322 パリ同時テロ

2015年11月13日、いわゆる13日の金曜日に、突然、その惨劇は起きた。尊い命をなくされた127人の方々のご冥福を心からお祈り申し上げる。この犯行は、世界一の観光都市であるパリにとって、極めて大きな痛手になった。もちろん、犯人は、そのことも十分計算に入れていたに違いない。

私にとってのパリは、35歳の時に、初めての海外出張で訪れてから、世界で最も憧れる街となった。それ以来、30年間で20回以上訪問しており、今や、パリの観光ガイドが出来るくらいになった。最初のパリ訪問は、学術研究でパリ大学を訪れた時だ。凱旋門近くのホテルで開かれた人工知能学会で出会った、フランス語を流暢に話す日本人は、どこかで見かけたことがあると思ったら、同じ富士通に務める先輩、杉田忠靖さんだった。その後、私の上司となり、富士通の副社長にまでなられた方である。

その杉田さんから、50歳になってアメリカへの転勤を命じられた。富士通のアメリカ子会社のCEOになって、会社再建を行うわけだが、その子会社は、ヨーロッパに子会社を持っていた。つまり、東京の富士通本社からみたら孫会社である。その孫会社の拠点がパリにあった。つまり、私は、アメリカ勤務でありながら、正々堂々と仕事でパリに行く大義名分があったのである。この会社は、当時は珍しかったキーボードのないタブレット型のパソコンを企業や政府向け販売しており、お蔭様で商談のためにパリに出かけて行く機会は数多くあった。

つい最近でも、私が永年関ってきた日本-EU 円卓会議がパリで開催され、そこに出席した。会議の場所はフランス外務省の迎賓館で、夜は日本大使館の大使公邸でご馳走になった。ホストは小松大使で、その後、内閣法制局長官となられたが病のために、集団的自衛権行使という歴史的大転換への道半ばで他界された。小松大使が、パリの公邸で外国人にふるまわれた、お酒は、東日本大震災で大変な思いをされた東北の地酒が中心で、和食文化の宣伝と震災復興への思いを込められていた。

そんな私が大好きなパリで、突然、凄惨なテロが起きた。犯人達の多くは、フランス国外から侵入してきた模様だが、これだけの規模の事件を起こすのには、犯人達を匿い、道案内をし、武器や食料を与える多くの協力者が必要である。パリには、それだけの「地盤」があったということになる。そして、今から考えてみれば、こうした事件が起きることも、全く想定外のことではなかったとも思われる。

フランス、英国、ベルギーなどは、かつてアフリカや中東に広大な植民地を有していた。その植民地が独立した後も、そこから、多くの移民を受け入れていた。その移民の存在が、本来は少子高齢化で衰退するはずの、ヨーロッパに奇跡的な成長をもたらした。20年間に渡って成長が止まった日本とヨーロッパとの違いは、ヨーロッパが膨大な数の移民を受け入れたことにある。今や、英国民の16%、フランス国民の18%が移民である。そして、この移民の出生率は白人の3倍に達しているので、近い将来、ヨーロッパはキリスト教徒とイスラム教徒の数が逆転しているのではないかとも言われている。

しかし、ヨーロッパの高成長も、いつまでも長く続くものではなかった。特に、ユーロ圏においては、ドイツとドイツ以外の経済格差が拡大し、フランスでは多数の失業者を生み出すこととなった。ヨーロッパの労働協定は年長者に有利で若者には不利となっているため、失業者の多くは若年層で、しかも高学歴若年層では失業率が30%にまで及んでいる。一説によれば、大学を卒業した若者の失業率は、大学に行かない若者の失業率の2倍であるともいわれている。

一般的に移民は、強い上昇意欲を持っている。たとえ、自分たちの世代では実現出来なくても、子供達の世代では少しでも上の階級へ登りたいと強く願っている。フランスへやってきた移民も、全く同じで、子供の教育には熱心である。子供達も良く勉強するので、大学進学率も白人達より高いし、大学へ進学してからの成績も白人達に全く負けていない。そして、優秀な成績で名門大学を卒業した移民の子供達は、卒業と同時に、突然、将来を見失うのである。ただでさえ多くの高学歴若年層の失業者が溢れている中で、大学を卒業したばかりの移民の子に、まともな仕事が見つかるはずがない。

一生懸命努力しても報われない世界、それも自分の努力が届かない人種や宗教で差別される社会に対して、若者達は、一体、どういう感情を持つだろうか? 中には、自分の出生を恨み、自暴自棄になる若者が出てくるのも全く不思議ではない。フランス国籍や英国籍の移民の子供達は、生来、宗教には無関心な者も多く、ISに行ってから初めてイスラム原理主義者に転向するものが多いという。熱狂的なイスラム原理主義者がテロリストになるのではなく、社会の差別や格差がテロリストを生んでいる。イスラム原理主義は、むしろ後付けの理屈にしか過ぎないと思った方が良い。

私の友人でシンクタンク ソフィアバンク代表の藤沢久美さんが、今日のFacebookの投稿で以下のように述べている。

『数百人の海外の仲間たちとのSNSグループで、テロを悼むコメントを交換していたとき、「不謹慎かもしれないけど・・」とメッセージを発した一人のレバノンの仲間がいました。

「フランスでテロが起きると、こんなに多くの人が共に悲しみ、共に怒る。けれども、昨日、レバノンでは自爆テロで45人が一瞬にして命を失った。けれども、報道はほとんどされないし、このSNSグループでも、誰一人、悲しみや怒りを共有してくれなかった。メディアによる罠に、みんなはまっていないだろうか。地域によって、人の命に差はないはずなのに。レバノンで命が大量に失われても誰も見向きもしてくれない。」

勇気ある発言だと思ったし、SNSの仲間たちは、すぐに、自分たちの無知を反省し、各地で起きているそうしたテロに目を向けること、その事実を共有することの大切さを語り合っていました。フランスでのテロは、本当に許しがたいことだけれど、そのテロを封じ込めるために、また多くの人が正義を掲げて、命を落とし、命を奪っている。でも、やはりこのとき失われた命のことは、報道されない。この終わりなき負の連鎖は正しいのだろうか。』

こうした凄惨な無差別テロを防ぐために、さらにISに対する爆撃を強化し、国内の移民の行動を徹底的に監視しようという動きは、本当にテロを撲滅させる方向へ向かうのだろうかと考えさせられてしまう。

コメントは受け付けていません。