昨日、文科省プロジェクトの元で、富士通と理研が開発したスーパーコンピュータ「京」が出した8.162ペタフロップスの性能が世界一と認定された。昨年、12月に世界一となった中国製のスパコン天河1号の3倍の性能を発揮し、NEC製のスパコン、地球シミュレータが世界一を取って以来、7年ぶりの世界一奪還であった。
忘れもしない、2009年11月15日、私は、年に一回行われるスーパーコンピュータの学会SC09に参加するために、米国オレゴン州ポートランドに着いた。前日の11月14日は、あの有名な仕分け会議にスパコンプロジェクトが審議され、プロジェクト中止の宣告を受けた日であった。そして、「なぜ世界一なんですか?世界二位では駄目なんですか?」との名台詞は世界中に波紋を投げかけた。学会に参加した欧米の研究者達からは、「君達、大変だね。世界一を取るには頑張ればよいだけだが、二位を狙うのは難しい。ちょっと手を抜くと三位になっちゃうからね。」とからかわれ、大変悔しい思いをさせられた。まさに、日本が世界の笑いものになった発言である。
研究開発は、ロボットではなくて、生身の人間が行うものである。偉大な研究開発は、「夢とロマンと情熱」がなくして成就するものではない。それを最初から合理性で論じようとする姿勢は小賢しいとしか言いようがない。これが、新たに政権奪取した民主党の看板議員の発言なのかと、その実体を見せられた気がした。土曜日の夕方、ポートランドに到着された、文科省スパコンプロジェクトの責任者であった土居先生は、前夜祭のパーティで夕食を召し上がっている最中に、日本の学術会議の方々から、携帯電話で、急遽、日本に帰国する旨の要請を受けられた。土居先生は、ポートランドに、たった9時間だけ滞在されて、翌朝の第一便で日本に帰国された。その二日後だったと思うが、ノーベル賞受賞者を中心とする日本学術会議の方々が、政府の仕分け会議の結果を撤回するよう記者会見を行われた。
7年前、NECの地球シミュレータがスパコンの世界記録を大幅に塗り替えたとき、アメリカはスプートニクの再来として大変驚いた。宇宙開発で、まさかロシアに抜かれると思わなかったアメリカはスプートニクの成功で、その誇りを大きく傷つけられた。日本のNECは、スプートニクと同じことをしたのである。これには大変驚き、傷ついたアメリカ政府は、スーパーコンピュータの開発予算を大幅に増額し、絶対に日本に首位を譲らない覚悟に出た。そして、アメリカ政府が大量にスパコンを導入した部署は、エネルギー省である。今でも、エネルギー省が所管する5つの研究所には、世界のTOP10に入るスパコンの内の5機が導入されている。
このエネルギー省所管の各研究所は、原子力開発だけでなく、核兵器の開発も行っており、スパコン導入の最大の成功は、臨界前核実験の成功であった。アメリカは、世界に核実験を禁止した後も、スパコンの中で、アメリカだけが核実験を継続出来たからだ。そして、オバマ大統領は、アイゼンハワー大統領がソ連の核攻撃に耐えるネットワークの研究を始めたことが、今日のアメリカの繁栄を支えるインターネットを生み出したように、エネルギー革命を起こすことが、次の時代のアメリカの繁栄に繋がるはずだとして、昨年からエネルギー省の研究開発予算を倍増させた。オバマ大統領は核兵器による安全保障よりも、エネルギーの安全保障の方が、より重要だと考えたわけである。
そうした、オバマ大統領の威信をかけたエネルギー省のARPA-Eプロジェクトの中での圧倒的な主役は、もちろんスパコンである。だから、この6月に世界一となった日の丸スパコン「京」は、今年の12月に登場するオバマ・スパコンに勝てるかどうか判らない。あの「二位じゃ駄目なんですか?」の名台詞を吐いた大臣は、こうした「たった半年の世界一に意味があるんですか?」と言いたかったのだろう。それが、実は大きな意味があった。
私は、文科省の次世代スパコン戦略委員会のメンバーに加えて頂き、神戸に設置される予定のスパコンで研究するテーマの応募を審査する役割を担わせて頂いた。恥ずかしながら、私は、その会議で発表された内容に、大変驚いた。日本で、これほど沢山の方々が、これだけ広範囲にわたりスパコンを使って大きなイノベーションを起こそうと、日夜頑張っておられることに、まさに驚いたのだ。時の政権は、「世界第二位でよし」と言ったが、スパコンを開発している方は、当然、ダントツの世界一を狙っている。そして、この世界一の次世代スパコンを使って、世界から注目をされる研究成果を是非出したいという、研究者の方々の熱意は凄かった。
100時間以上の時間を使って審議をさせて頂いたが、私は、次世代スパコンプロジェクトというのは、単に、世界一の性能を持ったハードウエアを作るということだけではないのだと判った。これを使って、歴史に残る研究成果を出そうと、日本中の研究者が燃え上がっていた。そして、次世代スパコンの設置場所は、あの阪神淡路大震災で被災した神戸である。同じく、その神戸には、神戸に活力を取り戻す意図で設置されたバイオテクノロジーの研究所が既に設置されている。しかも、その研究所は、次世代スパコンと目と鼻の距離である。バイオテクノロジーとスパコンという二つの大きな研究テーマが、この神戸の地で結びついたら何が出来るだろうとわくわくするのは私だけだろうか。
バイオテクノロジーとスパコンの組み合わせで、一番先に思いつくのは創薬だ。製薬業界は、今、大変なことになっている。世の中には、未だに治療の手立てがない難病に苦しんでおられる患者さんが沢山おられるのに、製薬業界の前途には暗雲が立ち込めている。まず、2010年問題だ。現在、製薬会社の利益の源泉だった新薬の特許が2010年で殆ど切れた。製薬会社には、あらたな薬を開発する資金源がなくなるのである。そして、今、残っている難病の多くは免疫疾患である。従来の、低分子の単純な薬では効かない。分子量が大きい複雑な物質が求められている。その上、近年、医療訴訟の増大によって副作用に対する規制が大変厳しくなっている。現在、認可されている薬の大半は、これから申請すると、多分、殆どが認可を通らないだろうと言われている。だから、今後の、新薬の成功確率は、100万分の一以下しかないとも言われている。
それでも、多くの難病の患者さん達は、一日も早く有効な新薬の登場を待ち望んでいる。それを可能にするには、人間業を越えた研究手法しかない。神戸に設置された、次世代スーパーコンピュータとバイオテクノロジ研究所が手を結んで、患者さん達の期待に答えられたら何と素晴らしいことだろう。やはり、科学技術は、「夢とロマンと情熱」の世界である。論理で仕切れる世界ではない。