105 2011年の終わりに

今日は2011年の大晦日なので、今年を振り返ってみる。そして、この2011年が3月11日から始まったような気がするのは、私だけではないだろう。この日の前に何があったか、さっぱり思い出すことが出来ない。かすかに、思い出すのは、この日の1週間前に、私は九州新幹線の全線開通を一週間後の3月12日に控えて、喜びに沸いている佐賀で講演を行っていた。

3月11日、私は東京駅朝8時発の「はやぶさ」に乗って青森に向かっていた。明日12日は、青森から鹿児島まで新幹線が繋がるのだとの思いだった。そして微かな不安と言えば、3日ほど前に三陸沖地震で新幹線が一時停止していたことだった。青森では、東奥日報さんのお誘いで講演をすることになっていた。予定では、午後2時から3時までの1時間であった。

予定通り、午後2時から講演を始めて4分の3を終えた2時46分に、あの忌まわしい地震が起きた。聴衆の方々には、すぐさま雪が降り始めた、外に出て頂き、講演会は中止となった。地震直後から停電と携帯電話の不通で、青森の周囲で一体何が起きているのか、さっぱり分からなかった。ようやく、これはとんでもないことになったと分り始めたのは、夜になって携帯電話でワンセグTVの映像を見てからだった。

もちろん、翌日の12日にとってあった「はやぶさ」には乗れず、青森空港も停電のため発着は全てキャンセルされた。ようやく翌々日の13日に、取れたJALの便で三沢空港から羽田空港に帰ることが出来た。翌週の3月17日には、予定通り経団連会館で、私が主宰する産業政策部会を開催した。その日は、日本を代表する26社の戦略担当役員が1年間議論を重ねてまとめた産業政策の最終審議を行う日であった。この後に東京電力の社長に就任される西沢常務(当時)も、この部会の主要メンバーとして活躍されていたが、原発事故の影響か、この日は欠席されていた。

この部会の冒頭で、メンバー全員が、1年間もかかって苦労して纏めた、この提案書を捨てようと言い出した。この時は、未だ、福島第一原発の事故が、これほど酷いものだとは理解できていなかったが、それでも、これまでの前提条件が全て変わってしまったので、日本の国も、全ての日本の企業も、ゼロから戦略を策定し直す必要があるとの結論で一致した。それで、まず、個社の戦略策定を優先するため、この経団連産業政策部会は半年間、休会することとしたのである。

この結論は全く正しかった。三陸地域の復興だけならば、日本には未だ十分余力が残っている。課題は、政策決定のスピードだけなのだが、それもうまく行っているようには見えない。日本の国民と政治家、そしてメディアは議論することは好きだが、素早い意思決定を嫌う。拙速であっても素早い意志決定は、十分な議論より遥かに大きな価値がある。

それよりも、何よりも、最大の課題は、福島第一原発の事故である。この事故が、これまでの国の政策や戦略を、全てをリセットせざるを得なくなった。事故の原因が何であろうと、一度起きてしまえば、もはや日本で原発を推進することは不可能である。鳩山元首相の2020年までにCO2を25%削減する話も、原発を大々的に推進することが大前提になっていた。日本のエネルギー政策の根幹が、この事故で崩壊してしまった。

さらに、菅総理が、昨年6月に、鳩山前総理が苦しんでいる沖縄問題を知らん顔をしながら専念して纏めた「成長戦略」。「安心・安全な日本」をベースに、高級食材の輸出、海外からの観光客、医療ツーリズムと言った基本戦略を、この原発事故が全て台無しにしてしまった。日本から遠い海外の国から見れば、福島=日本であり、日本全土が危ないという解釈になる。

なにしろチェルノブイリ事故では、1000キロ以上も離れた、ドイツのチョコレート、イタリアのパスタ、フランスのワイン、英国の羊肉まで、相当量の放射能汚染されていたのだから、その解釈も当然のこととも言える。汚染濃度は必ずしも距離に反比例しないのだ。だからこそ、正確な汚染測定を行う必要がある。福島県で産出された食材でも、安全なものは沢山あるかわりに、福島県から遠く離れた地域で産出された食材でも、危ないものが多分あるだろう。

全てをリセットして考えるとは、一体、どういうことなのだろうか? 私は、丁度、来年、2012年6月20日から、ブラジルのリオで開かれる、「リオ+20」が良い切っ掛けになると思っている。世界120カ国の首脳と、5万人もの知恵者が集まって、世界共通の課題を議論する。丁度、今から20年前の1982年にリオで開催された世界環境会議を記念して開かれるわけだが、地球温暖化問題を議論するCOPより遥かに生産的な会議である。

私は、デンマークのヘデゴー環境大臣に招かれてコペンハーゲンのCOP15に関わったが、全くの失望に終わった。それは、メキシコのCOP16、南アフリカのCOP17にも引き継がれている。結局、途上国は地球温暖化を先進国の犯罪と決めつけ、その賠償金を途上国に支払えという、単純な金銭取引の議論から一歩も出ない。

それに対して、「リオ+20」では、以下の3つのテーマについて議論する。
1)人口爆発と資源(水、食料、エネルギー)
2)貧困と格差
3)幸福度  の3つである。
この地球と人類の持続可能性を追求するためには、従来からの単純な経済成長の議論だけでは解がない。原発やバイオエナジーと言ったエネルギー資源も、水や食料の安全という問題と絡めて考えなければならないし、格差の問題も単なる倫理的な問題ではない。格差の増大は中間層を減少させアメリカに代表される消費中心の経済を破綻させる。そして、限られた資源の中での幸福の追求とは何か?ブータン国王の考え方も大きなヒントとなるだろう。

2008年の米国発リーマンショックによる金融恐慌は、結局、中国、ロシア、ブラジル、インドといった新興国(BRIC)が救った格好になったが、今回のギリシャ等の(PIIGS)に端を発した欧州経済危機は、新興国(BRIC)の経済をも根幹から揺さぶっている。Business Weekによれば、ブラジルでは11月の預金は前年比で99%減少、3QのGDP成長率は前年比で0%、10月の個人破産は前年比19%増、中国でも、欧州からの注文が前年比22%減、2008年史上最高の$300Bもの貿易黒字を出したのに次の四半期の貿易収支は$28Bの赤字だというのだから驚きだ。インドも10月は鉱工業生産指数が前年比-5.1%、$2,800の自動車ナノも前年比で67%の売上減だという。ロシアも不景気と格差の増大で人々は多くの不満を抱いており、40年前のソ連邦時代のロシアに戻ることを61.8%もの人々が望んでいるという。

これまで、アメリカや欧州に代わって世界経済を牽引してきた新興国が軒並みおかしくなっている。それが、2012年の経済の実態である。さあ、とうとう新興国ですら宴は終わったのだ。経済成長とは何なのか? 幸福とは何か? 貧富の格差が世界経済に何をもたらすのか?3.11で、これまでの既成観念のリセットを迫られた日本。2012年、日本だけでなく、世界が、従来の観念のリセットを迫られている。そして、そのリセットの先にあるものこそが、真の希望の灯かも知れない。

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