397 シリコンバレーの光と陰 (2)

9月4日から三日間、サンフランシコで開催されたTechCrunch Disrupt 2018で壇上に登場した人物の中で、私が最も印象に残った女性二人を紹介したい。最初の一人は、シリコンバレー発の世界的な遺伝子検査サービス企業の「23andMe」の創業者でCEOのアン・ウォイッキ女史である。何しろ、外観からしてバリバリのキャリアーウーマン。司会者の質問に対する答えが止まらない。自分の言いたいことは全部言い切ると言うスタンスで圧倒される。

彼女は、元来、生物学者で、グーグルの創業者であるセルゲイ・ブリン氏と結婚、二人の子供を産んでいる。「23andMe」の23は染色体の数を表している。「23andMe」を2006年に創業し、2007年に一般消費者向けに遺伝子検査サービスを提供して、その後、急成長したが、2013年にFDA(米国食品医薬品局)から販売を差し止められた。多分、この時のショックが大きかったのだろう。アンは2015年にセルゲイと離婚。その後、ニューヨークヤンキースのスター選手であるアレックス・ロドリゲスと交際を始めるが、2017年には破局を迎える。

しかし、神様は、アンを見捨てなかった。その2017年にFDAは「23andMe」の説得努力に報いて条件付きで遺伝子検査ビジネスを承認したのだった。まさに、アンは、この「Disrupt」と言う言葉に象徴される波乱の人生を歩んでいる。だから、ステージでも他の登壇者とは迫力が違う。そして、今回、私が紹介する二人目の女性であるプリシラ・チャン女史は、アンとは全く異なる姿で登場した。黒のチャイナ服風のブラウスと黒のパンツ姿という質素で目立たない服装で、とても、あのFacebookの創業者で、今や、世界有数の資産家であるザッカーバーグの奥様とは思えなかった。

チャンさんは、この度、世界最大の慈善団体であるチャン・ザッカーバーグ財団(資産総額5兆円)の共同代表として登壇した。司会者から、この慈善団体を設立した意図を問われると、涙ながらに、ベトナム難民の子供として暮らした厳しい幼少時代の話をし始めた。また、夫であるザッカーバーグ氏と知り合ったハーバード大学卒業後に、貧しいボストンのベイエリアで教師として働いた時代に家庭の問題で悩む大勢の子供達を見てきたのだと、また涙を吹きながら語る姿に、私も思わず涙を誘われた。

夫となるザッカーバーグ氏がシリコンバレーのスタンフォード大学に移り、現在のFacebookの原型を作り始めると、チャンさんもカルフォルニア大学サンフランシスコ校の医学部で学び、小児科医となった。チャンさんは、貧しいベトナム難民の子でありながらハーバード大学まで卒業できたのは、多くの人の支援があったからで、これからは夫と共に、世界の貧しい子供達を医療と教育の両面から支えていきたいと語った。本当に、このDisrupt SF 2018で、こんなに素晴らしい人と出会えたのだと心から感動してしまった。

ここまで紹介すると、さすがシリコンバレー。多くの女性が活躍しているなと思われるかも知れないが、現実のシリコンバレーでは、女性に関して多くの問題を抱えている。今回のDisrupt SF 2018でも3日間で100人以上の登壇者がいるが、女性は、この2人を含めて、たった数人である。実は、このシリコンバレーにおいて、ベンチャーキャピタルから投資を受けたスタートアップの中で、女性の起業家によるものは2%台にしか過ぎないからだ。

なぜ、こうした男女差別があるのだろうか? 諸説あり、どれが正しいのかわからないが、私は、シリコンバレー最強のインキュベータであるYコンビネータの代表である、サム・アルトマン氏の次の言葉が大変印象に残っている。「シリコンバレーで大成功する起業家の条件は、第一が25歳以下であること。第二が男性であること。そして、第三が独身であること」なのだそうだ。アルトマン氏は、決して年齢差別や性差別から、こうした発言を言っているわけではない。

シリコンバレーでは毎年、14,000社ものスタートアップが起業されるが、5年後までに残っているのは数社にしか過ぎない。この熾烈な戦いに生き残るには、まず並外れた体力が必要だ。「25歳以下」というのは、そうした体力が未だ残されているという意味である。そして、なりふり構わず集中できる力、例えば、1週間近く、風呂にも入らず、顔も洗わずに、全てを忘れて、ひたすら開発に集中できる力の象徴として「男性」と表現している。最後は、大失敗しても路頭に迷わせてしまう係累(妻や子供)を持たないことだと言っている。

はっきり言えば、シリコンバレーでスタートアップが成功する条件というのは、今、日本で議論されている「働き方改革」の中で、「完全にブラックな働き方」、そのものである。現在、世界を変える、新たなイノベーションとは、既存の業界のルールを変え、従来型市場での支配企業を破綻させることによってもたらされる、いわゆるDISRUPT(破壊)から生まれている。GoogleやFacebookは広告業界を壊し、Amazonは小売業界を壊し、UberやAirbnbもタクシー業界やホテル業界に強烈なインパクトを与えている。

確かに、それはそうかも知れないが、今の私たちは、もっと大きな、そして広範囲なDISRUPT(破壊)の脅威に晒されている。つまり、AI(人工知能)によるヒトの仕事の代替である。私は、50年前に人工知能の研究者として就職して20年ほど頑張ったが、先に展望がないと断念した。しかし、今度の2012年以来の人工知能ブームは違う。これは本物だ。産業革命後のオートメーションによってブルーカラーの人々の多くが職を失った。今度は、人工知能でホワイトカラーの人々の多くが職を失うだろう。

そして、最後に残される職業は、看護、介護、保育に代表されるピンクカラーだとも言われている。それは、ヒューマン・ケア産業とでも呼ぶのだろうか? 男性の力強い腕力によって起こされるDISRUPT(破壊)的なイノベーションに代わる、もっと優しく育むようなイノベーションを起こすには、女性の力を最大限活用しなくてはならないと思う。

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