465   デジタル人材難への対処法

3年も続いたコロナ禍が少し落ちついてきた中で、多くの経営者が人材の問題で悩んでいる。コロナ禍の中で、社会は大きな変化を遂げたが、この変化はコロナ禍が終息しても元に戻ることがなさそうである。こうした変化に対応するために、多くの企業は仕事のやり方や従業員の働き方を変えることを余儀なくされた。こうした社会の変化は、必要とされる人材に変化をもたらしつつある。コロナ禍の終息で先行しているアメリカでは、極端な人手不足の中で、就業人口は大きく減った状態が継続している。コロナ禍で職を失った中高年労働者が早期リタイアを決断したからだと言われているが、これは、私は必ずしも同意できないでいる。

その理由は、日本でもアメリカでも、コロナ禍で最も変化が大きかったのは「デジタル化」だったからだ。このデジタル化の進展でビジネススタイルが変化した結果、必要とされなくなった職種が多く出てきた。コロナ禍前に、こうした職種に就いていた人々は、復帰しようと考えても、その機会を失ってしまったのではないかと私は考えている。その代わりに、デジタル化を進展させるために必要なデジタル人材が多くの業種で嘱望されている。こうした変化はアメリカだけでなく、日本でも起きている。コロナ禍前に叫ばれていたDX(デジタル化)への取り組みは、日本の多くの経営者が最優先の課題と捉えている。

例えば、コロナ禍で進展したリモートワークは、日本企業の働き方を大きく変えただけでなく、経営者の考え方も変えることになった。例えば、皆で1箇所に集まってチームでワイワイガヤガヤしながら仕事を進めるという、これまでの日本的な働き方は、本当に効率が良いのか?という疑問である。例えば、リモートで全く問題がない定常的な事務作業の多くがパソコンへの入力作業だと言われている。さて、この自宅で入力するデータは、どこにあったのだろうか?実は、その多くが、パソコンが繋がっているサーバーの中にあったデータなのだ。それなら、どうしてわざわざ再入力しなくてはならないのか?

従来の仕事のやり方では、入力されたデータを一度プリント出力して、管理職の承認を得た印として印鑑を押してもらったデータが正式データとして再入力されていた。リモート作業なのに、コロナ禍の初期には承認の印鑑を貰うためにだけ出社した社員もいたという。この日本社会特有の印鑑を無くすと、もはや社員は自宅で全て作業ができるわけだが、管理職が承認したことを示す何らかのマークがデーターに付与されれば、このデータの再入力は不要な作業となる。こんな非効率な仕事が日本の企業には沢山あったはずである。私は、常々デジタル化の「D」は直接「Direct」の「D」だと言っている。

大昔は、飛行機や新幹線の切符やホテルの予約など従来旅行代理店に依頼していたことが、今や、誰でもスマホで直接できる時代になった。こうした「仲介」が要らなくなって「直接:Direct」に仕事ができることを「デジタル化」と言える。こうした「D:直接」が増えてくると、当然、これまで多くの方がしてきた仕事、特に定型業務と言われる仕事は一気に失われる。このため、こうした仕事をしてきた従業員を新たな仕事へ転換するためのスキル教育(リスキリング)の重要性が叫ばれている。特にアメリカでは、今回のコロナ禍で一気に仕事のやり方が変わったため特にデジタル分野では人手が足りないと言っている一方で多くの従業員が解雇されている。終身雇用の日本でも非正規雇用の従業員は、解雇の対象になる可能性がある。

日本の経営者も、欧米の企業に対して競争力を強化するため、デジタル化(DX)への取り組み姿勢は極めて高くなっている。しかし、DXを成功に導く高度なデジタル人材は、これまでデジタル技術には疎かった社員をリスキリング教育しても即効的に育成するのは難しい。そこで、各社とも一斉にキャリア採用によるデジタル人材の戦力強化に乗り出した。しかし、各社ともに熾烈な獲得競争に乗り出している中で高度デジタル人材の採用は極めて難しい。むしろ、今、抱えているデジタル人材の中で仕事が出来る人材から退職していくのを、どう止めるかという対策に躍起になっている。

私がシリコンバレーへ転勤になったのが、今から25年前。その時に経営者として経験したことが、今、日本でようやく起きはじめたと感じている。今の、日本の若者は、生涯、一つの企業に定年まで勤めようと思っていないのだろう。むしろ、その若者が中高年になった時に定年という制度があるかどうかもわからない。今後の日本の年金制度を考えると、定年など言ってはいられなく、かなりの高齢まで働かなくてはならないだろう。むしろ、問題は、そうした高齢まで働くことを認められるスキルを持っているかどうか?である。今の若者は、そうした将来のことまで考えている。今の職場に居て、どのようなスキルを学び続けられるか?に関心があるはずだ。人に優しい「ゆるい職場」や、そこそこの給料をもらえる「美味しい職場」だけで彼らは決して満足はしない。

25年前のシリコンバレーの経営者は従業員への教育など全く関心がなかった。そうした環境の中で、私の会社では従業員へのスキル教育をすることで退職率を大きく下げることができた。しかし、10年前の2012年にシリコンバレーを訪れた時には、驚いたことに、各社とも従業員へのリスキリングを熱心に行い始めていた。2012年はAIが本当の意味で実用化を迎えた「AI元年」である。もちろん、アメリカのことだから就業時間中とか社内で行う教育ではない。会社が有能な社員にオンライン講座のライセンス番号を渡して、彼らは自宅で好きな時間に勉強する。その教材を作成したのは世界で一流と言われているスタンフォード大学やUCバークレーの教授たちだった。

AIは、これから働く人たちにとって大きな脅威となる。一方、経営者にとっては、AIをうまく使えるかどうかが企業競争力を強化できるかどうかの鍵となる。私は、単にプログラムが書けるというデジタル人材だけでなく、多くの人々がAIの仕組みや利点を学ぶべきだと思っている。現在、デジタル人材の獲得や維持に悩んでいる経営者に申し上げたいのは、このAIを使いこなす高度な人材を何人か高給で雇い、その人たちと現在の従業員の中で、AIに興味を持っている人たちを組ませて新たなチームを作るべきだと思う。そして、今、行なっている業務が、どこまで最小限度の人手で実行可能か徹底的に洗ってみるべきだ。

こうしたデジタル時代には、過去の経験や実績はあまり役に立たない。年齢に関係なく、やる気があって仕事が出来る人を、今の日本の人事制度では考えにくいほどの高位の職位で、かつ高給で処遇するべきだろう。もちろん、仕事の結果が期待にそぐわない場合は、降格、減給も厳しく行うべきだろう。将来を睨んで頑張ろうという若い人たちは、曖昧で緩い職場よりも、そうした厳格な職場を望んでいるのではないか? 高度なデジタル人材を獲得したいと考えている経営者は、自らも直接面接して採用するくらいの気概も必要だろう。さらに、彼らは高い職位と報酬だけを望んでいるのではないことにも留意する必要がある。

一生同じ会社に勤め続けるものではないと考えている彼らは、職位や報酬だけでなく仕事を通して、どれだけキャリアアップに繋がるのか?あるいは、会社が彼らに対して、新たな能力を磨くためのリスキリング・メニューを与えてくれるのか?という点に大きな関心を持っている。これまで社員の教育に殆ど投資してこなかった欧米企業が、現在、非常に多彩なリスキリング・メニューを設定しているメリットを経営者が一番大きなメリットを「会社に対するロイヤリティの高揚」と考えているようだ。つまり、こうした感謝の気持ちで仕事に大きな好影響を与える「愛社精神」を育むことが出来れば離職率は下がるというわけである。

日立や富士通がジョブ制を導入し、年齢や職位に関係なく高度な仕事をする社員に高い報酬を支払う人事制度へ移行させつつあるのは、二つの理由がある。まず、第一はグローバル企業として全世界の従業員を公平に処遇するためには、ジョブ制を採用することが必須だと考えているからだ。そして、第二の理由の方がもっと重要である。能力に関係なく勤続年数が長くなれば給与が昇給していくという日本的な人事制度では、高い能力を持つ社員が、どんどん離職していくからだ。現在の日本におけるIT関連企業は、この高い離職率で悩んできた。

若くて有能な社員が次々と辞めていけば、企業は衰退する一方である。しかし、ジョブ制にすれば、これまでの人事制度の中で高い地位に就いてきた幹部社員は大変な目に合う。現在、ジョブ制を導入しつつある企業は、入社してから新しい技術に対して大して勉強もしてこなかった社員は、もう辞めてもらっても結構だと考えている。日本が再び世界に挑戦していくためには、やはり一人一人の社員の能力向上に期待するしかないからだ。

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