411    日本の深刻な人手不足 (1)

最近、私が一番多く要請を受ける講演のテーマは「AIとIoTによる働き方改革」で、お願いされる一番の理由は「深刻な人手不足」である。特に、中小企業の経営者が悩んでおられて、「人手不足」のために事業を譲渡したり清算されたりせざるを得ない状況まで追い込まれている。そこまでは、いかなくても中小企業の経営者にとっては新卒の大学生の採用など夢の彼方の話となっている。一方で、新卒の大学生たちは、かつてない売り手市場で、就職氷河期の時代からは想像もできないような我が世の春を謳歌している。

こうした日本の人手不足は、世界でも稀に見るほどのテンポで加速している少子高齢化から生じているわけだが、少子高齢化による若者の減少は決して日本だけでなく欧州でも以前から進んでおり、この対策として移民の導入が進展してきたという歴史がある。しかし、今、欧州で起きていることは、若者の高い失業率で、このことから移民排斥運動が欧州全体を覆う要因となった。しかも、欧州では大学卒の若者の失業率が大学に進学していない若者の2倍以上あるという。つまり、欧州では高学歴者ほど職を見つけることが困難な状況となっている。日本では考えられない、正に真逆のことが起きている。

欧州と同じことは、韓国でも起きている。70%以上という世界一の大学進学率を誇る韓国では、大学卒の若者の失業率は政権を脅かすほどの深刻な状況にまで達している。両親が教育熱心な韓国では、子供達は親の期待を受けて一心不乱に勉強する。だから、親も子も、大学を卒業したら、その学歴に相応しい職業に就きたいと思うのは仕方ない。しかし、韓国だけでなく、世界のどこの国でも大学卒に相応しい仕事は、実は、それほど多くはない。アメリカでも、大学卒の若者が大学卒に相応しい仕事に従事できているのは半分以下だという。

それでは、なぜ日本だけ、新卒の大学生が、これほどチヤホヤされる、世界的に見れば異常な状況になっているのだろうか? それこそが、日本が抱える深刻な人手不足の原因の一つになっているのではないかと私は考えている。実はOECD加盟の先進国で、ITの普及率が一番高いのが韓国で、一番低いのが日本である。労働生産性においても、日本は、アメリカとの比較においても、例えば製造業・金融業で半分以下、サービス業では3分の1となっている。これも、殆どの場合において、IT活用の差が原因だと言っても過言ではない。

IT業界の仲間との会話の中で、「やっぱり、そうか」と頷く話がいくつかある。例えば、人手不足で悩む経営者から「AI(人工知能)を使って人手不足の問題を解決してほしい」と要請されて訪問し、詳細な事情を伺うと、その半分以上はAI(人工知能)など全く使わないで、従来のIT技術で解決してしまうらしい。それでは、なぜ、そんなに簡単に人手を要らなくしてしまうようなIT投資が、これまで日本で行われてこなかったのかという疑問である。それこそが、日本特有の終身雇用という人事制度ではないかと思われる。

日本の経営者は、終身雇用という壁に阻まれて、人手を介さなくても仕事ができるITシステムの導入を避けてきた。その結果として、現在の深刻な人手不足を招いたと言っても過言ではない。例えば、日本の経営者たちは、ITシステムの導入条件として、従来、人手で行ってきた時に比べて130%以上の効率化が計られないとダメだと言ってきた。業務の効率性が、人手で行なってきた時と同じならば、ITシステムの導入は意味がないというわけである。ならば、ITシステムを使わないで人手で行えばよいというわけだ。終身雇用制度のために、ITシステムの導入で余った人員を簡単に解雇できない日本では、ITシステム導入には、「圧倒的な業務効率向上」という大義名分が必要だった。

一方、一般的に離職率が高い欧米では、従業員はいつ辞めるかわからないので、人手で行うということ自体が事業継続に対して大きなリスクとなる。ある日、突然、担当に辞められたら、大事な事業の継続に支障をきたすので、仕事の人依存性をできる限りなく少なくする。つまり、ITシステムは、仮に、人手で行なっている時に比べて70-80%と効率が落ちたとしても、欧米の経営者は積極的に導入する。人手は少ない方ほど事業継続リスクが少ないというわけである。その結果として、欧米の労働生産性は日本に比べて著しく高くなった。

そうだとすれば、現在の日本の深刻な人手不足の状況こそが、日本の労働生産性を向上させる千載一遇のチャンスになるはずだ。私の講演を聞きに来られている経営者の方々には、「こんな売り手市場の中で、無理をしてレベルの低い新卒まで採用することなど考えたらダメですよ。それは、将来に禍根を残します。それよりも、今まで会社に尽くしてくれた従業員と一緒に効率化を考えて、彼らにより高い給料が払えるようにしましょう」と言っている。

最近、日本を代表するメガバンクが、それぞれ1万人規模の人員削減を行うと発表し、今後の大学新卒採用人数も従来比半減させている。確かに、今、金融機関は日本だけでなく世界中で大変な環境に置かれている。それでも、日本のメガバンクの経営状況は、まだまだ磐石である。それなのに、これだけ大量の人員を減らすのは、単に人が要らなくなったからである。それは、最近流行りの人工知能のせいではなく、欧米では10年ほど前から普及しているRPA(ソフトウエア・ロボット)を導入したら、事務作業が中心のバックオフィスで人が要らなくなったからだ。

つまり、メガバンクは日本企業が、これから進むべき道を先行していると思った方が良い。特にRPAは定型的なパソコンによる事務作業の半分近くを無人化できる。考えてみてほしい、どの会社に行っても、オフィスの景色は全く同じである。机の上にパソコンが置かれていて、各人、画面とにらめっこして朝から晩まで黙々と作業を行なっている。隣の人ともメールでやりとりし、お互いに会話もしない。これなら、毎日、長時間、満員電車に乗って会社のオフィスまで行く必要もなく自宅で仕事をすれば良い。

そこから、テレワークという発想が生まれてきた。しかし、どうだろう、メガバンクが証明しているように、パソコンを用いたオフィスの事務作業の殆どがRPAによって無人化されてしまうのであれば「テレワーク」という仕事も消滅してしまう。そもそも、人手不足は、なぜ起きているのか? 業績とは無縁の無駄な仕事をしていないだろうか? あるいは、RPAで出来るような単純作業を、あえて人間に行わせていないだろうか? 本当に、よく考えた方が良い。

RPAは、とても人工知能と呼べる存在ではないが、今後、本格的な人工知能が普及する時代では、もっと人間でしか出来ないことが注目される。人工知能が普及すれば、単に知識を習得するだけの大学教育は全く無意味なことになり、ボーッと4年間を過ごした日本の大学生には過酷な将来が待っている。勉強するということは、多くの知識を習得することではなくて、頭に汗をかいて懸命に考える(Critical Thinking)ことだと思った方が良い。それは、ひょっとして解のない問題かも知れない。だからこそ、人工知能では出来ないのだ。

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