56 TransactionalビジネスとRelationalビジネス

このTransactionalビジネスとRelationalビジネスという言葉は、私が、アメリカでパソコンの販売会社を経営しているときに教わったものである。要は、Transactionalビジネスとは一見のお客相手の商売で、品質は、そこそこで値段が安ければ良いというビジネス。次に、そのお客さまが、またご指名で買ってくださることは全く期待できない商売ということだ。一方、Relationalビジネスとは、お客さまと親しい関係を築き、信頼を得ないと得られないビジネスで、獲得することは難しいが、失うことは簡単、お客様の信頼を一度失ったら二度と取り戻すことは難しいという商売を言うと教わった。だから、Relationalビジネスでは、一度ご購入頂いた後も、問題なくご使用頂けているか常に注意を払うことが重要となる。

一般的に、パソコンは、どこの製品でも似たようなもので、性能も品質も、それほど大きく違わないので、一番大事なのは価格で、価格さえ安ければ良いと思われている。確かに、どんなに品質や性能で頑張っても、価格が市場の水準から見て乖離していれば、最初から話しにならない。そういう意味で、パソコンのビジネスは典型的なTransactionalビジネスと言われてきた。「しかし、それじゃあ駄目なんだ。Transactionalビジネスをやっている限り、所詮、利益は出ないし、最後は撤退するしかない。」と、私のビジネスの恩師であり、米国で永年パソコン量販店を経営されてきたベストバイ中興の祖、ウエイン・イノウエさんは言った。

日本に帰ってから、イノウエさんの言葉通り、パソコンビジネスを、いかにRelationalなビジネスに近づけるか、同僚達と毎日、腐心した。その一つの結論は、お客様サポートには利益の大半を注ぎ込むこと。そして、その利益を出すためにこそ、無益な値引きは行わないこと。商戦末期になって、どこも在庫処分をやりだしたら、さっさと市場から身を引くこと。つまり、メンツに拘ったシェア争いは絶対にしない。結局、利益が出なければ、きちんとした、お客様サポートは出来ないし、いずれ撤退の道を選ぶことになる。イノウエさんは、次のようにも言った。「これまでの、アメリカのパソコンビジネスを振り返って、ご覧。急速にシェアを伸ばしたところは、必ず、市場から撤退を余儀なくされている。シェアをお金で買っても長く持続することはできない。ビジネスは、まず継続性が重要だ。」

さて、話は変わって、「低迷する欧州経済の中で、なぜドイツだけは好景気なのか?」という命題を考えてみたい。確かに、ドイツはユーロ安の恩恵を受けているが、それなら、ドイツだけでなく、欧州全体が好景気に沸いても良いはずだ。「一体、なぜ、ドイツだけなのか?」、そして、「ドイツとよく似た、技術立国、ものづくり大国である、日本は、なぜ低迷を続けているのか?」ということである。その秘密は、輸出にある。日本のGDP当りの輸出比率は、この20年間、10%前後を多少増減しているが大きく変わってはいない。アメリカは長らく、「日本は、輸出に頼ってはいけない。もっと内需を伸ばすべきだ」とプレッシャーをかけてきた。しかし、日本は、決して輸出大国ではない。日本のGDP当りの輸出比率は、世界平均の30%から大きく下回っている。

一方、ドイツは、今やGDP当りの輸出比率は47%と、ほぼ50%であり、近年増加の一途を辿っている。これまでも、そして現在も、日本の輸出の花形は、自動車とエレクトロニクスである。しかし、これらのコンシューマ製品は、市場に近いところで生産するほうが有利であり、それでも、韓国や台湾のメーカーとの厳しい価格競争に晒され、非常に厳しい状況に陥っている。それなのに、ドイツは、自国で製造し、雇用を守りながら、輸出をどんどん伸ばしていけるのは一体何故だろうか?ということになる。

この設問に対して、私と同じ、富士通総研に勤務する、ドイツ人研究員であるシュルツ氏が、非常にわかりやすい解説をしてくれる。ドイツの輸出を支えているのは、ダイムラーやシーメンスと言った大企業だけでなく、多くの中堅企業が頑張っているからだという。もちろん、日本にも高い技術力を持った優秀な中堅企業は沢山あるのだが、シュルツ氏に言わせれば、日本独特の「系列」の中に組み込まれていて、少なくともグローバル市場では、独自の顧客接点を持っていない。だから、その優秀な技術力に相応しい価格評価を得ていないばかりか、グローバル市場に向けて輸出する余力も無いという。

シュルツ氏によれば、ドイツの中堅企業は、決して高いR&D投資はしていないという。永年、培った技術やノウハウを活かした堅実な経営の中で、世界中の顧客との接点を非常に大事にする、まさにRelationalなビジネスをしているのだ。その事業領域も、厨房設備や、医療設備、あるいは洗浄設備など、どちらかと言えば大企業が手を出さないニッチな市場ばかりである。しかし、その分野では、50%とか80%とか、世界市場での圧倒的なシェアを持っているから、他の競合相手が参入するのは容易ではない。 しかも、常に、顧客と頻繁な会話を続けながら製品の改良を続けていくので、ますます、市場での競争力は高まり、ドイツの中堅企業は、どこも高い利益率を誇っているという。

一方、日本の輸出と言えば、大企業が、その大役を担い、最先端のR&Dの成果を注入した製品で、最初は市場を圧倒するが、直ぐに、韓国、台湾、中国の競合メーカーに価格で追い詰められて急速にシェアを低下させていく。そのR&D投資の回収すら、ままならないうちに市場から撤退を余儀なくされていく。まさに、Transactionalビジネスの悲劇である。いつまでも、こんなことを繰り返していても、もはや成算がない。もう少し、ドイツのやり方を見習うべきである。

今回の、東日本大震災で判明したように、日本の中堅企業は、世界のサプライチェーンの中で、極めて重要な役割を果たしている。その技術力は、世界の誰にも負けないものを持っている。しかし、悲しいかな、その多くが「系列」の中に組み込まれていて、黒子の存在でしかない。自ら、顧客と渡り合い、その価値を訴求する力も持たないし、顧客の要求や評価も直接耳にするルートも能力も持っていない。これでは、付加価値の高いRelationalなビジネスは出来ない。

日本の競争力を高め、再び、日本を成長路線に戻すには、中堅企業が、もっと頑張れる体制にしないとだめだ。日本政府は、日本の中堅企業の高い技術力を世界にアッピールする場を、もっと積極的に提供し、その仲立ちまで面倒みるくらいのサポートが必要である。そして、日本の産業界も、ドイツを見習い、大量生産を目指したTransactionalなコンシューマ市場をターゲットにするのではなく、ニッチではあるけれども、顧客との接点を大事にしたRelationalなビジネスに重点を移さないと、もはや、これ以上、日本の輸出産業が成長を続けることは難しいように思えて仕方がない。

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