入する。その上、従来、そうした世界を成長軌道へ導いてきた米国の新大統領は、自国優先で世界情勢などまるで視野に入ってこない。アメリカだけ、よければ良いという自国優先主義は本当にうまく行くのだろうか? トランプ大統領が、最も力を入れているのは、関税障壁によって実現を目指している「製造業のアメリカ回帰」である。

第二次世界大戦後、戦争によってアメリカ以外の国々の製造業は、爆撃によって崩壊してしまった。当時、まともな工業製品を作れるのはアメリカに残った工場だけだった。しかし、それから80年経って、アメリカの製造業は完全に崩壊してしまった。これまで中国から輸入してきた日用品ならアメリカでも製造できるかも知れないが、多分、アメリカの労働者の賃金を考えると価格競争力は、中国製品に、いくら高い関税を付しても勝ち目はない。

今のアメリカで、もっと深刻なのは、高度な技術を要する製造業である。例えば、航空機だが、ボーイングは、もはや世界を制する航空機は作れないだろう。アメリカで唯一残っていた半導体製造業であるインテルも、私が尊敬するパット・ゲルシンガーCEOがとうとう退任した。ご存じのように造船業も、中国と韓国と、わずかながら日本で世界の殆ど全てを占めている。アメリカは、国を守るための軍艦も自国で作ることなどできないのだ。

中国市場で売上の殆どを占めていた日本のロボット企業であるファナックも、中国不況で苦しんでいたが、今や、アメリカ向けが凄い勢いで伸びているという。アメリカの製造業は、人間の労働者では採算が取れないので、工場は、全てロボットで作るしか生きる道がないというのである。そんなに、簡単に、全てロボットで製造できるのか?と思われる。もし、仮にロボットだけの無人工場で製造できたとして、それでアメリカの製造業における雇用は守れるのだろうか?

日本でも多くの問題がある。例えば、現在、多くの企業経営者が人手不足で悩んでいる。高給で中途採用の案内を出しても、経営者が望むレベルの応募者は来ない。それは、経営者が望むスキルを持った人材が日本全国で全く不足しているからだ。アメリカでは、GAFAと呼ばれる優良IT企業は、もはや募集基準として大学卒には拘らなくなった。その理由は、今の大学が、企業が望むスキル教育をしていないからだろう。Open AIのアルトマンCEOもスタンフォード大学を2年で中退している。全世界が大きく苦しむ中で、為政者は教育を含む社会インフラを根本から変えなければ、今後、人類の幸せはもたらされないだろう。

487   アメリカ大統領選挙

2024年11月7日

2024年11月6日、トランプ前大統領とハリス副大統領との間で争われた第47代アメリカ大統領を選ぶ選挙は、これまで伯仲といわれたが、トランプの圧倒的な勝利で幕を閉じた。アメリカ人だけではなく世界中の多くの人たちが、この結果に大きなショックを受けただろう。ヒラリー・クリントンに続き、カマラ・ハリスが挑戦した女性初のアメリカ大統領の出現はまたしても実現しなかった。一方、トランプは132年ぶりに再戦失敗の後の再選成功を実現した。トランプが勝利したのは、私としては、意外な結果だったが、今のアメリカの実情を考えてよくよく振り返ってみれば、やはりそうだったのかと納得する点も少なくない。

ハリスが圧倒的に勝利した州は、ハリスが上院議員に選出された地元でIT産業の集積地であるカルフォルニア州、マイクロソフトやアマゾンの本社があるワシントン州。そして、金融の集積地であるニューヨーク州、また租税回避地としてアメリカ大企業の多くの本社が集積するデラウエア州、また政治の中心であるワシントンと高額所得者が多い地域である。やはり、現状を変えて欲しくない人々が多い州が、結果的に民主党・ハリスを選んだ。それ以外の地域は、現状に苦しんでおり、何か変えてほしい思った人々がトランプを選んだと考えるべきだろう。一見、好景気にわいているようにも見える、今のアメリカは、それだけ多くの庶民が価格高騰や失業に苦しんでいる。

よく考えてみれば、現状を変えてほしいと考えている民意が、アメリカ以外の世界中で起きている。2年前にイタリアで右派政権交代が起きたことに続き、英国も労働党に政権移行が起きたし、フランスもマクロン政権が主導権を失い、ドイツでも右派の台頭が著しく、既存政権は連立でなんとか指導力を凌いでいる。先日の総選挙では、日本も長年過半数を保持してきた自公連立政権が過半数割れを起こしている。今や、世界中で既存政権が指導力を失っている。どこの国でも賃金は上がっているが、それ以上に食料品の価格が上昇していることが、各家庭のエンゲル係数を増やして、生活苦を感じる実感につながっている。

カマラ・ハリスが勝利した州は、IT産業や金融業が栄えている州であり、今のアメリカ経済を支えている産業が中心になっている。一方で、トランプが勝利した州は、製造業が中心で、「錆びた地帯・ラストベルト」と呼ばれる地域である。トランプは関税という手段を用いてアメリカの製造業の復活を図ろうとしているが、これは中国だけではなくて、欧州や日本を含めて大変危険な政策となるだろう。しかし、関税政策だけで、アメリカの製造業は本当に復活するのだろうか? かつて世界を制していたG M、フォードといったアメリカの自動車企業の復活を信じている人はもはや誰もいないだろう。世界の航空機産業の雄だったボーイング社、半導体の勇者だったインテルの苦境を見るとアメリカの製造業復活の兆しはもはや殆どないようにも見える。

こうした状況の中で、トランプはアメリカの製造業復活を導くリーダーとしてテスラやスペースXなど世界的な自動車産業、航空宇宙産業を起こしたイーロン・マスクを戦略策定スタッフとして選んだ。先日、このイーロン・マスクという奇人が成功した物語を読んだが、この人の後をついて行くのは並大抵ではない。彼の発想は、極めてシンプルで、あらゆることで複雑な仕掛けをなくしていく。つまり精密な部品を製造するための複雑な仕掛けを省いて、全てシンプルな方式で置き換えて、つまり殆どの組み立て作業をロボットでできる仕掛けにしてしまう。アメリカで成功する製造業には、長年修行が必要な緻密な製造技術に依存してはダメなのだとマスクは考えているのだろう。しかし、私には、これで成功できる製造業と、それではうまくできない製造業があるように思える。

もう一つ、アメリカ市民の多くが苦労しているのは、日本の庶民も嘆いている食料品の異常な高騰である。なぜ、世界中で、これだけ食料品が高騰しているのだろうか? 食料品の高騰は、石油価格のようにOPECのような怪しい組織が意図的に高騰させているわけではない。これは明らかに地球上のあらゆる地域で起きている温暖化に違いない。私も、食料品の買い出しに行くとよくわかるが、最近は野菜や果物の品質が良くない。農家の方々も、本来は出荷したくないものを泣く泣く商品として出しているに違いない。そんな中で、干上がってしまった南米ブラジルのアマゾン川の写真を見ると、温暖化による食料調達危機はもはや半端ないレベルに達していると考えてしまう。こうした危機に瀕している状況にあっても、トランプは、また「パリ協定から離脱する」と言い出し始めるのだろうか?

さらに、今回ハリスが苦戦した理由の一つとして女性であることがあげられる。トランプを熱狂的に支持するラストベルト地帯の男性たちは女性に大きなコンプレックスを抱いているからだ。ラストベルトで栄えていた巨大な製造プラントが次々と閉鎖される中で、彼らは職を失っていった。現在、ラストベルトで最も増えている職種は看護師、介護士、保育士であり、これらの職業は多くの場合は女性が就くことから「ピンクカラー」と呼ばれている。こうした家庭では、収入のない夫は家計の負担となるため妻から離婚を迫られ、妻は「ピンクカラー」の収入で子供達を養うシングルマザーとして暮らしていく。妻から離婚をさせられた夫たちは、多くの場合、アルコールや薬物に浸っていく。熱狂的なトランプの支持者は、こうした経験を持つ男性であることが多い。今回、ハリスと敵対した有権者が、かなりの割合の黒人男性であり、その人たちが熱狂的なトランプ支持者だったことの大きな理由になったであろう。

先ほど、ハリスを支持した、カルフォルニア州、ワシントン州、ニューヨーク州はIT業や金融業、あるいはコンサルタント業といった、いわゆるサービス業で栄えているが、この業種は多数の人材を必要とはしていない。少ない要員で巨額の利益を得ることから、かなり高額の収入を得ているが、この業界で長く生き残るための競争はかなり厳しい。2012年に起きたAIの進展から、毎年、AIに置き換わることで失業する人々が決して少なくない人数となっている。AIは、高学歴、高収入の職種の人々にとって大きな脅威なのだ。かつて、アメリカで豊かな生活を送ってきた中間層の人たちの大多数は製造業に従事していた。それが、今では多くの中間層はITや金融などのサービス業従事者である。その中間層の人たちの職業がAIに侵食されている。ハリスが選挙期間中に何度も言っていた中間層を増やすという政策は、実は、そう簡単ではない。

今回、ハリスが抱えていた課題は、実は誰が為政者になってもそう簡単に解決できる課題ではない。トランプが叫んでいた「Make America Great Again」というテーマも、実はそう簡単なテーマではない。トランプが大統領に就任した後に、多くの支持者が「Make America Great Again」は容易に実現できないと気づいた時に、トランプは、また新たな標的を探し出すのかも知れない。そうなると、アメリカは新たな内戦の様相を示してくる。内戦ならまだしも、アメリカの外に敵となる標的を定めた時には、もっと恐ろしい時代がやってくる。