74 電池のお勉強 (その2)

会社の先輩から、「乾電池の工場を一度は見ておけ!」と昔から言われていた。その先輩も、工場見学が好きで世界中の工場を見て歩いたが、乾電池の工場が一番感動したと言っていたからだ。だから、このたび、FDKの湖西工場で真っ先に見せて頂いたのが単三アルカリ乾電池の製造ラインだった。

やはり、1分間に650個生産というのは凄い。まるで、機関銃の速さだ。しかし筒に詰め込む内容物は非常に脆い。電解液を注入する紙のセパレータだって、工程に入る直前まで1枚の正方形の紙である。それを円筒形に包んでタバコの巻紙のように巻いて電池の筒の中に挿入する。そして、その中に電解液を注ぎ込むのである。機械だからこそ朝から晩まで丁寧にやるが、人間だったら、とっくに根が尽きて、たちまち放り出してしまう厄介な作業である。それを目にも止まらぬ速さでやってのける。そして、この乾電池の製造工程では、キチンと一個一個、電圧テストを行っていた。「スーパーで束になって安売りしている乾電池は検査されていないのだ」など誰がそんなウソを言った。

こういう繊細な工程を持つ産業において、世界シェアの1位から3位までが米国ベンダーというのは、一体どういうことかと考えた。もちろん、製造は賃金やインフラが安い中国や東南アジアでやっているにしても、あのアメリカが電池産業だけは手放さなかったのは、ひょっとすると、これは国策か?と勘ぐってしまう。なぜなら、今後の電池産業は、エネルギー産業の要に位置するからである。

そういう意味で、中国の電池に関する真摯な取り組みには、感動すら覚える。地球温暖化の環境会議では、世界最大のCO2排出国でありながら、自らの排出規制に対して真面目に取り組んでいないと国際社会では非難を浴びている中国ではあるが、国内では世界で最も真剣にCO2排出削減に取り組んでいる国の一つであると私は思う。それは、中国と中国人自身がエネルギー問題こそが中国最大のアキレス腱であることを良く知っているからだ。

中国に行って、まず一番驚くのは電動バイクである。中国ではだいぶ前からガソリンエンジンのバイクは禁止されている。世界のバイク市場を席巻した日本のバイクメーカーも中国市場では手も足も出ない。そして、電動バイクの生産は年間3000万台以上、中国で現在走っている電動バイクは2億台近いとも言われている。音もなくスイスイと走る電動バイクは、日本から来た者にとって、やはり異様に見える。価格も日本円で2万円を切っているという。電池は当然、一番安い鉛バッテリーだ。シートの下、足を置く場所の横に鎮座していて交換も容易にできる。実は、この鉛電池のリサイクルシステムが既に、きちんと出来ている。職場の駐輪場には電動バイク用にコンセントも用意されているので、社員は会社にいる間に十分充電できる。この電動バイクのおかげで、中国全体で、どれだけCO2排出を抑制しているかは想像を絶するほどである。

そして、昨年5月に開催された上海万博でお目見えした世界初のキャパシタバス。私も、万博会場を走るキャパシタバスを何度も見たし、実際に乗っても見た。このバスは天井に給電用のパンタグラフを持っていて、停留場に停まる度に急速瞬間充電する仕組みである。この電気二重層のキャパシタは普通の電池と違い、瞬間的に急速充電できる代わりに容量が少ないので長距離は走れない。だからバスにはうってつけの仕組みなのだ。原理は簡単なので誰でもできるが、実際に作って動かしたのは中国が初めてである。このエコカーという観点では、上海万博は愛知万博を完璧に凌駕した。

かつて、2000年には、リチウムイオン電池の世界シェアにおいて、日本は、三洋、ソニー、松下、東芝、NECトーキン、日立マクセルの順で96%のシェアを占める電池大国であった。韓国のサムソン、LG、中国のBYDを含めても4%に満たなかった。それが、2008年には、三洋が1位を堅持したものの、二位はサムソン、三位がソニー、4位は中国のBYD、5位が韓国のLG、6位が中国のBAKで、7位にパナソニック、8位に日立マクセルが入ると言う状況になった。最新のデータでは、さらに中国が躍進しているのは間違いないだろう。

それでも、日本の電池アカデミーの大御所である京大の小久見先生に言わせると、日本の電池研究は、未だ世界一の実力を持っていると言う。しかし、今、多数の優秀な日本の電池研究者が高給で、韓国や中国に引き抜かれているのだという。その勢いは、かつての半導体メモリーや液晶の技術が移転した時以上の速度で展開しているという。その底流には、日本の職場が実力本位の報酬制度になっていないかららしい。中国や韓国のメーカーは、その日本の平等主義に付け込んで、目の飛び出るような高給で、電池研究者の一本釣りをするのだという。

そして、もっと凄いのは中国や韓国の競合メーカーは、自国の優秀なポスドクを密かに雇い、日本の大学や公的研究機関の研究室に無償に近いインターンとして派遣し、日本の技術の進展を監視し、習得をするのだという。こうした技術移転活動を国家ぐるみで支援しているとも言われている。日本も、かつては同じようなことをしたのだろうか? つまり、電池技術は国家ぐるみの熾烈な競争に入っているということだと、日本も自覚した方が良いと小久見先生は警告する。

そして、電池技術は基礎研究の分野でも日本の優位性は既に危うくなっているらしい。とにかく、中国の、この電池の分野での研究論文は、日本や韓国に比べて圧倒的に数が多いのだという。もちろん低レベルの論文が大多数で平均的なレベルでは日本の方が優秀だが、なにしろ母数が圧倒的に多いので、最優秀論文の数でみると、やはり中国が日本を凌駕しているらしい。

つまり、小久見先生は、今は、中国が日本の技術を不当にコピーしていると非難している状況にあるが、近い将来、日本が中国の優れた技術をリバースエンジニアリングを行い、必死に学ばなければならない時代が必ずやってくると警告しているのだ。国家にとって重要な基礎技術は、民間だけに任せるだけでなく、国家ぐるみで推進していかなければならない時代に突入したと言えるだろう。ちょっと大げさな言い方をすれば、もはや、エネルギーに関する基礎技術開発は、国家間の「戦争」となったのかも知れない。

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