144  ハルビン旅行記(その3)

ハルビン工業大学が、北京や上海の一流大学と共に全中国のアイビーリーグ 9校の一つに数えられているかと言えば、ハルビンの地政学的地位を考えな ければならない。共産中国近代化は全てソ連の指導によって行われたとすれば、 ハルビンは、そのソ連から中国への最初の入り口である。そして、そのハル ビン工業大学の歴史は帝政ロシアまで遡ることが出来る。1920年、帝政 ロシアの援助でハルビン中露工業学校として設立されたのが始まりでロシア は満州開発のために重工業に携わる人材の育成基地として、この大学を作 ったものと思われる。日露戦争後は一時日本の管理下に入るが、共産党中国の発 足後、再びソ連の強い影響を受けることになった。

従って、このハルビン工業大学の強い専門分野は重工業分野、とりわけ軍事 技術である。近年は特に宇宙工学に焦点を置き、有人宇宙飛行船「神州」の 開発にも参加したが、現在、最も力を入れているのは月面探査プロジェクト である。ハルビン工業大学のショールームでも、この月面探査プロジェクト の展示が一際目立つ場所に置かれている。まさに、このプロジェクトこそが 大学の一番の誇りなのだ。

アメリカのアポロ計画が「人間を月に送る」こと自体を最大の目的にしてい たのに対して、この中国の「月面探査プロジェクト」はもっと現実的である。 現在の中国が、最も注力している資源確保問題、とりわけエネルギー安全保 障の問題解決の糸口として、この月面探査プロジェクトを計画している。

実は、月面には太陽風によってもたらされたヘリウム3が大量に蓄積されて いるらしい。このヘリウム3は核融合反応を極めて有利に行うことが出来る。 水素+重水素からヘリウムを作る核融合よりも、水素+ヘリウム3からヘリ ウムを作る核融合の方が、中性子を発生しないため安全な核融合炉が実現で きるからだ。ところが、月と同じく地球まで太陽風によってもたらされた、 ヘリウム3は全て宇宙空間に拡散されてしまってもはや存在しない。

2007年に中国としては初めての月面探査衛星「嫦娥1号」を打ち上げ 月面の詳細写真を撮影した。2010年には「嫦娥2号」によって月面の 立体写真の作成に成功し、いよいよ具体的な月面探査のための資料が準備さ れた。来年、2013年には「嫦娥3号」が打ち上げられ無人月面探査機 を月面に上陸させる。2013年と言えば、もう来年である。このあと、 引き続き、多分「嫦娥4号」なるものが、有人の月面探査機を上陸させる 計画だと思われる。

その結果、中国は念願のヘリウム3を手に入れ、人類史上初めての夢の核 融合炉を、恐ろしい中性子を発生させない安全なやり方で実現しようとし ているに違いない。もちろん、ハルビン工業大学のショールームには、こ のヘリウム3の事など一切書かれていないが、それは世界の衆目を集める ところである。それだけに、この月面探査プロジェクトは、この大学の誇 りなのだ。

さて、長々と月面探査の話を書いたが、私は、別に、ハルビン工業大学と 月面探査プロジェクトの共同開発の話をしに行ったわけではない。ハルビン という中国では北の辺境にある街の大学が、実は中国の将来を背負う大き なプロジェクトに参画しているということを紹介したかったからである。

今回の訪問ではハルビン工業大学のビジネススクール院長である于教授と、 環境と資源(水、食料、エネルギー)問題に関して、大変実りある議論を させて頂いた。ハルビンは冬季は厳寒の地であるが、大河である松花江の 流域として、中国としては珍しく水が豊かである。そのため重化学工業も 盛んである一方、農業も極めて豊かである。今や、松花江流域は中国随一 の穀倉地帯となった。地球全体で見ても、温暖化に伴い、中緯度地域は 砂漠化が進展する一方、ハルビンのような水が豊かな高緯度地域が農業の 担い手となり、今後、どんどん人々が集積して発展していくものと予想さ れている。

そして、2005年、このハルビン市の人々にとっては悪夢のような出来 事が起きた、松花江上流の吉林省の化学工場の爆発により大量のベンゼン が川に流出し、多数の市民がハルビン市から避難した。その後、長い間、 飲料水や漁業に影響を与えたと言う苦い経験がある。そのため、環境問題 にはハルビン市民もハルビン工業大学も大変神経を尖らせている。地球温 暖化によって、21世紀大きな発展をするであろうハルビン市の資源問題、 環境問題を解決するための議論に、今後とも参加できればと願っている。

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