425   ポスト・コロナ時代に向けて (5)

今回の緊急事態宣言を受けて、いわゆる「テレワーク」が大きく進展した。しかし、都心の大企業に勤めるホワイトカラーの間で「テレワーク」は浸透したものの、介護・医療・警察・消防といったエッセンシャル・ジョブ(社会にとって必要不可欠な職業)に携わる人々に「テレワーク」は全く無縁の働き方である。こうしたエッセンシャル・ワーカーの方々にとってみれば、「テレワーク」で仕事ができることは本当に羨ましい限りに違いない。

ところが、ポスト・コロナ時代で起きるかも知れない「新常態」のもとで考えてみると、今、テレワークで仕事をしている人々を、必ずしも羨ましい思う必要はないのかも知れない。それは、この「テレワーク」を経営者の視点からみると明らかになる。私が親しくしている、ある大企業の経営TOPは「テレワーク」中のオフィスに行って見て驚いたと言う。「オフィスには、見事に誰一人として出勤していない。それにも関わらず会社は平常通りに動いている。一体、今までは何をしていたのか?」と言う驚きである。

そして、次々と疑問が湧いてきた。「都心の真ん中に高い賃料を払って広いオフィスを構えている意味はあるのだろうか?」とか「会社に来なくても仕事ができるのなら、例えば、定型業務は社員にやらせなくてもアウトソーシングできるのではないか?」と思えてくる。実際、欧米の大企業は人事・経理・総務といった管理業務を自社内に持たずにアウトソーシングするのは常識である。日本の経営者も知識としては理解していても「実際に、そんなことが出来るのか?」と、これまでは信じられなかった。しかし、彼らは、今、無人のオフィスのまま会社が滞りなく動いているのを目の当たりにした。

昨日、NHKのTVを見ていたら日本電産の永守会長が「テレワーク」について語っていた。永守さんは、これまで「テレワーク」などチャラい話だと、全く信用していなかったそうだ。それでも、社員の命を守ることは事業継続を考える上で必須のことだと、渋々「テレワーク」を認めた。それまで、永守さんの信条は「会社に長く居て、人の倍の時間を働くことが大事」と考えていた。永守さん自身、年間300日も働いている。海外に100日、国内の顧客回りに100日。京都の本社で過ごすのが100日。だから取締役会を含む社内会議は全て土日である。とにかく、モーレツ経営者だ。

その永守さんを驚かせたのは「テレワーク」で競合他社を出し抜いて、次々と新規取引先を獲得しシェアを拡大した社員の存在だった。出来ない理由を考えるのではなくて、出来る方法を考える。「テレワーク」勤務で顧客先を直接訪問できない状況は他社も含めて皆同じである。その中で、その社員は、Web会議を駆使して顧客との会話を実現させた。永守さんが感銘を受けたのは、そうした社員の努力が、リモートワークである以上、上司からは全く見えなかったことだ。

永守さん曰く「これまでの日本電産は、真面目にコツコツと長時間働き、指示されたことを忠実にこなす社員に高い人事評価を与えていた。これは間違っていた。これからはプロセスではなくて結果重視で報酬を決めていく。会社に居ようと、自宅で「テレワーク」をしようと全く関係ない」。ありがたくも聞こえるが、大変厳しい話である。「ポスト・コロナ時代は、少数の強者だけが生き残り、企業間の競争は、今よりもっと過酷になる」と永守さんは、最後に締めくくった。

今ほど、「テレワーク」が普及した時代は、これまでにない。この結果、いろいろなことが見えてきた。その内の一つが、「働かない中高年」の炙り出しである。会議に参加しても、何も発言しない。それはまだ良い方で、参加の仕方がわからない人も少なくない。皆が、Web会議で揃っていて、自分が欠席していることがグループ全員に知れていることも理解できない。

そして、会議中、無言で睨みを効かせるなんていう前近代的な手法は、もはや通用しない。しかも、会議は録画もできて、議事録も自動作成できるので、ハラスメント的な発言は一切許されない。「テレワーク」では、これまでの日本の職場風土が一変する。

そうは言っても、社内で同じグループで仕事をするのであれば、お互いに、近距離で直接話し合う方が建設的な議論ができる可能性は高い。本来の「テレワーク」の利便性は、社内というより社外との情報交換ではないだろうか? これまでは、「直接、お伺いして、お話しないのは失礼」という懸念から、お互いのスケジュールを調整して、遠路はるばる移動するという儀礼が尊ばれた。この習慣を「テレワーク」で済まそうという意識が、お互いに高まれば、生産性は大きく向上する。どちらにも便利である。

もとより日本は、欧米に比べて、製造現場の生産性は高いが、オフィスの生産性が低いと言われてきた。特に、アメリカと比べて製造業の生産性はほぼ同等であるがサービス業の生産性は極めて低い。要は、日本では無駄な仕事をしているわけだ。国土が日本の20倍もあるアメリカで、日本と同じように律儀に移動していたら商売は成り立たない。

さて、「テレワーク」は生産性の向上という点で、今の日本の深刻な人手不足の大きな解決策になるだろう。また、「仕事をしているふりをしている人」を炙り出す効果によって、本当に必要な人に高いインセンティブを与えることができる。ポスト・コロナ時代のホワイトカラーは、もはや、現場で毎日、汗をかいて働いているエッセンシャル・ワーカーから羨ましがられる存在ではいられない。

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