11.大惨事に追い討ちをかけるバーゼルⅢ問題 

今年初め、菅総理が店頭で直接買い求められたとのことで、日本でも一躍ベストセラーになった、ジャック・アタリ氏著の「国家債務危機」は、一時、その姿が全国の書店の棚から一斉に消えた。アマゾンでも新品は品切れとなり中古品には1000円近くのプレミアムまでついた。そうだ、本来、今年の最大の政権課題は「財政再建」の筈だった。だからこそ、この本が、これ程までに売れたに違いない。ミッテラン政権の若き参謀だったアタリ氏は、たった1年で財政破綻に追い込んだミッテラン大統領の選挙公約(マニュフェスト)を全て反故にさせた。そして、さすがはフランス国民である、勇気ある決断を下したミッテラン大統領に、その後、14年間も長き間、政権を委ねたのである。そして、ミッテラン大統領は、その職を退いた後も、「フランスの国父」として国民から崇められ、尊敬の的となっている。この本が日本でベストセラーになったのは、国民が「日本のアタリ氏」を待望していたからかも知れない。あるいは日本のミッテラン大統領の登場を期待したのかも知れない。

しかし、3.11東北関東大震災は、この「財政再建」の問題を国民の関心から消し去ってしまった。「今は、それどころではない」。確かに、そうだ。多くの人命が失われ、これだけ沢山の被災者が出ているなかで「財政再建」の議論など「不謹慎」だといわれるかもしれない。しかし、我々は、もっと冷静に考える必要がある。なぜなら日本全国で見てみれば、被災していない人の方が圧倒的に多いからだ。だからこそ、被災した方々のためにも、被災していない人々は、被災した方々の分まで含めて、この「財政再建」という国家存亡の危機に関わる困難な問題に対して真剣に取り組む必要があるだろう。

加えて、世界は、二度とあの忌まわしい金融危機を起こすことがないようにと、新たな金融規制であるバーゼルⅢを決めようとしている。もともと、今回のサブプライムローンの破綻、リーマンショックを引き起こしたのは北大西洋両岸の国々の金融機関達であった。日本の金融機関は、その宴の恩恵に預からなかった分、大きな損失からも免れることが出来た。一部の大手金融機関を除いて、殆どが、あの狂気の賭場には参加しなかったからである。だから、博打をしない生真面目な日本の金融機関は、こうした新たな規制には、本来無関係なはずだった。

ところがである。結果として、これから全世界の金融機関に強いられるであろうバーゼルⅢ規制は、欧米の金融機関以上に日本の金融機関にとって厳しいものとなりつつある。日本の金融機関からは「不公平」だという声も聞こえてくる。しかし、世界の金融機関が、こぞって、今や落日の日本の金融機関を狙い打ちにして意図的に、その力を削ごうとしているとも思えない。バーゼルⅡの規制では、日本は世界でただ一ケ国、ダブルスタンダードを適用した。つまり、グローバルバンクは自己資本比率をバーゼルⅡが定める世界標準の8%を守らせ、国内決済しかしないドメステッィクバンクは自己資本比率を4%に留めたのだ。そういう木目細かい手法がバーゼルⅢでは、もはや使えない。

バーゼルⅢでは自己資本比率の数字よりも、自己資本の中身の質を問題にしているからだ。この結果、日本の大手金融機関ですら、その自己資本比率は惨憺たるものになる。このことが、日本の金融機関の大きな悩みであり、「不公平だ」という言葉の裏にある不満でもある。一体、日本と欧米の金融機関の自己資本の中身には、どのような差異があるのだろうか? 

日本の金融機関にあって、欧米の金融機関に殆ど存在しない自己資本の中身とは、繰り延べ税金資産、少数持ち株保有、持ち合い株、確定給付年金資産、のれん代等の無形固定資産などである。バーゼルⅢ規制では、これらの大半が、純粋な自己資本(コアTier1)から除外された。たしかに、日本の金融機関が不公平だと不満を言いたいこともよくわかる。でも、よく見てみると、日本の金融機関は、あのバブル崩壊後に見事に立ち直ったものの、その自己資本の中身を世界的に比較して見れば、やはり脆弱だったと言わざるを得ない。そして、この度の日本の大惨事に対して世界中の人々が同情を寄せてくれているとはいえ、日本の金融機関だけバーゼルⅢの適用除外というわけにはいかないだろう。

そして、今度のバーゼルⅢは、北大西洋沿岸の国々の金融機関が二度と、あのような狂気の博打をしないよう、随所に歯止めをかけている。そうは言っても、あの狩猟民族特有の国民性は賭場が大好きである。それこそ、途方も無いリスクをかけて命がけの博打を打ってくる。そして、彼らが、そうした博打を仕掛けてくる隘路は、もうバーゼルⅢには残されていないのだろうか?

蛇の道は蛇、きちんと抜け道が残されている。それが国債市場である。彼らが、国債市場を賭場に選んだとき、規制する手立ては何も残されていない。今から後、多分、3年以内に、彼らは、日本の国債を血祭りにあげて途方も無い利益を勝ち取ろうとする。この時に、日本に何が起きるか? それは、ジャック・アタリ氏の「国家債務危機」に書いてある。その時の大災害は、もはや日本の一部の地域の人たちだけでは済まない。日本全土の全国民に降るかかる大災害である。だからこそ、今度の大災害に会わなかった人々だけでも、この「財政再建」と言う課題を「災害復旧」と併せて、真剣に考えなければならないだろう。

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