46 韓国の電子政府は、なぜ世界一になれたのか

昨日、三日間に及ぶ韓国の電子政府、電子自治体の視察から帰国した。韓国国会、韓国大法院(最高裁)、ソウル市江南区役所、延世大学図書館、延世大学付属セベランス病院、仁川国際空港、情報化村(ネイラン村)など、ITを駆使した多数の実例を見せて頂いた。いずれも、日本では、いろいろなITベンダーやコンサルタントが、「将来の電子政府、電子自治体は、このようになります」と見せてくれるショールームのデモンストレーションが、韓国では既に、実用に供している。国連が韓国の電子政府、電子自治体を世界一と認定したことも、全く、異論がない。日本が、このレベルに到達するのには、あと何年かかるだろうか? そして、韓国も日々進歩を遂げているので、ひょっとすると日本は永久に韓国のレベルには追い付けないかも知れない。

なぜ、韓国は、電子政府、電子自治体で、そこまでの進歩を遂げられたのか? そこが、今回の私の視察の大きな目的であった。その答えは、最初に訪れた韓国国会内にある知識経済委員会で、金委員長にお会いして直ぐに得られることになった。金先生は金大中政権では、経済産業大臣を務められた方である。「どうして、韓国は世界一のIT利活用先進国になったんでしょう?」という私の質問に対して、金先生は、即座に、「経済危機と民主化と、情報革命(インターネット)が同時に起きたからでしょうね」と答えられた。金先生は、そこでは、それ以上の説明はなされなかったが、その後で、このご発言の意味の深さを知ることになる。そう考えると、今の、日本は「東日本大震災と政権交代と情報革命(クラウド)」という3点セットがあるのだから、本来は、この機会に大きく変革出来たはずだった。しかるに、今の日本の政治が戦国時代同様に民を忘れて権力闘争に明け暮れているのは本当に残念だ。

まず、1997年に起きたアジア通貨危機の煽りを受けて、韓国国債はデフォルトの危機に瀕した。3年後の日本に起きるかも知れない危機である。多くの銀行が倒産、大多数の中小企業も倒産。大企業はリストラと合併によって辛くも難を逃れるが街中に失業者が溢れ、朝鮮戦争でも見られなかった大量の路上生活者が街を占拠した。国を愛する人々は、僅かな手持ちの宝石や貴金属も国の為にと供出をした。そうした悲惨な出来事が、つい15年ほど前の、お隣の韓国で起きたのだ。

一方、翌年の1998年には、朴正煕政権から、全斗煥、盧泰愚大統領まで続いた軍事政権から、民主化運動の嵐が起きて、金大中政権が成立する。この、金大中、盧武鉉の両政権の合計10年間の間に、今日の世界一と言われるIT利活用先進国の基礎が築かれた。この話を聞いて意外だったのは、私は、この両大統領は、親北政権として北朝鮮に対して融和を図る太陽政策を行ったが、経済的には無能で、だから、この時期を「韓国の失われた10年」と呼ぶのだと、日本のメディアから教えられて来たからだ。この考え方は、日本のメディアが、韓国の4大メディアの論調を、そのまま引き継いだもので、必ずしもフェアではないと言う。いずれにしても、李明博大統領は、この先代の両大統領が残したIT利活用先進国という遺産をそのまま引き継いだことになる。

そして、丁度、時を同じくしてアメリカ発のインターネットが世界中に情報革命をもたらした。韓国が幸運だったのは、この時期から政府や自治体のIT化を本格的に始めることになったからだ。つまり、重厚長大なメインフレームの時代を完全にスキップすることが出来た。だから、ITに関する物の考え方が最初から日本とは違う。オープンな世界で、世の中にある物は何でも使うという考え方が最初から浸透しているのでコスト意識が日本とは全く違う。そして、まず金大中大統領の最大の功績は、当時としては破格の30億円もの大金を使ってアンダーセンコンサルティングから、政府のIT調達に関する基本的な手法を学んだのだ。要件定義書の書き方、プログラム開発手法、中央と地方の共通データ交換仕様など、今日の電子政府、電子自治体を形づくる基礎が、これによって出来た。つまり、韓国では、最初から、地方自治体のITシステムの要件が自治体毎にバラバラにならないよう中央政府によって定められていたのである。

これを徹底したのが、盧武鉉大統領であった。弁護士出身ではあるが、ITオタクでもあった盧武鉉大統領は、次々と電子政府、電子自治体の基礎を作り上げて行く。ここで、韓国の立法、政策に関して、日本と異なる特徴に触れざるを得ない。一つは、立法、政策には、これに主として関わった人物の名前が刻印されることである。立派な法律や政策を作った政治家や官僚は、死後も、その功績を称賛されるが、その反対に国民を苦しめる悪法を作った人々は、国民から墓を掘り返してまで鞭を打たれると言うわけだ。この緊張感は相当なものだろう。もう一つは、立法や政策立案に関して、必ずベンチマークテストを求められることだと言う。そのベンチマークの最大の相手は、もちろん日本である。例えば、仁川国際空港は日本の関西国際空港をベンチマークして作られた。だから、関西国際空港が犯した大失敗である、海上を埋め立てて空港を作ると言う考え方は、最初から避けられた。地盤沈下で何十年も巨額の費用がかかるからである。その為、仁川国際空港は、島と島の間の岩盤を島を削った岩盤で埋め合わせるという、絶対に地盤沈下が起きない工法で作られた。

現在、韓国で動いている電子政府、電子自治体の基本的な考え方は、殆どが日本からもたらされている。ご承知のように、韓国は、良い意味で、日本に対して猛烈な競争心を持っていて、日本には絶対に負けたくないという考え方がある。だから、日本で、ある種の実証実験が行われると、韓国では、「日本が既に始めた」として、着手するのだそうだ。そして、日本の実証実験の費用と同額の費用で全国規模で実用化してしまう。まさに、ここがオープンシステムの強さである。しかし、ご本尊の日本は、実証実験だけで終了し、実用化はいずれ、予算が付いてから考えましょうということになる。この差が、10年も積もった結果が、今日の日本と韓国の差になったと思えば良い。今なら、日本だって、最新のクラウドシステムを使えば、韓国と同じように安価な費用で実現出来るようになった。

今回の視察で、感じたことは、高度なITを駆使した電子政府、電子自治体では、単に公務員の生産性があがるというだけでなく、国民、市民が得る利便性の向上は計り知れない。むしろ、行政サービスを受ける国民、市民の側の生産性が極めて高くなる。それと、江南区役所の窓口で感じたことは、ITを駆使しているからこそ、窓口職員に余裕が生まれて、住民に優しく親切なサービスができることだ。そして、一人一人が共通番号で管理されているので、公平な住民サービスが可能となる。制度を知っているものだけが、サービスを享受出来るという不公平さもない。また、十分な所得を得ながら、貧乏な人達と同じく、手当金を受けるというようなモラルに反した利得が発生することもない。これから、今回の韓国視察で見せて頂いた、いくつかの事例を説明したい。もはや、日本も待ったなしである。良いことを学ぶのに、何の躊躇も必要ない。

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