312  シリコンバレー 500マイル (その7)

「モノ」と「モノ」をインターネットで結ぶというIoT (Internet of Things) について、何十枚ものパワーポイントを使って概念的な説明をしても、全く空虚な響きにしか聞こえない。IoTについて語るなら、やはり「モノ」を中心に議論しないとだめだ。「モノ」を作る、運ぶ、動かす、売る、修理するという現実のプロセスの中で、IoTを考えて行く必要があるだろう。そう、IoTはインターネット世界を仮想世界から現実世界にまで拡大して行くことを言うのかも知れない。

2年前、シリコンバレーの中心地サンノゼで、アマチュアのための試作環境を提供するTechShopを見学させて頂き、アメリカに住む人々のモノ作りへの強い嗜好性、いわゆる「Do it yourself」の世界を見せて頂いた。今回は、モノ作りのプロフェッショナルが活動する拠点 APROE (Advanced Prototype Engineering ) を見学させて頂いた。IoTを使って、次々と起業する、シリコンバレーの新たなベンチャー達、彼らには、現実に動いたり、使えたりする「モノ」が必要なのだ。この「モノ」の試作を引き受けているのがAPROEである。数量は少ないが、難しい注文が多いのだという。

APROE 社は、カルフォルニア州にはサンフランシスコとロサンゼルスの2カ所の作業所を持つほか、ラスベガスとニューヨークにも作業所を持っている。何か、どこも地味な製造業に相応しい場所ではなさそうである。そして、私たちが、最初に案内されたのは、サンフランシスコ市街にある古い昔の工場があった場所。本当に古びた建物の玄関には1878年と書いてある。この工場は明治10年に建てられたまま、多分、最近まで使われずに放置されていたに違いない。

しかし、中に入るとビックリである。幾つかの大きな製造設備が据え付けられているのだが、全て中古のように思われる。まばらに設置された製造設備の間に設計机がある。中で働いている人は、皆、若者ばかり。どうも、この人たちは工員さんというより、エンジニアである。そして半分は女性である。皆、工場の制服など着ていない。町中を歩いているようなファッショナブルな服装をまとっている。これは確かに格好良い職場である。こうした作業場が、ラスベガスやニューヨークにあっても全くおかしくない。

感心して見ていると、サンフランシスコはこの工場だけではないと言う。次に案内されたのは、サンフランシスコの波止場である。ここのPier39は観光名所として有名であり、私もシリコンバレー駐在の時に、多くの日本からの出張者を案内した場所である。Pier39から少し離れたPier9がその場所であった。このPier9を奇麗なビルに仕立て上げて、その中がAPROE社の設計場所を含む製造工場である。何て素敵な場所にあるのだろう。ここで働くエンジニア達は、設計机から製造設備からサンフランシスコの美しい港が見える。

このビルは、世界的なCADソフトメーカーであるAUTODESK社の寄付らしい。そう言えば、あのモノ作りジムTechShopのメインスポンサーもAUTODESK社だった。いよいよBitからAtomの時代、つまりIoTの時代になって、「私はCADソフトのメーカーです。モノ作りは貴方の仕事です。」では済まないのだろう。IT業が、これまでのIT業の範疇であるBitの世界に閉じこもっていては、もはや成長は期待出来ないのかも知れない。

先日、日産自動車のCAD部隊から富士通グループ傘下に入ったデジタル・プロセス社の方から、大変興味ある話を伺った。単にCADソフトだけでなく、何かモノ作りをやってみようということになって、歯科技工士向けに人工歯の製造装置を開発したのだそうだ。人工歯は硬さが命なので、いわゆる3Dプリンタではなくて切削方式で人工歯を作るマシンである。結構コンパクトで、事務机の上に乗るくらいの大きさに仕上がった。ちょっと興味本位で作った、この製品が、今や大ヒット商品になって会社の利益を大きく牽引するようになったというのである。

あれこれ議論するよりも、まず、実際にモノを作ってみて売ってみる。このデジタル・プロセス社の気概こそ、今、シリコンバレーで勃興している新たな潮流である。日本に居たって、挑戦する気持ちさえあれば、何でも出来る。

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