103 条約、契約書における中国語の課題

北京大学 法学院教授 賀 衛方教授の講演については、既に、このカラムでご紹介したが、 私は、中国の法律の専門家である賀先生に、ぜひ聞きたいことがあった。それは、掲題にも ある、「条約、契約書における中国語の課題」についてである。私も、少しばかり中国語の 勉強をしたことがあるが、中国語は、私が知っている、日本語や英語、ドイツ語、ロシア語 に比べて、実に包容力が高い。言い換えれば、表現や記述方法にすこぶる柔軟性がある。 これは、とりも直さず、いろいろな解釈が出来るということである。多くの西欧人が、これ で困っている。中国政府、あるいは中国企業と条約や契約書を取り交わす時に、大抵の場合 は中国語と英語と2通作る。しかし、中国で係争が生じたときは中国の裁判所で争うことに なるので、論争のベースは中国語の契約書になる。この時に、契約書の文言の解釈が、いろ いろと何通りも出来るのだ。このことに、諸外国も皆、頭を悩ましている。

西欧のように契約社会ではない日本の企業は、もともと契約書には慣れていないので、契約書 の文言よりも、人間関係を重要視する。この点は、中国側も同様に大事なのは人間関係である。 逆に言えば、人間関係が確立していない場合に、資本提携や共同開発などの協業は行わないと いうほうが正しいだろう。しかし、西欧社会は、こうした考え方には全くついていけないのだ。 私が、日本とEUのEPA締結に向けた政官民の会議に出席していて、EUのメンバーから 、中国との関係について、いつも聞かされる悩みである。だから、同じ東洋文化を共有する 日本にEUと中国の橋渡しの役目、つまり、インタープリター(翻訳者)をやって欲しいとい うのである。しかしながら、EUは中国との関係以上に日本との関係に手こずることが解って 、日本に、その役割を期待することを諦めた。

EUは、結局、日本の代役として韓国を選んだ。同じ東洋文化圏にありながら、韓国の発想 は日本よりも遥かに欧米に近いからだ。その所産が、EU・韓国FTAである。当然、同じ 西欧文化圏である米国も、同じ役割を韓国に求めて米国・韓国FTAの締結に調印した。 韓国には大変失礼ながら、韓国の市場規模は、EUから見ても、米国から見ても、無理をして FTAを締結するほどの魅力はない。あくまで、近い将来世界最大となるであろう、中国市 場を睨んでのことである。そして、韓国は空路は仁川、海路は釜山という巨大な物流のハブを 抱えており、IMF介入を契機に資本市場も、かなり自由化されている。つまり、韓国は 巨大ではあるが、契約ベースでは極めて難解な中国市場へアクセスする絶好の前線基地だと、 EUも米国も考えた。ある意味で、韓国全体を中国市場向けの保税倉庫にしたのである。

私は、そうした中国語の特殊性に関して、このたび賀先生に質問をさせて頂いた。以下、 賀先生の大変丁寧な解説である。

ペリーが米国海軍の3分の1の勢力を引き連れて、日本に開国を迫るときに、日本語がわかる 通訳の問題があった。そこでペリーは日本に向かう前に、まず香港に立ち寄った。香港で、 ペリーは日本語と英語がわかるサミュエル・ウイリアムスという中国系香港人を通訳として 雇った。しかしながら、やはりウイリアムスも、条約文に関わるほど日本語が堪能ではなか ったので、交渉は英語、日本語と合わせて中国語の3か国語でなされ、実際に条約も、その 3か国語で作られた。そういう意味で、中国語が法律用語として不適であるとは思わない。 ただ、いくつか貴方のご指摘(法律記述に関する中国語の問題)は正しい面も持っている。

一つは、中国の法律は、厳密な定義を記述するというよりも、音や韻の美しさや品格が重ん じられてきた。現在の中国政府の高官も含めて、中国の政治家は漢詩の素養が極めて高い。 ある意味で、中国がこれまで法治国家ではなくて、専制独裁国家だったので、法律の存在価値 が西欧とは異なってきた面もあるだろう。しかし、現在は、法律記述は、これまでの漢詩調 ではなくて白話文(会話文章)で記述するようになっている。

そして、日本は明治時代に西欧の法体系を導入する際に、中国にも日本にも存在しなかった 概念を表す「新語」を創作した。福沢諭吉を含めて、日本は西欧語(独語、英語)に1対1 で対応する新たな言語を作り出したのだ。このうち、幾つかは既に中国でも導入済であるが 、今後、中国の法体系を整備するに当たっては、もっと多くの日本で作られた用語を導入す る必要があるだろう。企業間の契約書などで、中国語で記述する際の問題は、西欧語に厳密 に対応する中国語が見つからないということかも知れない。

さらに、中国が高度な法治国家となるためには、以下の3つの課題を解決していかなくては ならないだろう。

1)立法の専門性

2)条文の意味・解釈性

3)判決の適用性と判例の蓄積

特に3番目の判例集が最も重要かも知れない。法律の条文は一字一句を解析することよりも 、これまで裁判所が出した判例の方が重要である。残念ながら、中国では、まだ中国全土で 統一がとれた判例を出すだけの体制が出来ていない。また、十分な量の判例の蓄積もない。 中国語記述の厳密性を問うよりも、そうした判例の問題に大きな課題があると思われる。

素晴らしい解説である。私の、これまでモヤモヤしていた悩みが一気に払拭された。 しかし、賀先生が指摘されたように、中国が世界の法治先進国と法体系で肩を並べられるように なる日は、まだ少し遠いと言わざるを得ない。

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