392 なぜ、そんなに医者になりたいのか?

今、文科省の科学技術・学術政策局長が、ご子息を東京医科大学に不正入学させた汚職問題で大きな話題になっているが、私は、そこまでして、なぜ、愛息を医者にさせたいと思う気持ちが全く理解できない。最近、開成、灘、栄光学園など、これまでの東大進学率で上位の有名進学校が揃って東大合格者を減らしているのは、他大学医学部への進学者が増えているからだという。どうして、そんなに、皆、医者になりたいのだろうか、私には全く理解できない。

私の末弟も、現役で東大理一に合格しながら、どうしても医者になりたいと東大を中退、東北大の医学部に進学し、めでたく医者になったが、結局、狭い医師界の旧習に妨げられ白河の関を越えることが出来なかった。生まれ故郷に帰って来たかった末弟は、現場の医師として生きることを断念し、大手生命保険会社の審査医になった。当時は、生命保険会社の審査医というのは、医者の落ちこぼれ的なポジションだったらしいが、現在では、憧れの職業としてランキングされ、希望しても滅多に成れるものではないという。それだけ、医師という職業が、繁盛している親の医院を継ぐでもなく、勤務医として働く限りは、労働環境として過酷な割に報酬には恵まれない辛い立場に追い込まれている。

かつて、医師は地域の名士であり、高額所得者として、庶民の憧れの的であった。しかし、今は、かなり事情が違っている。私の妻の実家は、かつて東北の豪商であり、長男が家の財産を次ぐ代わりに、弟たちを全員医師にさせた。その子供達が、現在、東北各地で医師として開業しているが、過疎化と少子高齢化で、親の代に比べて決して楽な生活ではない。そのせいか、その子供たちは、もはや誰も医師の道には進んではいない。医師というのは、よほど人道的な精神を持ち合わせていない限り勤まらない職業となった。決して、楽に、お金儲けできる商売では、もはやない。

私は、かつて東大受験時代に、東大の学生が主催する東大学力コンクールという模擬試験を受けていた。志望学部を理一(理学部、工学部)と書いて、時々だが、ベスト10に入ることがあったので、イタヅラ心に、ある時、志望校を理三(医学部)と書いて見たら、何と1位になったのには正直驚いた。当時は、医学部が特別難しいというわけではなかったのだ。それでも、私は医者になりたいとは思わなかった。人間の身体に手をかけることに自信がなかったからだ。私の末弟も、死体解剖の後は、1週間ほど食事が喉を通らなかったと言う。その東大学力コンクールの模擬テストで常にトップだったH君も、親が医師なのに、私と同じ電子工学科に進学してきたのにはビックリした。彼は間違いなく、理三(医学部)を受験してもトップ合格したはずである。

最近、日本経済新聞社が出した「財政破綻後 危機のシナリオ分析 その時、日本社会に何が起きるのか?」を読んだ。今、黒田日銀総裁が続けている異次元緩和が出口を見出せなくなった時、日本は間違いなく財政破綻するだろうと、この本を執筆している識者たちは全員揃って同じ論理を展開する。最大の問題は、多くの日本人が、その危機感を共有していないことだという。さて、その財政破綻後には何が起きるのか? 年金の問題、介護の問題、生活保護の問題とか、いくつか破綻する問題があるが、国民全員にとって、一番わかりやすい問題は医療費の問題だそうだ。

今でも、日本の国家予算は100兆円。医療費は軽く50兆円を超えているが、2030年には、確実に70兆円を超えるという。当然、国民皆保険制度は危機に陥るが、国家財政までもが破綻すれば、それを補填をする余裕などなくなる。つまり、現在の医療制度を日本は維持できなくなるかも知れない。そうなれば、富裕層以外の、多くの人々は、病気にかかっても病院にはいけなくなる。それで、多くの病院が破綻する。薬剤費も、今の価格を維持できなくなり、多くの薬局も、今のビジネスの継続が困難となる。当然、医師の報酬も、薬剤師の報酬も、今のレベルは維持できない。まず、医師の数という意味でも、現行の医師数を維持することは難しくなるだろう。

つまり、国家財政の破綻を見据えて日本の医療制度も抜本的な改革が迫られている。もし、医師という職業を高給取りのエリートとして考えているのなら、今からでも良いからやめた方が良い。文科省のエリート官僚が、どうして、隣の厚生労働省が抱える大きな問題を見抜けなかったのか私には全く理解できない。だからこそ、これほど、稚拙な過ちを犯したのだろう。むしろ、霞が関の官僚の方々に真剣に考えて頂きたいのは日本の財政破綻をどう防ぐかという大きな課題である。次の選挙のことだけしか考えない政権に対して忖度だけで仕事をしていたら日本は本当に地獄になる。

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