54 本当に心配なのは電力不足の問題か

現在稼動している原発が定期点検に入ったあと、その後、現地の知事による再稼動の認可がおりなかった場合の電力不足が懸念されている。確かに、太陽光や風力発電で原発分を補うには、最低でも10年ー20年かかるだろうし、短期的には、電力不足は相当深刻な問題となるだろう。しかし、電力不足より、もっと心配な議論を忘れてはいないだろうか?

それは、電力の供給過剰の問題である。そんなことは、あり得ないと思っている方も多いだろう。この話は、短期的に起こる話ではないが、中長期的には起こりえる話だと思ったほうが良い。経団連が、あるシンクタンクに委託した調査によれば、政府が何ら有効な産業政策を行わなかった場合、今から20年後の、2030年に、日本の電力需要は15%減るとの予測が出されたからである。

私は、この結果に驚かない。まず、民需は、高齢者社会となり電力需要は明らかに減る。そして、産業分野では、特に製造業は、日本のインフラコスト、エネルギーコスト、税金、賃金など国際的に見て、とても勝ち目の無い立地競争力によって、殆どが国外移転すると考えられる。今でさえ、政府に要求すべき立地競争力の強化策の議論に対して、日本の殆どの企業が、もはや冷めている。つまり、もう今の政府には多くを期待していないのだ。そんな議論をする暇があるのなら、どんどん海外に出て行けば良いというわけだ。

昔、私が小学生のときに勉強したときには、「日本は加工貿易で国を興す」と習った。石炭や鉄鉱石を輸入して、高品質の鉄鋼に加工して輸出するという産業形態である。しかし、これは、石油がタダみたいに安く、重量物を運ぶ運賃を大きなコストとして考えなくても良いという前提があった。しかし、今のように、燃料費が高騰すれば、原料も製品も重量物である鉄鋼産業は、消費地に立地する方が理にかなっている。日本市場が世界の大消費地でなくなった現在、鉄鋼業が、日本の地で、これ以上繁栄するはずが無い。

もちろん、2030年に電力需要が、今より15%減ると予測したのは、この度の東日本大震災の前である。大震災後に、今、何が、起きているだろうか? 世界中の会社が、部品表を再点検して、「Made in Japanリスク」をクリアしつつある。つまり、日本以外からの部品調達に変更しつつあるのだ。彼らが考える「Japan リスク」とは、決して地震と津波だけではない。最大のリスクは「政治家」である。どう見ても、国をまともに統治する能力が見出せないからである。従って、日本からの部品調達の回避は、東北三陸海岸、福島地区だけに留まらない。日本の全ての地区を含んでいると思ったほうが良い。

その上、福島第一原発事故の後処理費用を電気料金に上乗せしてくるとなれば、ますます日本の立地競争力は低下の一途を辿り、世界中の顧客の要請とは別に、日本企業自身の判断によって製造業の海外移転は、一層加速することは間違いない。東京電力が一時的責任を負っているのだから、損害賠償は東電が払うべきという論理は、一応、筋が通っているように見えるが、結果的に、それが電気料金に反映して、日本の立地競争力の低下に繋がっていく。そして、多くの雇用が失われ、日本政府の中では辻褄が合っている話が、世界の視点から見れば、日本を滅亡に導く愚かな政策にしか見えない。

これらを考えると、2030年の電力需要の減少は15%どころではない。下手をすれば、20-30%の低下にだってなるだろう。この電力需要の低下は、そのまま、GDPの低下に繋がると思ってよいだろう。その上、昨今の省エネ技術は素晴らしいものがある。照明用電力は従来の10分の1近くなるし、エアコン、冷蔵庫など動力系の省電力化も目覚しいものがある。そして、もっと大きな省電力の余地は、AC-DC変換ロスである。ここには、極めて大きな改善の余地が残されている。まだまだ、電力需要は減る一方である。そうなると、賠償費用の電気料金への上乗せ分の比率は、今、予想されている17%では済まなくなる。

そう考えていくと、我々が本当に心配しなければならないことは、電力不足の問題ではなくて、いかに、日本の電力需要を減らさないか。つまり、日本の立地競争力を国際水準にまで高めるかという問題になる。リーマンショック以降、世界の金融業は、もう一度、リアルな産業を活性化する血流としての役割を再認識するようになった。電力業も金融業と同じく、単独で成り立つ生業ではない。リアルな産業と、そこで必要とされる雇用を守るための電力業のあり方を議論すべきである。日本には、金融業と電力業だけが残り、製造業は一切なくなるなど、そんな社会が成立するはずがない。

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