86 TPPについて考える (その2)

ご案内のように最大のTPP反対勢力は農業関連である。「TPP締結によって、お米やコンニャクの関税がゼロになれば、日本の農業は壊滅的に崩壊する」という理屈であるが、それではTPPを締結しなければ、日本の農業に明るい未来があるのかと言えば、それも、かなり懐疑的である。多くの担い手として高齢者と兼業農家を中心に支えられている日本の農業の最大の課題は後継者問題である。意気のある若い人が後を継いでも農業だけでは食べていけないという厳しい現実がある。

非常にわかりやすい説明をすれば、日本の農業生産の規模は約5兆円で日本のGDPの約1%で、パチンコ産業の売上30兆円の6分の一にしか過ぎない。5兆円と言えば、私が所属する富士通グループの総売上に相当するが、富士通グループの従業員は、世界中で16万人である。つまり5兆円という売上規模は16万人に給与を支払うのにギリギリだということだ。一方、日本の農業は5兆円の売上高に200万人以上の生産者が関わっているので、当然ながら農業だけの収入では一家を構え子供を育てて一人前にするという普通の生活は出来ない。これでは、若い人が後継者として名乗りをあげることは難しい。

ちなみに日本の農家の平均耕作面積は2.8ヘクタールなのに対して、EUの平均は14ヘクタール。一方、食糧の自給率が100%を超えている欧州の先進国、英仏独の平均耕作面積は40-50ヘクタールとなっており、日本の10倍以上の規模を有している。野田総理が、「現状耕作面積の10倍の規模を目指す」と仰っているのは、この意味では正しい。しかしながら、先般、民主党が打ち出した戸別所得補償制度では、農家が既に農業法人に貸し出した農地を返してくれという、所謂「貸し剥がし」があちこちで横行している。野田総理が目指す農業の集約化とは全く逆の現象が起きている。

さて、欧米の先進国、アメリカ、英国、フランス、ドイツは、皆、食糧の自給率100%以上を満たしている。昨日、世界の人口は70億人を超えたわけで、食糧の安全保障は国家として最も重要なテーマである。その意味で食糧自給率40%以下の日本は極めて危ういと言える。そして、これら欧米の先進国はいずれも、かなり手厚い補助金を農業分野に支出している。農業補助金で、一番顕著な例は米国の綿花生産者への補助金と言われている。あのインドの綿花生産者が価格で米国産には敵わない。今、インドの綿花生産者の中では、事業が成り立たなくなって自殺する人が急速に増えている。わかりやすく言えば、アメリカの綿花農家は出荷価格ゼロでも生活が成り立つほどに多額の補助金を貰っている。

私は、たった5兆円しかないから農業はどうでも良いと言っているのではなくて、たかだか5兆円しかないのだから国が食糧自給率の拡大を目指して欧米先進国と同様、補助金を出すにしても、たかが知れていると言いたいのだ。つまり、日本の農業の将来は、TPP締結の是非に関わっていると言うよりも、むしろ補助金を含む日本の農業行政のあり方に関わっている。いわば日本の農業問題はTPPを含む外交問題ではなくて内政問題だと言える。ちなみに、日本の農家の年間農地売却代金の総額は純粋な農業生産額を超えている。つまり、今の日本の農家の収入の大半が農地売却代金から得ていることになる。売り先の大半は道路や公共施設などの公共事業である。日本中に誰が見ても不必要な道路をどんどん作ってしまった背景が実はここにある。こういう事実を知ると、日本の農政は自立した農家の育成と食糧自給率の拡大について、どこまで真剣に考えていたのかは、はなはだ疑問である。

ヨーロッパ最大の農業国であるフランス(平均耕作面積60ヘクタール)でさえも、その集約化にあたっては既存の零細農家との確執があった。つまり農業政策の最大の課題は零細農家が持つ既得権と、今後、集約化に向けて、どう折り合いをつけて行くかの着地点を探すことにある。こうした本質的な問題の議論を回避して、今回のTPP反対運動は、TPP問題を仮想敵として、現状の既得権を維持するための活動にしか見えない。私たちの子や孫の食糧を自前で確保し、若者が将来を託すことが出来る日本の農業のあり方について、もっと前向きな議論をしたい。次回は、医療問題の話をしたい。

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