今年の春、COVID-19禍が深刻になりだして以降、講演の依頼はさっぱりなくなった。昨年までは月に3回ほど日本全国各地から講演要請を頂いたが、その中で最も要望が大きかったテーマは「人手不足」である。確かに、日本は、少子高齢化が進む中で生産年齢人口が減り、深刻な人手不足が顕著になっていた。そこで、いつも私がお話させて頂いていた内容は、まずは日本とアメリカの労働生産性比較である。日本人の誰もが「勤勉な日本人はアメリカ人より、よく働くはずだ」と思いこんでいる。確かに日本人は真面目だし、労働時間も長い、だからアメリカ人より働いているという論理である。
しかし、いくら真面目に長時間働いたからといって、成果が出なければ働いたことにはならいし、利益を出さなければ賃金も増えない。日本の各業種別に調べてみると、アメリカに匹敵する労働生産性を発揮しているのは建築・土木だけである。確かに、一昔前の都心のビル建設現場には多くの外国人労働者が現場に張り付いていた。ところが、今はどうだろう。地下の基礎工事を終えて地上に姿を現したビルは、殆ど人影も見えないまま、毎日、すくすくと高さを伸ばしていく。きっと、想像を超える合理化と自動化が進展したのであろう。
そして、金融・製造分野での労働生産性は、アメリカのほぼ半分である。サービス業では、アメリカの3分の一、そしてIT分野の労働生産性は何とアメリカの5分の一にしか過ぎない。これは日本人がアメリカ人に比べて能力が劣っているとか、働いていないとかいうことでは決してない。要因は、いくつかあるが、一つは、やらなくても良い仕事をしているということだ。これは働き方改革で是正されるはずだが、無駄な管理階層を多く作って組織を複雑化させ、「人を管理する管理職」を作ってしまったことが大きな失敗である。
アメリカでも管理職(=マネージャー)は居るが、人を管理する業務ではなくてプロジェクトを管理するマネージャーである。だから、部下を持たないマネージャーが多数存在する。こうしたマネージャー達が協業して、決められたプロジェクトを納期通り、コスト管理された状態で実現していくために共同作業を行っていく。ところが日本ではどうだろう?例えば、課長が承認しても部長が決済しなければ事が進まない。各階層の管理職を説得するために何度も会議が開かれて無駄な時間が、どんどん過ぎていく。
もう一つは、ITの活用方法である。日本では「ヒト」では出来ないことをITにやらせる、逆に言えば「ヒト」で出来ることは「ヒト」にやらせればよいので、ITを導入する必要は無いという考え方が浸透している。一方、欧米では、とにかく離職率が高いので、「ヒト」に依存することは事業継続性から見て大きなリスクであるという考え方だ。従って、「ヒト」で行うより多少効率が悪くてもITで行う方が、リスクが軽減されると考える。こうした異なる考え方で長年進んでいけば、その両者には驚くほどの生産性の違いが表れてくる。IT分野のコンサルタント業界で、よく話題に上るのが、AIを使って問題解決の要請を受けて話を聞いてみると、実はAIなど全く使わないで、現行のIT技術で解決できる話が70%以上だというのである。
それで、深刻な人手不足に悩んでおられる経営者の方々に、私が、いつもお話させて頂くのは「皆様が、もっとAIやIoTを含むIT技術を各分野に導入されたら、今の人手不足は一転して余剰人材を抱えることになります。その時、長年尽くしてくれた仲間を解雇するのですか? そうならないように、新たな仕事のやり方に対応できるよう、今から人材教育することが経営者の責任です」と申し上げている。もちろん、今の仕事のやり方で、それが全てAIやIoTで合理化できるとは思われない。今の仕事のやり方、そのものが本当に正しいのか、そのビジネス・プロセスを抜本的に改革する必要がある。もっと、有り体に言えば、世界中で多くの企業が導入済みのパッケージに合わせて、今の仕事のやり方を変えていくという考え方もある。
但し、これには社内の反対も多いに違いない。透明性が高く、効率的なビジネス・プロセスを導入すれば、必要が無くなる立場の人やポジションが沢山出てくるからだ。こうしたビジネス革命が、今回のCOVID-19禍で起きようとしている。狭い会議室に皆で集まって何度も長時間会議をするようなことは、暫くは許されない。オンライン会議は従来の仕事のやり方を大きく変えるだろう。実際のリアルな会議に比べて、オンライン会議は上下関係の意識が希薄となる。皆が対等に参加している感じはきっと議論の活性化をもたらすだろう。そこではバーチャルであるがゆえにフラットな組織を感じさせる。いや、そうでなければ、むしろオンライン会議などやらない方が良い。
もう一つ人手不足から労働力余剰になる要因が、COVID-19禍が生み出すかも知れない大量の失業者である。このCOVID-19禍で、倒産や事業規模縮小に追い込まれるのは中小企業だけではない。就職戦線で皆が憧れていた一流大企業も、こうした悲劇に巻き込まれる可能性は高い。近年、転職市場が活況を呈しているので、ここに経験豊かで優秀な人材がドッと流れ込むだろう。逆に、優秀な人材の採用に悩んでいた新興企業には絶好のチャンスである。企業の新陳代謝が活性化することは、日本の経済成長を促進させることにもなるに違いない。
COVID-19禍による、労働市場へのさらなるインパクトとして、外国人労働者の問題がある。検疫による規制によって日本に入国できない膨大な数の外国人労働者が発生している。これまで移民を積極的には受け入れてこなかった日本も未曾有の人手不足から外国人労働者の積極的な受け入れに舵を切ったわけだが、国内に大量の失業者が出てきた場合に、これまでどおり外国人労働者を積極的に受け入れるべきかどうかについては難しい議論が出てきそうだ。一方で、外国人労働者側も、日本での待遇問題が中国やドイツに比べて必ずしも良くないことで不満を持ってきたことも相まって、一気に、「もう日本へ行くのはやめよう」という機運になるかも知れない。ここは、ぜひ、日本の長期的な持続性を含めて、よく考えるべきだろう。
この度のCOVID-19禍で、労働市場における、さらなる問題が浮かび上がってきた。テレワークやオンライン会議は、これまでのビジネス・プロセスを大きく変革し、AIやIoTという次世代のITテクノロジーの導入を容易にする基盤形成を促進する。この結果、少なくとも定型業務を行っているホワイトカラーの職は大幅に減少する。一方で、例えば看護、介護、保育といった、テレワークでは出来ないエッセンシャルワークの重要性は益々高まり、これまで外国人労働者で充当しようとしていた考え方に変化が起きる可能性も出てくる。
労働市場統計は求人倍率、失業率で示されるが、実際には職の中身でミスマッチが起きる可能性は高い。特に、農業や水産業など食に関わるエッセンシャルワーカーの賃金水準については、国民全体で、よく考えた方が良い。技能実習生という、日本が世界から非難されている外国人の低賃金労働制度で凌げる時間は、もうそう長くはない。そして、分断された世界、気候変動などを考慮すれば、食の安全保障という課題は、もはや遠い未来の話ではないからだ。