134 SNSは『知らぬが仏』の世界

中国は世界第二の経済大国になったにも関わらず、GoogleもFacebookも Twitterも自由には使えない。相変わらず政府の言論統制は 厳しく、今年政権交代を迎える2012年は、とりわけInternet 規制が益々厳格になっているようだ。もちろん、その中国で もGoogleの代わりに『百度』があり、Twitterの代わりに 『新浪微博』があり、何億人もの中国人がSNSの世界を 楽しんでいる。しかし、百度では検索できない単語が多くあ り、新浪微博も、今後は実名登録でないと使えなくなる。

「ああ、私たちは中国でなくて良かった!」と考えるSNS 愛好者達は、実は『知らぬが仏』なのかも知れないのだ。 嘘だと思うのなら、イーライ・パリサー著『閉じこもるイン ターネット:原題 The Filter Bubble:What the Internet Is  Hinding from You 』を読んでみたら良い。

私の読書は98%が邦訳本である。世界の知識の占有率から 見れば日本対海外を2:98にするのは当たり前のことであ る。しかし邦訳本を読むときに、いつも思うことは、日本語 のタイトルより原題の方が遥かに判り易いということだ。 この本も例外ではない。原題を直訳すれば、『過剰なフィル タリング、あなたの知らないインターネットの隠された世界』 ということになる。

大体、世の中でタダでご飯が食べられる『フリーランチの世界』 が、そうあちこちにあるものではない。GoogleもTwitterも Facebookも、一銭のお金も払わずに便利に使わせてもらって いるかわりに、私たちは、『個人情報』という見返りを支払っ ている。当然、こうしたSNSの世界を楽しんでいる人達は、 そんなことは百も承知で、自分で許容したレベルの個人情報 を、許容した範囲に配信されることは承知の上で使っている。

ところが、自分が提供している情報が何らかの目的で使われて いるだろうことは承知していても、自分が見られる情報が、こう したSNSの管理者によってコントロールされていることは、 意外に知られていない。つまり、私たちが提供した個人情報に 拠って、私たち自身が彼らによってカスタマイズされ、そのプ ロファイル情報に基づいて、私たちに与え得られる情報が事前 にフィルタリングされているのだ。

私たちの代わりにSNSの使用料を払ってくれているのは広告 主である。その広告主は、私たちが欲する情報を効率良く見られ るよう便宜を図ってくれているのだ。2009年12月4日以降、 Google検索は、同じキーワードで検索しても、利用者によって 提供される情報を変えるようになった。そのことを知っている 人は殆ど居ない。例えば、非常に革新的な発言を頻繁にしてい る人には、保守的な主張を唱えるサイトの情報は殆ど提供され なくなった。

何と余計なお節介と思うかも知れないが、それは事実である。 そして、この事実を知っている人は殆どいない。中国共産党 が何万人ものサイバー警察官を使って、インターネット上の言 論統制をしている事実は誰でも知っているので、いわば、これ は公明正大な措置とも言える。ところが、私たちが利用してい るSNSの世界では、誰も知らないような情報提供制御(フィ ルタリング)を密かに商業主義の論理で行っている。むしろ、 この秘密の措置の方が、「公明正大」な中国の言論統制以上に 大きな問題かも知れない。

確かに、アマゾンが、これまで購入した本の履歴を見て、いろ いろ推薦してくるのを便利だと思うか、ウザいと思うかは別に して、それはあり得るだろうな?とは思う。しかし、Facebook でウオールに表示される投稿記事の選択が、自分との親密性で 制御されているなんて、私は知らなかった。皆、友達同士で あれば、同じニュースを見ていると思っているに違いない。

一方、Facebookと異なりTwitterの加入者の殆どは匿名である。 匿名だから思い切ったことも言えるかも知れないが、一方では 無責任なことも言う。だから、中国政府は中国版Twitterである 新浪微博を匿名で利用することを禁じ、全て実名登録させるこ とにした。それは民主主義の基本を侵す行為だと怒るむきもあ るかも知れないが、実は、もうこのインターネットの世界では 実名とか匿名とか全く関係なくなっていることをどれだけの人が 知っているだろうか。

もう既に、アメリカでは、この匿名と実名を結びつけるアルゴリズ ム特許が何万件も申請されている。コンピューターは、その人 が使う言語の癖や嗜好など、些細な情報をベースに実名と匿名 を自動的にリンクさせることが出来る。そうした情報をもとに 、個人の行動に関する情報が膨大な量になるほど集められてい る。そうした個人情報市場で活躍しているのがBluekaiや Acxiomという、あまり名の知られていない企業だが大活躍して いる。彼らは米国人一人当たり平均して1,500項目の個人情報を 集めており、全米国人の96%をカバーしていると豪語している。

こうなると『個人情報保護』というのは、取り立てて気にする ような問題なのか?という気もしてくるではないか。むしろ、 自分の個人情報として、どのような内容が記録されているのか? と言うことの方が気にならないだろうか?それは本当に正しく記録されてい るのか?正確に知りたいとは思わないか?間違っていれば、抗 議をして修正してもらいたくはないか?

私も、TwitterやFacebookを利用して、いろいろな人との出会 いを経験し、また多くの知識を得ている。また、かなりの数の 方々が毎日の行動を小まめに投稿されているのを親しみ深く、 楽しく見させて頂いている。こういう行動を見ると、個人情 報というのは、どこまでが秘密で、どこまでが公開しても構わ ないかという規定が非常に難しいような気もしてくる。

Facebookには、極めて細かい情報公開ルールが個人的に設定 できるのだが、このルールは極めて頻繁に変わっている。しか も、デフォルト(標準設定)までが、時々変わることがある。 よく、欧州における臓器提供率の違いが例に出される、英国は 10%でフランスは95%だという。この違いは、英国での質問が 臓器提供する方にチェックを入れることになっているのに、 フランスでは臓器提供しない方にチェックを入れるように なっているからだと言う。これを「デフォルトの暴政」と言う らしいが、SNSの公開、非公開ルール設定も、よく見ると この「デフォルトの暴政」が働いているところが随所にある。

しかし、私は、こうしたSNSの存在を否定しているもので はない。北アフリカでは永年の独裁政権を倒し、南アフリカ ではエイズ予防に大きな力も発揮した。その利用の仕方で、 素晴らしい力を発揮することは間違いない。ただ、利用する 人々には「フリーランチ」は存在しないんだということをキ チンと知ってSNSを利用すべきだと、その使い方に配慮す るよう警告したいだけだ。

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