世界で1強と言われていたアメリカが、こんなことになるなど一体誰が想像しただろうか? 20年前、シリコンバレーに3年間駐在した私は、これまで、アメリカの絶対的信奉者だった。ビジネスで迷うことがあれば、アメリカを見習えば、まず間違いないと信じていた。アメリカは常に日本の3年先を進んでいる。スーパーのダイエー、ショッピング・モールのイオン、コンビニエンス・ストアのセブンイレブン、それぞれの業態で成功した創業者達は、皆、アメリカを訪問して見習った。
今回、大騒ぎになっている黒人に対する警察官の残虐な行為は、これまでアメリカでは日常茶飯事に起きていた。それを、ここまで大々的な抗議に発展させたのは、未だ、アメリカ人にも良心が残っていたことの証左として、私は少し安堵した。罪もない黒人を尋問して逮捕するのは、アメリカの警察官にとっては、白人住民からの付託に対して忠実に応えた職務だと思っていたからだ。
日本では誰にでも与えられている投票権がアメリカでは、つい最近まで黒人には与えられない時代が続いた。その黒人の投票権登録を合法的に妨げることができるのが言われなき逮捕、起訴、勾留である。アメリカの白人は、年々増える黒人を含む有色人種の拡大が投票結果に反映されることを恐れている。今、黒人に対して行われている警察の非合法行為は、いずれ、ヒスパニックやアジア系にまで拡大する恐れがあった。
それでも150年以上続いてきた黒人差別にスポットライトが浴びたのはCOVID-19禍の影響が大きい。アメリカの総人口は3億人、そのうち労働者が1.5億人。フリーランスが5,000万人と言われているので給与生活者は1億人である。今回のCOVID-19禍で起きた失業保険申請が2,400万件ということなので、失業率はほぼ25%ということになる。フリーランスで仕事を失った人を含めれば、失業率は、さらに大きな数字になる。
こうした人々の多くが低所得者で、収入を失って、クレジットカードのリボ払いが出来ないでいる。そのため、アメリカで発行されている多くのクレジットカードの限度額が、今、大幅に減らされている。アメリカにおける多くの低所得者は、手元に現金を持たないばかりか銀行預金すら持っていない。彼らは毎日クレジットカードで生活をしている。そのクレジットカードが事実上使えない事態が、今、起きている。そうした人々は決して黒人ばかりではない。彼らは、今回のCOVID-19禍で、自分達も黒人同様にアメリカの二級市民としてしか生きられないと黒人に共感を持ったのかも知れない。
そして、アメリカの一般市民が、これだけ苦しんでいるのに、株価は上昇を続けている。1929年の大恐慌の時のアメリカでも経済活動が停滞している中で株価だけは上がり続けたのと同じ状況だ。現在も、全ての製造業が停滞している中で、アメリカ経済が活況を呈している源泉は、生産活動とは無縁な不動産や株式と言った資産バブルである。だから資産を持つものは益々豊かになり、持たざるものはいくら働いても益々貧しくなる。そして格差は益々拡がるばかりである。
今回のように、経済的格差による分断と人種的差別による分断が一致を見た時に、これまで見られなかったような大きなパワーとなる。トランプ大統領は、これまで経済的格差で虐げられてきた白人と人種的差別で苦しめられてきた黒人を対立軸に置いて、巧みに両者の憎悪を煽ってきた。今や、その政策が破綻をきたしつつある。民主党は共和党を白人至上主義者集団と非難し、共和党は民主党を社会主義者集団と罵っている。しかし、よく考えてみれば、白人労働者階級を貧しくしたのは黒人労働者に職を奪われたせいではない。
今回の民主党大統領候補の予備選でサンダース上院議員は社会主義者と言われながらも最後まで善戦した。彼が、もう少し若かったらバイデン元副大統領に勝っていたかも知れない。今の、アメリカの若者には、もはやアメリカンドリームを見ることが出来ない。アメリカの上位ランクの大学の年間授業料は8万ドルにも達している。そして、彼らが就職後10年経った時の平均給与が年間8万ドルには届かない。もし、学生ローンを組んでいたら確実に自己破産するしか道はない。
一方で、富裕層でも資産が100億円以下だったら相続税は免除され、そのまま子孫に受け継がれる。富裕層は英国貴族のように何代にも渡って富裕層であり続け、貧困層は一生懸命勉強して良い大学へ入学できても学生ローンを組んだら自己破産するしか道はない。経済的格差が本人の努力を超えて何世代にも引き継がれるような国になったアメリカで社会主義者が生まれてもおかしくはない。
世界で最も豊かな国、世界で最も技術革新が進んでいる国、世界で最も社会インフラが整っている国であるアメリカで、COVID-19は世界最大数の感染者、世界最大数の死者を出すに至らしめた。COVID-19は、本当の意味で幸せな国とは、GDPが巨額で、技術革新が進んでいて、社会インフラが整備されている国ではないということを私たちに知らしめた。
翻って、これを日本に置き換えて見れば、東京は本当に日本で一番住みやすい所なのか? 東京都心まで満員電車で朝晩通勤するのは本当に安全なのか? また、3密エレベーターで往来する高層タワーマンションは果たして安全で憧れの住まいと言えるのか? COVID-19禍は、これまでの、あらゆる価値観を変えていくかも知れない。