409  ノートルダム大聖堂火災の衝撃

朝早くのニュース速報でノートルダム大聖堂が燃えている映像を見て飛び起きた。一瞬、ニューヨークの同時テロを想起したが、直感的に「これは違う」と思った。パリはフランスの首都だけでなく、ヨーロッパの首都である。そのパリの象徴ともいえるノートルダム大聖堂が燃えさかっている映像ほどショックなものはない。建造されてから800年の間に、これまで何度も修理や改修が行われてきただろうに。そして、素材も技術も安全策も当初とは比較にならないほど大きく進歩しただろうに。どうして、こんなことが起きてしまったのか本当に残念というしかない。

やはり、フランスが劣化したのだろうか?というより、ヨーロッパ全体が劣化しているのだろう。日本から見ると、なぜ英国がEUから脱退するという破滅的な選択をしたのかよく理解できないが、英国民から見ればEUから出るも地獄だが、EUに留まるも地獄という感覚で、いつまでも決めきれないのかも知れない。今から、40年程前の30代前半に会社の命でドイツ、フランス、オランダ、英国と1週間回ったときに得た感覚では、ヨーロッパは、美しく、清潔で、豊かで、まさに「この世の楽園」ではないかと思ったりした。

それでいて、ヨーロッパの街では、夜間や休日には飲食店以外の店は閉まっており、人々はあくせく働いている風でもなく、こんなに、ゆとりある生活で、どうして、かくも豊かに暮らせるのだろうか?と不思議に思ったりもした。後になってわかったことは、その豊かさの源は、数百年にわたって世界中の植民地から得た莫大な富の蓄積だった。その富は、二度の大戦で少しは失ったかもしれないが、致命的な損失にはならず、大戦が終わった後も、その利息や配当だけで社会全体が十分に豊かさを享受できたのだろう。そうした素晴らしい仕組みが、2008年に起きた世界金融恐慌で大きく吹き飛んだ。さらに、莫大な富の蓄積が大きく毀損しただけでなく、超低金利時代を迎えて利息や配当などの不労所得も殆ど消滅した。

一方で、ヨーロッパから収奪しつくされたアジアには富の蓄積など全くなく、働かざる者は飢えて死ぬしかない世界からスタートした。元々、貧しい人々は少し豊かになっただけで満足し、さらに働く意欲を増していった。客観的にみれば、今でもヨーロッパはアジアより遙かに豊かである。しかし、ヨーロッパの人々は、かつての大繁栄時代に比べて低下した生活の質に不満を抱き、その原因探しを始めている。そして、その原因は、ヨーロッパより遙かに貧しい中東やアフリカからやってくる移民のせいだと結論づけている。移民さえ排除すれば、ヨーロッパは再び豊かになれるのだと信じている人々も少なくない。

ヨーロッパの病は、その労働政策にもある。永年勤続の年長者を優遇するために、リストラの対象は、いつも若者にしわ寄せがくる。そのため、若者の失業率は20%にも及ぶ。さらに悪いことに、大学卒の若者の失業率は、大学に進学していない若者より遥かに高い。つまり、現在のヨーロッパは努力が報われない社会となっている。そして、移民2世の若者はさらに過酷な境遇を強いられる。こうした社会全体が弛緩した情勢の中で、歴史上の貴重な宝物であるノートルダム大聖堂の修理に携わる人々の心も、ひょっとしたら少し荒んでいたのではないかと懸念するのは私だけだろうか。

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