361  働き方改革について (4)

職場の中で、乳児を抱えて「時短」で働いているママさん社員を見つけるのは簡単だ。脇目も振らずに、ひたすら集中して仕事をしている姿は周囲から際立って見える。彼女たちは、限られた時間の中で最大限の成果を出そうと頑張っているからだ。だとすれば、彼女たちの働きを「時短」として扱うのが本当に正しいのか疑問である。アメリカでは、ホワイトカラー・エグゼンプションという制度で働いているので、殆どの、オフィスワーカーは成果だけで評価され、労働時間の多寡は問われない。もちろん、自宅で残務を行うのも行わないのも全く自由である。

アメリカ駐在中の同僚で、4歳の子供を抱えるシングルマザーがいた。彼女は既にマネージャーだったが、毎日、子供を保育園へ預けてから出社するので、会社に着くのは午前10時くらいだった。一方、帰りは、子供を迎えに行くため午後3時には帰社し、子供に夕食を食べさせて、お風呂に入れ、寝かしつけてから深夜に、また、会社に戻ってくることもあった。ある日、私が珍しく休日出勤すると、会社の廊下を子供が走り回っている。彼女は、子連れで休日出勤していたのだった。そんな彼女は、周囲からの尊敬を集めていて、その後、ディレクターに昇進した。

日本でも、男女雇用均等法案が制定されてから久しいが、いろいろな意味で、男女が同じ働き方をしているとは言い難い。そんな中で、各企業とも、女性の管理職比率を高めるための工夫を、いろいろされていると思うが、一方で、女性を管理職候補として推薦しても辞退されるケースが少なくない。彼女たちの言い分は「管理職になっても責任が重いだけで良いことはない。むしろ担当者として腕を磨きプロフェッショナルになりたい」ということらしい。

そして、その本音は、ご主人の転勤で、一度は退職し、次の転職先を探すときに、どのようなプロフェッショナルであるかが重要で、単に管理職であったことは何のキャリアにもならないからだと言う。それは、全く正しい考え方で、男性の元管理職が、定年後、次の就職先を探している中で、ようやく気づく法則である。課長だ、部長だと威張っていられるのは、その会社にいる間だけなのだ。ましてや、定年後、家の中でも、管理職面されて、あれこれ命令される奥様は耐えきれずに離婚したいと思うだろう。

いつになったら女性が男性と対等な立場で働けるのか?という課題が解決される前に、ひょっとしたら、女性たちは、近い将来、リープフロッグ現象で男性を一気に追い越してしまうかも知れないと私は考えている。リープフロッグ現象とは、インフラが遅れている新興国が、インフラの世代交代で、一気に先進国を追い越してしまうことをいう。例えば、固定電話の普及が一向に進まなかったナイジェリアが携帯電話の普及に関して一気に先進国を追い越した例を言う。

そうした将来を予感させる女性の著書を二つ紹介したい。その一つは、リンダ・グラットン女史が書いた全米のベストセラー「ワーク・シフト」である。彼女は、10歳になった我が子が、将来、一家の大黒柱となる30年後には、どんな職業についているだろうか?と考えた。今の日本で考えてみても、30年前に、大学生の就職ランキング上位だった大企業が、瀕死の状態にある例がいくつもある。特に、日本は「就職」と言いながら、実態は「就社」であり、今、業績が良く輝いている会社に就職しようとする学生が殆どである。しかし、現在の優良企業が、そのまま定年まで輝き続けるなどということは単なる幻想でしかない。

それに加えて、グラットン女史が考えたのは、人工知能のような技術革新によって、現在、存在する職業の6割は消滅してしまうのではないかということである。さらに、医学の進化で人の寿命は伸び続けて人生100年時代がくる。しかし、長寿社会は必ずしも良いことばかりではない。年金制度が持続できなくなるからだ。そうすると、人は70歳を超えてでも、何らかの形で働き続けなければ生きていけない。そうした世の中を迎えるにあたり、この10歳の子を、どう指導したら良いのだろうか?と彼女は考えた。

グラットン女史が主張する、孤独と貧困から自由になる働き方の未来図は、次のようなものである。世界の多くの人たちとの競争を避けるために、ニッチな領域で腕を磨いてプロフェッショナルになるということだと言う。そのためには、お金とか、昇進とかではなく、「経験」を求める働き方にシフトすべきだと言う。働く中で、日々進歩していく。そんな、働き方が出来れば、経験を重ねるほどに、年を取るほどに周囲から尊敬され、より生きがいのある人生を送れるのではないかと言うことらしい。

もう一つの著作は、エミリー・マッチャー作の衝撃作「ハウス・ワイフ2.0」である。ハーバード大学卒のバリバリのキャリアウーマンが新しい形の専業主婦になったと言う自伝である。マーケティングのプロフェッショナルとして業績を上げていたマッチャー女史は、会社と交渉し、フリーランスとして、今の仕事を半額近い報酬で引き受けることにした。彼女は、空き時間を使って家庭菜園で健康に良いオーガニック野菜を栽培し、子供も学校を辞めさせてホーム・スクーリングで教えることにした。実は、アメリカでは、子供を学校に行かせないで自宅で教える人が結構いる。集団活動については、ボーイスカウトとか、アイスホッケーとか学校以外で学ばせる。

そんな彼女は、SNSを駆使して、友達とワークシェアをしたり、新たな契約先を紹介してもらったりして、現在の年収は、会社勤務の時とほぼ変わらない水準まで戻っている。ガラスの天井を突き破るべく、毎日、昇進競争に明け暮れていた会社生活から脱して、自由な働き方をする専業主婦になったグラットン女史を真似て、今、アメリカではエリート女性の家庭への回帰志向が流行っているらしい。その要因としては、アメリカ社会でも職場の男女格差への不満がある一方、女性は男性より環境問題に敏感で、エコ志向が強く、現代消費社会への警鐘として手作り価値を見直そうと言う考え方もあるからだと言う。

そして、こうしたマッチャー女史のような考え方が、今、アメリカの20-30代の男性にも少しずつ浸透してきている。まさに、リープフロッグ現象である。ひょっとしたら、21世紀の新たな働き方改革は女性がリーダーシップを取って進められるのかも知れない。

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