158 やせ我慢の経済からの脱却

昨日、経団連会館にて、経産省 角野産業構造課長より、産業構造審議会が まとめた「経済社会ビジョン」について、ご説明を頂いた。このビジョンに 基づき、新たな日本の成長戦略がまとめられることになる。私は、個人的 に、この答申を支持したいと考えている。つまり、日本の、これまでの我慢 の戦略は、もうとっくに限界を迎えているからだ。その典型が、パナソニッ ク、ソニー、シャープの日本を代表するエレクトロニクス産業の巨額赤字で あり、この延長線上を辿って行けば、そこにはエレクトロニクスと並んで日 本の輸出を牽引してきた自動車産業が、いずれ同じ運命に会うだろう。

さて、何が「我慢の経済」なのだろうか? まず一番は交易条件の悪化が 挙げられる。日本を除く諸外国は、昨今の原材料の高騰分を製品価格に転化 し、事業のバランスを図っている。しかし、日本だけは、円高で多少は和ら げられてはいるものの、鉄鉱石や石炭など原材料価格が高騰しているにも、 関わらず製品価格は「お客様のため」と言って据え置いている。この結果、 日本の輸入物価指数は高騰しているのに、輸出物価指数は据え置かれている。

こんな国は世界中、どこを見ても存在しない。つまり、原材料の高騰分を 乾いた雑巾を絞るように合理化して製品価格を据え置いているのだ。「合理 化」と言えば、カッコ良い話だが、結果は「企業利益」と「従業員給料」を 削っただけというお粗末さ。企業の利益を従業の給料に配分する労働分配率 では、日本は先進国で一番高い。つまり、所得の公平性が一番高いと言うこ と。それなのに、雇用者報酬が毎年低くなっているのは、経営者も労働者も 皆で「やせ我慢」しているからだ。

一人あたりの労働生産性の向上も日本は先進国で一番高い。つまり、日本人 は、皆、努力していると言うこと。ところが、単位時間当たりの労働生産性 、すなわち付加価値生産性は日本が先進国の中で一番低い。一生懸命働いて いるが、価値のない労働をしていると統計は言っている。何とも、情けない 話。我々は、何をアクセク努力して働いているのだろうか?と考え直す時期 に来ているのだ。つまり、高品質、低価格、大量生産という領域(例えば TV)は最早、韓国、台湾、中国には勝てない。ここで、無理をすると 企業は利益を、従業員は給料を犠牲にせざるをえなくなる。

米国では所得格差が問題になっているが、日本で、今、起きていることは 所得格差の拡大ではなくて国民全体の貧困化である。そして、企業も儲かっ ていない。東証上場企業で直近5年間のROEがマイナスの企業が約20 %、5%以下の企業が30%以上もある。つまり東証上場企業の半数が、 資本コスト以上の収益がない。これでは、株価が低迷するのも当たり前で、 この株価低迷が年金運用にも大きな影響を与えてくるから、個人として株式 への投資をしていない一般市民の老後を考えると捨て置けない問題となる。

何で、日本だけが我慢の経営を強いられているのかという理由が、未だ幾 つかある。先進国で製造業からサービス業への労働シフトが起きるのは一 般的な趨勢である。そして、日本で起きている、この産業構造のシフトは 平均年収500万円の製造業から、平均年収200万円の医療介護サービス 業へのシフトであることが問題となっている。欧米の産業構造の変化を見 ると、シフト先のサービス業は高い年収が得られる金融、不動産業である。

しかし、この高年収の金融業、サービス業に従事できる就業人口は製造業 に比べて圧倒的に数が少ない。だから、欧米では所得格差が拡大していく 一方なのだ。そして、欧州米国の財政危機、経済危機で、この金融業、不 動産業が高い利益を挙げられる時代も、もはや終焉しつつある。つまり、 製造業からサービス業へのシフトにより先進国が豊かさを享受し続けられ る時代は終わったのだ。

そうした八方塞の中で、世界でただ一つ、健全な経済成長を遂げている国 がある。それがドイツである。そのドイツは、既にコストカット・低価格 ビジネスモデルから価値創造型ビジネスモデルへの転換を図っている。 対GDP、50%近い高い輸出比率を誇るドイツ経済を支えているのは、 あくまで製造業である、それも、大衆消費財であるコモデティを安く大量 生産するビジネスモデルではない。むしろグローバル・ニッチな 高付加価値製品で世界市場を席巻している。

例えば、今や、世界最大の自動車市場となった中国で走っている車を、 よく注意して見たらよい。パトカーに先導されて走る政府要人の車は全て アウディである。また企業経営者の車は、殆どメルセデス・ベンツである。 私の勝手な想像力と現地の噂を交えて考えると、政府要人の車は、防弾 ガラスと対爆発物の床を有する仕様になっているに違いない。企業経営者 の車は他の車と衝突した時に重量で圧倒して、自身の怪我を最小限に抑え る仕様になっているのだろう。いずれも、燃費など糞くらえである。こう したニッチな顧客の要望を実現することによって、1台で大衆車数百台分 の利益が得られるとしたら単なる販売台数シェアなど全く問題にはならない。 例えば、ドイツは、こういう価値創造型ビジネスをしているのである。

我々日本人は、あまりに「我慢の経済」を永く続けすぎてきた。ムリ、ム ダ、ムラをなくす生産革新に全力を注ぎ、常にコストダウン、コストダウ ンをやり続けてきた。その結果が、この体たらくである。私が属するIT業界 も、お客様に合理化や効率化ばかりを訴えてきた。もう、そろそろ、こんなことは終わりにしよう。 お客様は、どこに価値を見出すか? どこに高いお金を支払うのか? そうして、新たなイノベーションを起こして価値創造型のビジネスモデル に転換しないと、この日本は最貧国への道をまっしぐらだ。ITも合理化 の道具からイノベーション創出の道具への転換を図らないといけない。我 々の業界も大いなる反省だ!

そのために何をするか? そこが問題だ。発想を変えるためには、国民が 全員参加する政治形態、企業経営、教育システムに変えていかなければ ならない。年長者、男性、健常者、そして日本人だけの発想と考えでは、 「同質性の罠」に陥るだけだ。若者や女性や身障者や外国人といった、 従来は少数意見だったかもしれない考えを、皆で、積極的に取り上げて いかないと、もう、この日本は変われない。変わらなければ、この日本に 、もはや未来はない。「やせ我慢経済」は、もう、こりごりだ。ムリもム ダもムラも、沢山しまくって、何か新しいことを考えよう。

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