リーマンショック後に窮地に陥った世界経済を救った中国経済が深刻な状況に陥っている。しかし、そのきっかけが何かを単純に一つの要因として追い求めることは難しい。歴史上初めて減少に転換した中国の人口問題や、長年にわたり中国経済を率いてきた不動産ビジネスの深刻な不況、トランプ前大統領が始めた中国からの輸入規制や、現政権による国有企業優先政策など多くの要因が重なっている。
「アメリカを抜くのはいつか?」と言われてきた中国経済が、深刻な衰退を見せ始めた過程を見ると、1990年以降、日本がバブル最盛期から少しずつ衰え始めた過程とよく似ていることがわかる。物価指数もコロナ禍前の2019年には5%台だったものが2021年のコロナ禍ではマイナスに、その後2022年から2023年は2%まで回復するが、2024年に入って、コロナ禍最中に起きたマイナス指数に戻っている。まさに、日本で起きたデフレ経済が中国で起き始めている。
14億人の中国の人口を支えるためには毎年約2,000万人の出生数が必要となる。1964年には3,000万人を超えていた出生数が2020年には2,000万人まで減少し、2023年には1,000万人を切って850万人にまで減少しており、適齢期を迎えた中国の多くの若者たちが結婚を望んでいないことを考えると出生数はさらに減るだろう。現在、中国政府は三人以上の子供を奨励する施策を考えているが、うまくいきそうな気配は全くない。まさに、中国は近年で初めての人口減少に陥っている。これも現在の日本の状況と全く同じで良い政策は簡単には見つからない。
結婚適齢期を迎えた中国の女性は二人だけで一緒に住む家を持つ男性を強く望んでおり、結婚を望む男性は、プロポーズする前に、まず家を購入する準備をしなければならない。こうした若者の動向を踏まえて、中国の不動産業は巨額の投資をして膨大な数のマンションを建設してきた。旺盛な住宅需要を踏まえて、中国では建設が完了する前に支払いを済ませておく必要がある。今回の不動産不況が生じる前の2023年には1.5億人分の住宅が建設仕掛かり中であり、それらが全て建設完工するには62.7ヶ月が必要と言われていた。しかし、深刻な不動産不況に陥った中国では、2019年のコロナ禍前に着工した住宅の15,000万㎡から2023年の着工予定は5,000万㎡と3分の1まで減少している。
そして、これまで中国の繁栄を一番支えてきたのは、安価な人件費に支えられた中国の製造業だった。中国経済は日用品のアメリカへの大量輸出によって大きな成長を遂げてきた。こうした状況を大きく変えたのがトランプ前大統領で中国からの輸入品に大きな関税をかけて制限をしたことだろうか。中国企業はこのトランプ政策を回避するために製造事業所を次々とメキシコに移転した。この結果、米国の輸入依存度は、2016年には中国が22%、メキシコ13%、カナダ12%、東南アジア7%だったのが、2023年にはメキシコが中国を逆転して16%、中国が14%、カナダ12%、東南アジア9%と中国が減少した分がメキシコと東南アジアが増やしている。こうした動向はトランプ前大統領の対中敵視施策がなくても、中国の人件費が高騰したことを回避するために中国企業が自らメキシコや東南アジアへ製造移転したことも影響しているのかも知れない。
こうした輸出力の低下は中国企業の時価総額にも大きく影響している。2015年に世界の企業の時価総額でアメリカ企業のシェアが37%対して中国企業のシェアが20%とアメリカの半分強。従来は、これがいつアメリカに近づくかという議論があったが、2024年には、アメリカ企業のシェアが46%と大きく増加するのに対して中国企業は10%と半減する。この結果、米中企業の時価総額の差は過去最大となったと言われている。世界の企業時価総額ランキング10位の中に、2020年にはテンセントが7位、アリババが9位にランキングしていたが、2024年には世界10位の中に中国企業は1社もいない。
時価総額世界ランキング500社を見てみると、2020年にはアメリカが206社、中国が80社入っていたのが2024年にはアメリカが236社と大幅な増加に対して、中国は35社と半分以下になった。アメリカが30社増えるのに対して中国が45社も減った。アメリカのNYダウやNASDAQが連日高値を更新しているのに対して、上海や香港の株価指数は連日下がり続けている。こうした動向に中国の富裕層もついに痺れを切らして、上海証券市場で日本のETF株が連日ストップ高となり当局により売買制限がかけれることになった。現在、東京証券取引所の株価が連日高騰しているのも、中国や香港、シンガポール、マレーシアに在住する中国系富裕層が買い支えているものと私は思っている。彼らは、従来は中国企業に注いできた投資を日本株に振り替えているのだ。
こうした中国企業の苦しみは、人材採用面でも影を落としている。中国の若年層失業率はコロナ禍前の2019年には11%だったのが、コロナ禍最中の2020年には15%まで上昇した。しかし、コロナ禍が終息したはずの2023年に中国の若年層失業率は20%にまで上昇している。この若年層失業率は大学卒のエリート層にも影響を及ぼしており、大学を卒業したけれども何もせず自宅で待機するいわゆる「ニート率」は、コロナ禍前の2019年には11%だったのが、コロナ禍の最中だった2020年には15%に上昇して、コロナ禍が収束した2023年には20%にまで上昇している。
こうした中国経済の困窮状況を踏まえて、優秀な中国人が米国や日本へ留学する人数は、以前より増加傾向にある。米国への留学生に関しては、従来から減っていないという表現の方が正しいと思われるが、中国から日本への留学生は明らかに増えている。私は、カリフォルニアに住んでいた時に、中国からアメリカに移住してきた人々の子供への教育に関しての熱量が日本人家庭の何倍も高いことをずっと見てきた。その意味で、最近、中国から子供連れで教育のために日本に移住してくる家族の教育に対する熱意も大変なものだと言われても全く驚かない。まず、日本語が話せる小学生を持つ中国人家庭は、SAPIXなど中高一貫校を受験するための人気の塾に入ってトップクラスの成績を狙うのだそうだ。彼らは日本の一流大学の合格を目指している。
しかし、よく考えてみれば小学生から日本語を堪能に話せる中国人家庭の数は極めて限られている。そうした中国の富裕層のご家庭が、日本で子育てをするにはどうしたら良いか?である。答えは、「欧米の名門校が日本で経営するインターナショナル校」である。しかも、日本のインターナショナル校の学費はニューヨークの4分の1で済むという。この日本のインターナショナル校で学べば、ニューヨーク校より安価に、そして安全で安心な学校生活を送ることができる。しかも、ここで一生懸命勉強すれば、日本を超えて世界中の名門大学を受験できることになる。こうした日本へ子供の留学させる傾向は、中国政府が格差を生じるという懸念から中国の学習塾企業の一斉閉鎖を求めたことから一層強まっているという。
そして、お金には全く心配しなくて良い中国の富裕層は、近い将来子供の教育に資するために東京都心の高級マンションを買い漁っている。東証の株価が高騰しているのと同様に東京都内の高級マンションの価格が1億円を超えたというのも中国人の購入が関係していると考えても全く不思議ではない。高額で売れている高級マンションの場所はいわゆる住宅地ではなく、インターナショナル校に通いやすい都心に位置している。中国人の行動は、日本人より遥かにグローバルである。常に、世界中を見て、一番有効な投資の仕方を考えている。その中国人から選ばれて、購入されるとすれば、日本の株式市場も日本のマンション市場も大変誇らしいことだ。それがいつまで続くのか、日本企業の経営姿勢や、日本の社会政策が中国の富裕層から問われている正念場だと思った方が良い。