385 リタイア・モラトリアム (1)

 62歳くらいになった頃だろうか、もはや、これまで勤めた会社の社長になって、その後に、会長、相談役として生涯、会社に残れる可能性は、全くゼロだと覚悟した時に、日本経済新聞出版社 村田裕之氏著作の「リタイア・モラトリアム  すぐに退職しない団塊世代は何を変えるか」を読んだ。それで、突然、私は目が覚めた。リタイアしてから、「さあ、これから、どうするのかを考えるのでは、もはや遅い」と自覚したのだった。それから、2年後、3年後に迫る完全リタイア後の人生を今から設計しなくてはならないと真剣に考え始めたのである。

 幸いなことに、私の最後の職務は海外事業の総責任者だった。そもそも、海外事業は、日本の本社から直接経営に関与することは全く無意味であり、日常の経営は優秀な現地の責任者に任せるしかない。私の役目は、いかに優秀な現地人材をアサインするかということであった。その結果、アメリカ、ヨーロッパ、アジア地区において、経営を任せる優秀な人材を確保するため、世界レベルで活躍するヘッドハンターと日常的にお付き合いをさせて頂くことになった。村田氏が、その著作「リタイア・モラトリアム」で述べられているように、在職中に、どれだけ幅広く、社外の人脈を形成するかが、リタイア後の人生を決める大きな鍵となる。

 実際に、あと2年くらいで会社から去る時期になった時に、世界有数のヘッドハンターから、「社外取締役になりませんか?」というオファーを受けた。「どうしたものだろう?」と迷っている時に、本社の秘書室長に相談したら、「その会社、当社と直接利害関係にないので、お受けしたらどうですか?」と、あっさり許諾を頂いた。なんと、私は、社外取締役を兼任する富士通で、最初の現役役員となった。この秘書室長の寛大な措置は、今でも、本当に有り難いと感謝している。

 この社外取締役就任が、実は私の今後の展開で、大きなきっかけとなった。NHKのNC9で、日本を代表する社外取締役の一人として紹介されたからだ。その後、別のヘッドハンターからの紹介を受けて、あと2社の社外取締役に就任することになり、現在3社の社外取締役を勤めている。つまり、私のリタイア・モラトリアム生活は、40年以上勤めた富士通から特別な紹介があった訳でもなく決まったのだが、実は、最初の社外取締役就任に際して、寛容な許諾をしてくれた富士通に、私は多大な感謝をしている。

 東京証券取引所のご指導もあり、日本企業各社は複数の社外取締役の就任を義務づけられており、今、日本全体で4,500人の社外取締役がいるとも言われている。しかし、私の社外取締役としての同僚は、日本を代表する超一流企業の社長、会長経験者で、皆様、だいたい3社から4社の社外取締役を兼務されていることを見ると、実態は、とてつもなく厳しい競争であることがわかる。述べ人数は4,500人でも、実質は1,500人位なのだ。本当に立派な方々ばかりである。社外取締役として取締役会に出席する、一番の楽しみは、こうした同僚の社外取締役の方々と取締役会の前後に、フランクに議論できることにある。

 月曜日から金曜日まで五日間、月に4週間あるから、一般的な労働者の1ヶ月の実働は、大体20日間である。今、完全リタイアした、私が外に出かけるのは、およそ15日間である。その3分の1である月の5日間が社外取締役としての私の仕事である。内訳は、原則、月に一度の取締役会だが、四半期の決算時期には取締役会は月に2回開催される。また、最近は、社外取締役と社外監査役の意見交換会や、監査役からの独立社外取締役の定期評価も実施されている。その他にも役員研修会への参加や、私の場合は、昔の経験から、研究開発会議やグローバル会議への参加を要請されることもあり、これが実に充実した時間となっている。これらを平均すると、ほぼ月5日に相当する。
 
 私にとって、次の5日間は、講演と研究会で過ごしている。講演については、現在、日本を代表する、2つのエージェントに所属していて、だいたい平均して月に3回ほどの講演依頼がある。日程は、6ヶ月前に紹介され、大体が事前に登録している演題だが、結構、カスタマイズの要請がある。また、時には、主催者の要請でゼロベースから作成することもある。また、最近多くなってきた大学での講義の要請には、こうした題材を流用させて頂いている。私も、学生時代、大学の先生より、実業界で活躍されている方々の特別講義の方が面白かった。フレッシュな学生さんを前にお話しすることは、大変、やりがいのある仕事である。特に、今年は、一流国立女子大のリケジョ向けに講義する機会を頂き、大いに楽しみにしている。

 講演や講義をするというのは、実は大変な緊張感がある。やはり、人前で話す限りは、いい加減なことは言えない。私は、大体、自分が直接、見聞した話を、自分が撮った写真を使って話すのだが、それにしても、ベースになるデーターは必要だし、裏付けに必要なストーリーも要る。このために、いくつかの私的な研究会に所属している。こうしたインナーサークルは、参加資格も大変だ。価値のある素晴らしい話を、ほとんど無料で聞ける機会も多いのだが、その代わりに自身も話を提供しないといけない義務を持つ。皆さん、一流企業のTOPや大学教授を経験された方ばかりだから、いい加減な話はできない。そのための勉強も半端では済まない。

 最後の5日間は、病院への通院に費やされる。自分の分は、既に、治癒したガン、これから危惧されるガンの経過観察、睡眠時無呼吸症候群や、高血圧の定期診断など、月に3日程度なのだが、最近は、これに、93歳の母親の定期検診が加わった。昨年、瀕死の状態から蘇生した母親を、循環器、呼吸器の外来として、毎月、連れて行かなくてはならない。ご存知のように、最近の病院は、専門医が、週に1回しか来ないので、循環器と呼吸器を同じ日にすることは全く不可能である。病院の外来は、本当に、1日仕事である。しかし、母親と、長い時間を一緒に過ごすには良い機会ともなっている。母親と、面と向かって、数時間も、一緒に過ごすことなど、普通は全く不可能だからだ。

 こうして、私は、社外取締役関連で月に5日。講演、講義関連で、月に5日。病院通院関連で、月に5日。合計、大体15日は、外出している。一般サラリーマンの通例である、月に20日の就業日に比べて、残りの5日は、取締役会資料の査読や、講演、講義資料の作成などに費やされて、今のところ、趣味や遊びに費やす時間は殆どない。しかし、それでも、現在の、私のリタイア・モラトリアムは、極めて充実しているので、特に趣味を持とうとも思わない。いずれ、あと数年したら、取締役会もなくなり、講演や講義の機会もなくなるので、それから、ゆっくりと何をしようか考えていこうと思っている。

そうはいっても、出掛ける日とは言えども、全て終日ではない。空き時間は、殆どカミさんから依頼された買い物に費やしている。男も老いるが、女も老いる。70歳近くなったら、毎日、洗濯や掃除の他に、三度のご飯の料理まで、全てを自前でやってはいられない。ある程度の惣菜の購入は必須である。それも、毎日、同じところばかりから買ってきたら飽きるだろう。今日は、どこへ買いに行こうかと考えるのも、これまた楽しみである。

リタイア・モラトリアムとは、仕事ばかりの話ではない。リアルな実生活も含めて、神様から与えられた長い時間を、どのように有意義に過ごすかという重要であり、時には切実な問題も含めて解決する命題でもある。

コメントは受け付けていません。