363 働き方改革について (6)

連日、メディアを賑わしている「働き方改革」というテーマについて、よくよく考えてみると政府と企業で、それぞれ思惑が少し異なることが見えてくる。政府は、とにかく労働者の所得を上げたいのだ。GDP600兆円を目指す、安倍政権としては国内の景気を少しでも喚起させたい。そのためには日本国内の総需要を増やしたいので、まず国民の年収を増やしたい。経団連を通じて大企業にベースアップを強く要求しているが、日本における大企業の労働者は就労人口全体の1割にしか満たず、中小企業、とりわけ非正規従業員の給与水準をあげたいと考えている。

それで、安倍政権は、欧米では当たり前になっている「同一労働同一賃金」という考え方を日本でも導入して正社員と非正規労働者とのギャップを縮めたいと考えている。現在、少子高齢化の進展で生産年齢人口が極端に減少しているので、結果的に非正規労働者の賃金のアップ率は、正社員のアップ率を超えており、両者の収入ギャップは少しずつ減少してきている。しかし、それでも正社員と非正規社員のギャップは未だ大きい。もともと、日本企業は儲けを社員に分け与える労働分配率においては先進国の中でも極めて高いので、これ以上賃金水準を上げることは極めて困難である。むしろ、まず日本企業が、最初に改善しなければならないのは世界水準に比べて際立って低い利益率である。

もう一つ、「同一労働同一賃金」という課題において、日本社会が抱えているもっと大きな問題は、年功による職能別賃金体系である。同じ仕事をしていながら、50歳代の社員は30代の社員の2.4倍ほどの年収がある。戦後から続いてきた日本企業の一家の大黒柱に対する「思いやり賃金体系」である。最近、既に、同一労働同一賃金の体系を導入している外資系企業から、日本企業に入社して10年ほど経つ30代の油の乗り切った優秀な社員が、どんどん引き抜かれている。日本企業では、40代社員に与えられる30-50%増の給与を外資系企業から提示されれば、30代の社員の心は揺れて転職しようかということになる。

しかし、外資系に転職した彼らも、40代になっても、30代と同じ能力しか発揮できなければ、日本企業とは違って給料が増えることはない。そうこうしている間に、50代になると、日本企業に勤めているかつての仲間に給与で抜かれてしまうのだ。同一労働同一賃金の外資系に転職したなら、もっと自己研鑽に励み、仕事の中でキャリアを磨き、より高度の仕事ができるようにならなければ、高い報酬を目指して外資系企業に転職した意味がない。しかし、よく考えてみると能力を向上させなくても年齢が上がれば自動的に給与が上がる日本企業だからこそ国際的に見ていつまでも低い利益水準を甘んじているのかも知れない。

さて、日本企業が給与水準を上げるためには、まず、原資となる利益を上げなければならない。先進国では最低と言われている日本の労働生産性を、いかに上げるかを先ず考える必要がある。日本人は、自分のことを世界でも一番の働きバチと思っている。それなのに、なぜ労働生産性が世界最低なのだろうか? つまり、無駄に働いているのである。日本の労働者は、一切の付加価値を生み出さない、無益な仕事に精を出しているのだ。「就職」でなく「就社」であるが故に、周囲との協調性に一番の力を注ぎ、「空気を読めない」と言われたくなく、仕方なく無駄な仕事を沢山しているので、会社も利益が上がらず、結果として給料も上がらない。

一方、そうした安倍政権が考えている「働き方改革」とは全く違った観点で、企業が進めている「働き方改革」は、残業ゼロ、有給休暇取得推進、在宅勤務など、ブラック企業とは正反対のホワイト企業としての懸命なアッピールである。とにかく、人材不足で必要な人が採用できない。新卒の学生に向けての、働きやすい会社としての訴求である。日本の学生は「就職」活動と言いながら、実態は「就社」活動であり、なんとか一流企業に就職できれば一生安泰と考えている節がある。毎日、少しでも新聞を読んでいれば、何十年も安泰な企業なんて殆どないことなど直ぐにわかるだろうに。

シリコンバレーで最も尊敬されているインキュベーター(スタートアップ企業の育成者)である、Yコンビネーターの創業者の著書に私は大変感銘を受けた。シリコンバレーで成功する起業家の3条件は、「25歳以下」、「独身」、「男性」であるという。いや、これは一種の比喩で、別に25歳以上でも良い、家庭を持っていても良い、もちろん女性でも良いのだが。シリコンバレーで成功するには、まず、第一に疲れない強靭な体力があること。第二には、失敗しても、路頭に迷わせる心配が要る家族がいないこと。第三には、朝から晩まで、なりふり構わず、髪振り乱して仕事ができることの比喩なのだ。

大した疲れもなく、毎日が楽しく過ごせる働き方で、君たちの将来はあるのだろうか?と若い学生諸君に、私は言いたい。それ以前に、そんなちょろい考え方の会社が、厳しい国際競争の中で長続きするとは思えない。早晩、君は、会社もろとも明日を失うだろう。会社倒産で放り出された君には、世間に自慢できる、どのようなスキルが備わっているというのだろうか。世界では、70億人のほどの人々が命がけで明日のために命を削って頑張っているのだ。

さらに、大学を卒業してから漫然と会社で言われたことだけをこなして、大したスキルを磨くこともなく、人並みのことしかできない君の仕事は、明日からは、もう人工知能が見事に果たしてくれる。昨日まで、人手不足でちやほやして甘い言葉をかけてくれた上司や人事部門は、「君、もう辛いなら、いつまでも休んでいいのだよ」と言ってくるに違いない。連日、メディアを賑わせている「働き方改革」など、君にとって幻想だったと気がついてももう遅い。

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