102 最愛の母国を真の法治国家にしたい

昨日は、北朝鮮の金正日総書記死亡のニュースで世界中が大きく揺れた。 今年、2011年は日本は東日本大震災によって大きな戦略転換を迫られたが、 世界においても、アルカイダの頭領ビンラディンの死去、リビアのカダフ ィ大佐の死去に続いて、金正日総書記が亡くなるなど、大きな歴史の転換点 であった。CNNも、昨日の昼から金総書記死亡関連のニュースしか報じて いない。多くのアメリカの専門家も、金正日総書記から息子の金正恩氏への スムースな政権移行が行われると見ているようだ。もちろん希望的観測なの で、現実がそのようになるかは誰にもわからない。

そんな歴史的な日に、我が富士通総研では、北京大学法学院の賀衛方教授を お招きして講演会を開催した。これまで、中国から経済学者の方々をお招き したことは、数多くあるが、賀先生のように法律学者をお招きして、お話を 聴くことは初めてであった。賀先生は、中国第一の大学である北京大学の教 授であり、もちろん中国共産党員として、母国である中国をこよなく愛して やまない方である。

一方、中国のマイクロブログ「新浪微博」では、30万人のフォロワーを抱え る先進思想家でもあり、中国で初めてノーベル賞を受賞した劉暁波氏が提唱 した「08憲章」の筆頭に署名した、現在の中国政府から見たら超一級の危 険人物である。だから、賀先生のフォロワーになること自体が命がけの覚悟 が必要であり、それでも30万人もいるというのは、とんでもない数字だと思 った方が良い。昨年11月、英国の法律関係の学会に参加しようと北京空港に 行かれた賀先生は、突然、数十人の官憲に包囲されて拘束、出国できなかっ たのだという。中国政府は賀先生が劉暁波氏の代わりにノーベル賞を受領に 行くのではないかと誤解したらしい。

会場の聴衆からも、「どうして先生は逮捕されて監獄に入れられないのです か?」という質問が多くあった。それに対して、賀先生は、「自分が中国の 名門、北京大学の教授であること、30万人のフォロワーを抱えているマイ クロブログ(Twitterのようなもの)の作者であることもあるが、自分自 身は中国という国を、こよなく愛しており、命がけで中国を法治国家にする ために戦っているからだ」という。そして、「中国が現在の繁栄を続けて行 くためには、蔓延する汚職を防ぎ、人権を大事にする法治国家体制が是非と も必要なのだ」と言う。その信念を持っている限り中国政府は自分を簡単に は殺せない。そう、文化大革命の時に、いとも簡単に殺戮された自分の父 親のようには絶対にならないと信じているとも言う。

賀先生は、また、欧米の諸外国が中国は未だに独裁政権であり、法律を無視 する未開の国。汚職が蔓延し、人権が無視されている国と言って非難するが 、そうならざるを得なかった数千年にも及ぶ、中国の長い歴史があることを 理解して欲しいという。つまり、秦の始皇帝以来、現在の共産党一党独裁に至るまで中国は、 ずっと独裁政権だった。一度も、法治国家になったことはなかったのだとい う。日本や、アジアの一部が近代の法律体系を西欧から導入し ている最中に、中国は満州民族による少数民族支配が続いており、多数の 漢民族支配には独裁権力構造しかあり得なかったからだという。

以下、賀先生の講演から私が学んだことを書き連ねてみる。

孫文による辛亥革命で近代化の道を歩むかに見えた中国は、日本との戦争 を経て毛沢東独裁政権を樹立した。この共産党政権樹立時に中国で作成され た法律は憲法と婚姻法の二つしかなかった。つまり、毛沢東が言うことが 法律で、毛沢東の判断が判例だった。当時の中国には6億人近い人口があったが 、毛沢東は、この国民を二種に分類した。95%の良い人と5%の悪い人に である。そして、この人々の間に階級闘争を促し、共産党一党独裁による、 恐怖と苦痛の政治を行った。文化大革命は、その最後の仕上げであり、非 正常な死亡が中国中で数多く起きた。自分の父親も、その一人である。

この文化大革命のときに、中国は法治国家として必須の弁護士職を解体、 検察は警察に統合、裁判所は人民解放軍傘下の軍法会議に吸収した。 これで中国の法治国家としての体系は、その芽を摘まれ、中国が未だに 法治後進国と言われる大きな理由となっている。

その後の鄧小平は、中国の経済発展を促すために、社会主義市場経済を導入 した。これは「政府が市場に介入するな」ということであった。この時に 鄧小平は、「何がやっても良いことで、何はやってはいけないこと」という 議論を避けた。そうした議論は、経済発展を妨げるからだ。「黒い猫でも 白い猫でもネズミを捕る猫は良い猫だ!」という言葉が象徴しているように 経済発展のために、「合法的所有権の推定」という観念が置き去りにされた まま、今日の中国の経済発展に繋がっている。

もともと、中国共産党の理念では、「公有制の理念」が尊重され、私有財産 の保護や正当性を定める「物権法」が存在しなかった。このことが、現在の 汚職による不正蓄財の温床を育てている。永年、私有財産を敵視してきた 共産党の理念が、「物権法」の成立を遅らせ、結果として不正蓄財による 私有財産を蔓延させるに至ったのは、いかにも皮肉である。

中国の問題のもう一つは、法律の運用である。中国憲法71条では、全人代 の元に、特別調査委員会を作り行政の監査を行うことが出来ると書いてある。 私(賀先生)は、上海高速鉄道の悲惨な事故の後に、この特別調査委員会の 設立をマイクロブログ上で提案をした。鉄道省の上部組織である、国務院の 調査では事実が明らかにならないからだ。この時は、China Dailyや北京万報 などメジャーなメディアが自分の意見を大きく取り上げた。しかし、この 特別調査委員会は憲法が発布されてから何十年間の間、一度も開かれたことが なかったのだ。結局、今回も、全人代は何もしなかった。

ある常務委員から「全人代という組織は、何も出来ない組織で、何もやらせ ないために作った組織である」と聞いたことがあるが、本当にそうだった。 それで、全人代と温家宝首相を批判するブログを書いたが、10時間後に削除 された。今、中国は、どんどん高学歴化が進んでいる。法律に則っていない、 政府のやり方には中国人民は多くの不満を持っている。しかし、数千年の 歴史を持つ独裁政治体制は、そう簡単には変えられない。

それでも、昔、皇帝が中国を治めているときは、国が困窮すれば、皇帝の責 任だとして、民衆は、その皇帝を葬り、新しい王朝を設立した。ところが、 現在の中国は全人代のもとで9人の皇帝が居るので、誰のせいで、政治が行 われているのかが全くわからない。ひょっとして、9人以外の、既に引退した皇 帝の影響もあるかも知れないと民衆は疑っている。要は、政策決定プロセス が秘密のベールに包まれているのだ。これでは、中国は将来に向けて持続的 な発展を遂げることは出来ない。自分は、命を賭けて、中国を開かれた法治国 家にしたい。

賀先生は最後の次のような寓話を話された。

「ある時、森の中で竹や木がこすれあって自然に発火し、山火事となった。 そこに住んでいた獣や鳥たちは恐れて逃げまどうばかりで、焼け死ぬ他はな かった。 それを見た一羽のオウムが一大決心をして飛び立ち、泉で翼をぬ らして来ては森の上で羽ばたきをして水を垂らすことを何回となく繰り返した。 山火事は広がる一方で、オウムはヘトヘトになったが、多くの獣や鳥の命を 救おうと決心を固めて努力を続けた。オウムの真心はついに天上界に通じた。 帝釈天はオウムの熱心さに感動して雨を降らせて山火事を消した。自分は、 このオウムである。」

賀先生の通訳の方は、遂に涙ぐんでしまい、暫しの間、訳すことが出来なか った。私も、不甲斐なく、不覚にも、思わず貰い泣きをしてしまった。

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