85 TPPについて考える (その1)

現在、あらゆるメディアでTPPの話題が出ないことはない。しかし、TVや新聞をいくら読んでも国民としては、賛成したほうが良いのか反対したほうが良いのか、さっぱり判らないというのが本音ではないか? 日本のメディアは中立性を保つためと称して、必ず、賛成、反対の双方の意見を載せるから、余計にわからなくなる。こうした時に、海外のメディアは、どちらかに自社の主張の力点を置いて報道するので、聞いている方は、その方が判りやすいということもある。

これから、このTPPの議論を書く私は、基本的にTPP推進には賛成派である。それは、決して、私が経団連の産業政策部会長をしているからではない。私が、いつも主張していることは、政府に産業政策を提言するには、大企業の立場だけでなく、農林水産業、及び中小企業のことまで深く考慮に入れた政策を作る必要があるということだ。つまり、多くの国民が同意できる政策でないと、政治家に採択されることはない。昔のように、経団連が大企業と組んで、多額の政治献金で自らの利益誘導をする時代では既にないからだ。

私の、もう一つの立場としては、この6年間に渡り日本・EUビジネスラウンドテーブル(BRT)にプリンシパルとして参加し、ICT・イノベーションWGの主査を努めさせて頂いている。ご存知の方も多いと思うが、この日・EU BRTこそ、日本とEUの経済連携協定(EPA)を推進するために組織された、政界・官界・経済界の共同組織である。私が参加を始めてから昨年までは、日商会頭である岡村正東芝相談役が議長を努められ、昨年からは、経団連会長である米倉弘昌住友化学会長が議長を努められている。

この活動の中で、私は、経済連携協定(EPA)の持つ意味と、その締結にあたっての困難さについて多くのことを学んだ。そして、この日・EU EPAについては、日本の国論をどうするという以前に、EUにおけるドイツ、とりわけ自動車連盟の強い反対に遭って、これまで話し合いのきっかけさえも掴めなかった。昨年になって、先進国の中では数少ない日本に対して貿易黒字を持つイタリアとフランスが動き出し、それに英国や北欧が加わって、EU委員会からドイツ政府に再考を促し、ようやく話し合いが始まろうとしているところである。

そもそも、経済連携協定とは、主として関税を取り払い自由貿易を推進することであるが、そのためには、関税だけでなく、いわゆる非関税障壁(NTB)と言われる各種規制を取り払う規制改革の促進も目指している。それが市場開放と呼ばれるものである。そして、これまで、私達は小さい頃から、日本は島国で資源もないから、貿易で国を興すしかないと教わってきた。即ち、貿易立国の考えである。そして、アメリカからは、「日本経済は輸出に依存しすぎている。もっと内需を活発にするべきだ!」と何十年間も言われ続けてきた。その結果、膨大な赤字国債を発行して莫大な借金を作りながら、国中に大規模な公共工事を行い内需振興を図ってきた。しかし、借金だけは積みあがったが、経済は少しも成長することはなく、ご存知のように永年低迷を続けている。

さて、日本経済は果たして、本当に輸出依存度が高いのだろうか? それは全くの嘘である。日本のGDP当りの輸出比率を見てみると現在は約18%で、20年前の日本経済が好調なときですら10%にしか過ぎなかった。世界平均では約30%であり、今、世界で最も勢いがある3カ国、ドイツ、韓国、中国のGDPに占める輸出比率は50%近い。先進国で日本を下回るのはアメリカだけで12%である。つまり、日本経済の輸出依存度は決して高くない。逆に言えば、少子高齢化が進み内需振興が望めない中で、日本経済の活力を高めるには、もっと輸出依存度を大きくしなければならない。

オバマ大統領が、3年間でアメリカの輸出を2倍にするという戦略を打ち出したのは、アメリカの双子の赤字である、貿易赤字を減らすだけが目的ではない。アメリカのTOP1%の富裕層が、アメリカの富の25%近くを占めるという未曾有の格差社会を生んだ背景は、アメリカ製造業の没落があった。第二次世界大戦後のアメリカ製造業の繁栄は多くの中間層を生み出し、消費市場中心の経済を活性化させた。逆に、製造業を海外に流出させ、金融・サービス業に焦点をおいたアメリカ経済は億万長者と膨大な貧困層を生み出した。今、「ウオール街を占拠せよ!」と騒いでいるアメリカ社会を復活させるには、多くの国と経済連携協定を結んで、輸出によってアメリカの製造業を強化しよういう戦略がある。決して、安価な農産物を大量に輸出しようとだけしているわけではない。なぜなら、大規模農業が中心のアメリカの農産物の輸出をいくら伸ばしたところで、大した雇用を増やすことは出来ないからだ。

そうしたアメリカの思いは日本も同じであるが、なぜかアメリカは日本と二国間協定を結ぶことを拒んでいる。もし、日本がアメリカとのEPAを結びたいのであれば、それはTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)しかないと言っているわけだ。さて、このTPPであるが、シンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの4か国は協定を締結済みで、これにつづき、アメリカ、オーストラリア、ベトナム、ペルーが参加を表明し、ラウンド(交渉会合)に臨んでいる。次いで、マレーシア、コロンビア、カナダも参加の意向を明らかにしているのが実体である。

よく、TPPの実体はどうなのか?という質問に対して政府が、「交渉に参加するまでは、その実態は、未だよく判らない」と答えるので、何か不安を覚える感じもするが、それが実体なのだと私は思う。なぜなら、私が、日・EU BRTで日本とEU間のEPAの議論に参加している中での知識から言えば、経済連携協定(EPA)とは関税だけの問題に留まらず、議論は知的財産権や、競争政策(独占禁止法)、金融規制、会計制度、環境規制、医療政策など広範囲に及ぶからだ。だから、大変失礼ながら、当初締結したシンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの4カ国で、こうした問題にどこまで議論がなされているかは、はなはだ疑問である。だから、日本政府も参加してみるまで詳細は、わからないと言っているが、それは正しい。

さて、マスコミでは、このTPPの問題を国論を二分するように論じているが、果たして、それは正しいのか?ということを、次に論じたい。一つは農業問題であり、もう一つは医療問題である。次回は、この農業と医療の問題について考えてみたいと思う。

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