83 電池のお勉強  (その3)

先週金曜日に群馬県高崎市にあるFDKトワイセル社を訪問した。この会社は昨年1月に三洋電機グループのニッケル水素(NiMH)電池部門を担う三洋エナジートワイセル社をFDKが譲渡を受け、FDKトワイセル社と社名変更を行ったものである。「トワイセル」の名前の由来は、三洋電機と東芝電池の「2社」のニッケル水素(NiMH)電池部門が合併して出来たことによるらしい。そして、このFDKトワイセル社は、三洋電機のコンシューマ向け充電型乾電池「Eneloop」の開発・製造を担う、ニッケル水素(NiMH)電池の分野では、今や、日本を代表するというより「世界を代表するNiMH電池の会社」となった。

私も、パソコン、携帯電話事業に深く関わってきたので、一応、電池のことは少しは知っているつもりだった。しかし、この高崎のFDKトワイセルで、多くの知らないことを学ぶことが出来た。やはり、少々知っているつもりというのは、全く知らないよりも性質が悪い。例えば、パソコンも最初は二次電池としてNiMH電池を使っていた。しかし、ノートブックPCが主流となり、携帯性が重視されるようになると、NiMH電池に比べて、単位体積・単位重量あたりの蓄電容量が圧倒的に大きいLiイオン電池に急速に置き換わっていった。当然、今を時めく携帯電話など最初からLiイオン電池である。

そういう意味で、NiMH電池は旧世代の電池で、いずれLiイオン電池に置き換わっていくのだろうと考えていた。例えば、我が家にあるプリウスやハリアーハイブリッドなど現行のトヨタのハイブリッド車は、全てNiMH電池を搭載している。しかし、次のプラグインタイプのプリウスは、日産のリーフと同様にLiイオン電池に変更されると聞いている。車も容積や重量を考えると、コストの問題はあるが、 NiMH電池よりLiイオン電池の方が利点が多いからだ。そう考えると、今後のNiMH電池の活用の仕方は、一体どうなるのだろうか?と思っていたわけである。

ところが、例えば、3.11大震災以降、世の中は大きく変わったと言える。どう変わったかと言えば、皆が、「最新テクノロジーは災害時には脆弱だ!」ということを知ったからだ。これから家を建てる人は、まさか「オール電化」の家は建てないだろう。冬を迎えてホームセンターでは反射型石油ストーブが飛ぶように売れている。ファンヒーターは電気を使うから駄目なのだ。プロパンガスの家は、これまで肩身が狭かったが、今後は都心の瀟洒な住宅は地下にプロパンガスの貯蔵所を持ち、自家発電装置まで持つことがセレブとしての誇りなのだと、先日の国際環境会議でレモンガスの社長さんが言っていた。

さて、最新テクノロジーであるLiイオン電池の何が問題か?と言えば、とんでもない危険物だということである。私が、パソコン事業の責任者だった時に、品質部門が意図的にパソコンのLiイオン電池を燃やしたことがある。物凄く、良く燃える。そして、どんな消火手段を使っても絶対に消えない。燃焼物が燃え尽きるまで、ただじっと見ているしか手立てがないのだ。でも、Liイオン電池の危険性は、実は、皆が知っていることでもある。それでも、ノートPCや携帯電話の使い勝手を考えたら、少々のリスクより利便性を選択するのである。もちろん、パソコンや携帯電話に内蔵されているLiイオン電池には何重にも防爆の仕掛けが施されているので、そう必要以上に不安になる必要もない。ある時に、私が「車に大容量のLiイオン電池を搭載するのは危険じゃあないのですか?」と聞いたら、「お前は何を言っているのだ!」と怒られた。「今のガソリンタンクの方が、Liイオン電池より遥かに危険だ!」と言う。それは確かにそうだ。

一方、NiMH電池の材料には燃えるものが一切ない。そして環境負荷物質も全くないクリーンな素材で出来た電池である。現在、子供の玩具用電池として、充電型の二次電池の使用は認められていないが、このたびFDKトワイセルが開発したヒューズ付「Eneloop」は米国玩具協会からも安全な二次電池として認定されたそうだ。任天堂のWiiなども、玩具としての安全基準から一次電池を使っているが、夢中で遊んでいるうちに、すぐに乾電池がなくなるという欠点がある。そして、通常の乾電池などの一次電池は環境負荷物質を多量に含んでいるために環境上も良くない。そういう意味で、 NiMH電池は安全上、環境上も優れた、唯一の二次電池と言える。

さらに、今回の3.11大震災は、停電が、現代社会に、いかに大きな恐怖をもたらすかを教えてくれた。本来、電池は、そうした、いざという時の頼りである。今回の大震災で、電池関連では、一番社会に対する影響が大きかったのは、携帯キャリアの基地局だった。各社とも、世界最高品質の日本の電力が、それほど長い間停電になるとは夢にも思っていなかったのだ。せいぜい、数時間も持ち堪えられれば良いと思っていたに違いない。その結果、携帯キャリア各社は基地局の充電バッテリーの拡充に向けて本格的に動き出した。

ここで一番重要なのは、やはり安全性である。災害時に役に立つはずの電池が二次災害を起こしたら、どうにもならないわけだ。付近に火災が起きても絶対に二次災害を引き起こしてはならない。そこで、Liイオン電池に代わってNiMH電池が、再び脚光を浴びてくるというわけだ。そして、FDKトワイセルの NiMH電池は、高温、低温といった逆境にも非常に強い。マイナス20度でも放電特性が落ちないので、軍隊・警察・消防などで用いるトランシーバーなど非常用通信装置の電源には最適である。もともと電池は非常時にこそ、必要なもの。非常時だからこそ過酷な環境条件に耐えなければならない。

世の中は、二次電池と言えば、やはり本命は「Liイオン電池」である。電池各社は、このLiイオン電池のシェア争いで凌ぎを削っている。いまや、中国メーカーも巻き込んだ過激な価格競争では、部材価格も出ないという、まさにレッド・オーシャン市場である。かつてのDRAMを思い起こす。赤字だろうが、何だろうが、韓国、台湾、そして今度は中国も加わって、生き残りのサバイバル競争が始まっている。もちろん、この価格競争の結果、電気自動車の普及が加速することは間違いない。 そんな中で、FDKトワイセルが地道にNiMH電池の開発に注力すれば、きっとブルーオーシャン市場の雄になるに違いない。

ニッチ市場こそ、生き残る可能性が高い。しかも世界市場を制覇したグローバル・ニッチになれば最高だ。人類の未来に向けて、環境に優しく安全な二次電池は絶対必要である。最先端の技術ばかりが人類を救う道ではない。今度の福島第一原発の事故がそれを教えてくれた。

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