66 Day of Empire (最強国の条件)

この「Day of Empire」は、あの「タイガーマザー」に育てられた中国移民の子、エイミー・チュアが書いた、「タイガーマザー」に続く、第二作の原題である。これは直訳すれば「帝国の時代」とでも訳すのだろうか、ところが今回の日本訳の題名は「最強国の条件」となっている。原題からは想像も付かないが、訳者である徳川宗家第19代当主 徳川家広氏が考え抜いて付けられた労作に違いない。エイミーは、ローマ帝国、ペルシャ帝国、モンゴル帝国、唐、スペイン帝国、オランダ、大英帝国、アメリカと、その時代の最強国と言われる国の栄枯盛衰の原因となった共通点をあぶり出している。

その共通点を、エイミーは「寛容さ」だという。どの帝国も「寛容さ」で卓越した力を獲得してから繁栄を極めたのだと言う。そして、その「寛容さ」とは、人種、宗教、出自に関する「寛容さ」である。ローマ帝国では、属州の貧民の子でも皇帝になれた。唐の時代には貴族階級からの登用をやめて科挙という公平な選抜制度によって選ばれた官僚が国を治めた。スペインは、欧州全域でユダヤ人を迫害していた時に、スペイン国内でのユダヤ人の経済活動を許した。もともと、イスラム教との同居をしていたスペインではユダヤ教に対してもアレルギーが一切なかったからである。そのスペインがキリスト教以外の他の宗教を厳しく弾圧するようになった、その「不寛容さ」から衰退が始まったというのである。そのスペインの代わりに勃興したのが宗教的な拘りがなかったオランダや英国であった。

ところが「寛容さ」も度が過ぎると、帝国内に大きな混乱を招くというのである。ローマ帝国ではゲルマン民族の反乱で衰退が始まった。つまり、エイミーが言いたいことは、帝国の勃興は全て「寛容さ」から始まるのだが、その「寛容さ」も度が過ぎると、国の中から大きな混乱が始まる。そして、それを怖れて、今度は「不寛容さ」が強くなって来ると、今度は本格的に帝国の衰退が始まるというのである。移民が興した国である、アメリカ。その、人種、宗教、出自の多様性がアメリカの強さの源泉であった。しかし、9.11テロ事件以降、アメリカには「不寛容さ」が台頭し始めた。それが、今日のアメリカの苦境に結びついているとエイミーは主張する。アメリカの大学を最優秀の成績で卒業した留学生達が、今日のアメリカの繁栄を築いてきたのに、今や、その最優秀の学生の殆どが母国に帰国してしまうからだ。そして、この本の中には一切述べられていないが、エイミーはきっと、最近の中国の「不寛容さ」を密かに批判しているのかも知れない。

さて、今日、ノルウェーで恐ろしいテロ事件が起きた。犯人は極右のノルウェー人だと言う。もともと、ノルウェーは「寛容さ」に富んだ国であった。今やノルウェーでは、アフリカからの移民が1割を占めるまでになっている。それは、スエーデン、フィンランドも全く同じである。高福祉高負担政策を取る北欧の国々は、高齢化社会になると共に就業人口比率がどんどん減少し、税を負担する人々が居なくなってしまった。その代用として、アフリカからの移民を積極的に受け入れたのである。多分、最初はアフリカからの移民には低賃金の肉体労働を主体にやらせようとしたのかも知れない。しかし、当然のことながらアフリカ人にも優秀な人達は数多く居る。そして、キチンとした教育を受ければ、元々、居住していた北欧の人々に遜色があるはずがない。その結果、アフリカ移民に職を奪われた北欧の人々に大きな不満が講じ極端なナショナリズムに走る人達が居ても全くおかしくはない。

今や、欧州全体が移民問題で揺れている。一昨年、イタリアのラクイラで行われたG8サミットで秘密裏に行われた最大の議題は移民問題だった。もともと、EUには英国とアイルランドを除く、各国間で自由に国境を移動できるシェンゲン協定という先進的な合意がある。そのシェンゲン協定を、今まさに、見直そうというのである。スペインやイタリア経由で不法入国するアフリカからの難民が止まらないからだ。ドイツやフランスの不満は、スペインやイタリアが真面目に国境警備をやっていないということである。特にジブラルタル海峡は小さな小舟でアフリカからスペインに簡単に渡ることが出来る。ちょっとした嵐が起きると、ジブラルタル海峡のスペイン側の海岸には数百のアフリカ人の死体が打ち上げられるという。

さらに、欧州は南欧の国家債務危機から始まった新たな経済危機で揺れている。欧州全体の失業率は高止まったままである。当然、北欧にも、その波は押し寄せている。一方、ジャスミン革命で揺れる北アフリカから欧州を目指して地中海を渡る不法難民は、益々増加の一途を辿っている。さらに、スペインやイタリアから上陸したアフリカからの難民は、欧州でも際立って高い失業率のスペインやイタリアに職を求めても無理だということは良く知っている。彼らは、シェンゲン協定を駆使して、まさに「寛容さ」に富んだ北欧まで北上するのである。しかし、今回のテロ事件でノルウェーの「寛容さ」も「不寛容さ」に変化するかも知れない。犯人は極右の狂気じみたノルウェー人であっても、その考え方に共鳴するノルウェー人は決して少なくないからだ。

振り返って、この日本について考えてみると、この北欧の問題は決して対岸の火事ではない。高齢化社会が進展し、就業人口比率が減少するなかで、増加する一方の社会保障費の負担を一体誰がするのか?である。この北欧の問題を見る時に、移民という安易な政策が必ずしも最適解になりそうもないということを私たちは学ばなければならない。しかし、もともと移民が創り上げたアメリカで、移民に対して「不寛容さ」を強めたことが、アメリカの国力をどんどん弱めていることにも注目しなければならない。エイミーが言う、度がすぎない「寛容さ」こそが一番の最適解なのかもしれない。そういう意味で、我々は、このノルウェーのテロの問題に注目していく必要があるだろう。

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