301   Financial Timesにおけるデジタル革命

今日は、英国を代表する経済紙であるFinancial Timesの編集長、ライオネル・ハーバー氏の講演を聴いた。そのピンク色の新聞紙は、どんなに遠くからみてもFinancial Timesとわかる。ハーバー氏は、1978年にオックスフォード大学を卒業後、新聞記者となって3年目の1981年に英国で最優秀ヤング・ジャーナリスト賞を受賞し、2001年にFinancial Timesの欧州版編集長に就いてから「欧州で最も影響力のある50人」に選ばれている。

私は、海外駐在を経験して以来、米国の経済紙WSJとビジネス週刊誌であるBusinessWeekと英国の経済紙Financial Timesには、いつも目を通してきた。日本の新聞だけ読んでいたのでは、世界で何が起きているか、よくわからないからである。特に、Financial Times紙は、主筆であるマーチン・ウルフさんとはスイスのダボス会議で何度もお会いし、ウルフさんと一緒にダボス会議のパネルにも登壇したことがあるので大ファンになっている。

皆さんもお気づきと思うが、大きな会議でのパネル討論では、事前に司会とパネリストとの間で何度かやりとりをしている。つまり、司会は当日にパネリストが言いたいことを聞いておいて、パネリストも司会からの質問をあらかじめ聞いているので、進行がスムースに行える。私も、主張したい内容をウルフさんに送ったら、ウルフさんから、こういう質問をするとの複数の候補を送ってきて頂いた。この質問に応えるべく、英語で分かりやすく遅滞なく話せるよう何度も復唱して暗記し、準備万端で当日に望んだのだった。

ところが、あの世界的に高名なウルフ主筆は、そんな茶番を許さなかった。私以外の、他のパネリストの方々の主張も聞いて、私との事前打合せには、全くなかった質問を私に浴びせて来たのである。流石に私も少し狼狽えたが、ウルフさんが司会ということもあって、会場は満席であり、しかも最前席には、国際会議で討論をさせたら、その実力は日本随一との名声高い竹中平蔵先生が座っておられるではないか。ここで怯んでは行けないと、冷や汗をびっしょりかきながら、精一杯の英語で返答をした。パネル終了後に、竹中先生から「伊東さん、Good Job!」と言って頂いたのは本当に嬉しかった。

さて、今日のバーバー編集長の演題は「The Financial Times in a Digital World」であった。バーバー編集長の今回の訪日は10日間にも及び、その来日目的は、日銀の黒田総裁が始められた、異次元 量的・質的金融緩和(QQE)の2周年のお祝いに来たとのことだった。一昨日、安倍総理に単独インタビューをされるまで、日本経済界の多くの重鎮の方々へインタビューをされてきた。前回の日本訪問は、あの東日本大震災の10日後のことで、日本人が、こうした重大な危機の際にも狼狽えることなく着実にことを処理して行くことに大きな感銘を覚えたそうである。

さて、これからバーバー編集長の講演から、私が感銘を受けたところだけを、少しご紹介したい。

今、メディアはデジタル革命第二の波の洗礼を受けている。今や、メディアは読者の行動がわかるようになった。誰が、いつ、どれだけ、その記事を読んだかがわかるのだ。この第二の波は、今から15年前、ITバブルが起きた1999年に始まった第一の波とは全く違う。あの時は、誤解と偏見があった。バブルは常にクレージーであり、もうプリントメディアは死んだと、もう昔の新聞記者は役に立たないと誰もが言っていた。

Financial Timesの歴史を振り返ると、1999年は、FT.comを設立して4年目だった。当時、FT.comを担当している人たちは、皆、長髪と眼鏡で、紙の新聞を作っている連中とは全く異質のメンバー達だった。私は、この時、この連中を紙の新聞の仲間に取り込むことが重要だと思った。当時のNY TimesやWSJは、この両者を分けていたがFinancial Timesは統合されたNews Roomに、両者を集めて継ぎ目のない仕事をさせた。これからのジャーナリストにはプリントスキルとデジタルスキルの両方を持って欲しかった。組合とも話し合って記者と編集者を統合した。2005年に128名居た編集部は、今や半分の人数で仕事をこなしている。

昔の新聞社は工場のようだった。私は、仕事のプロセスの量を減らしたかった。人々はフレキシブルに脳を使って働いて欲しい。スマートフォンを誰でも持っている世の中でカメラマンは要らない。記者は訓練すれば、写真だけでなく動画だって撮れる。今や、記者が送って来た記事をチェックしたり、編集したりする必要はない。記者は、自分の記事を誰が、読んでいて、どういう言い回しなら、信頼してもらえるかが分かるようになった。

9年前の2006年に私は新しい決定を下した。デジタルコンテンツを有料にしたのだ。Financial Timesはニッチな新聞であり、マクロ経済という分野で価値ある記事を配信しているのだから、たとえデジタルであろうと購読ビジネスをやるべきだと思った。そして、紙の新聞が高いと思っている人には安い料金のデジタルを推奨する方針にした。その結果、2006年には新聞購読44万部、デジタル購読75,000人だったものが、2015年には、新聞購読は21万部に減少したが、デジタル購読は515,000人にまで増えた。トータル購読数は増加したのだ。しかも増加の勢いは、今でも全く止まらない。

さらに、2010年に登場したiPadは人々が、ものを読む習慣を変える大革命を引き起こした。つまり、従来の紙の新聞はソファーに背をもたれて読むのに対して、デジタルは前のめりになって読む媒体となった。Appleは、早速、Financial Timesに対して、iTune Storeに入らないかと言ってきた。条件は、売り上げの30%をAppleに渡すことと、Financial Timesの顧客データーをAppleに利用させるということだった。冗談じゃない。我々は即座にAppleの提案を断った。

そして、今日、また顧客モデルが変わりつつある。それは、スマートフォンの出現だ。特にFacebookやTwitterなどのSNS経由の読者が凄い勢いで増えた。我々は、この領域にデータアナリティクスを導入した。一般的に、ジャーナリストは上からの命令を嫌う。しかし、こうしたデータアナリティクスは、彼らの取材や記事作成に大きな影響を与える。特に、我々は記事を投稿するタイミングをTVに合わせるようにした。例えば、日本向けの記事は日本人が起きているタイミングに合わせて投稿する。そこで、初めて、TVと新聞のメディアが相互作用を働かせることになるからだ。

我々、ジャーナリズムは立ち止まることは許されない。現状維持で持続していくことは不可能なのだ。ジャーナリストは、常に新しいスキルを求められている。例えば、Facebookは新たなNewsのトラフィックを形成している。Facebookからは、Financial TimesがFacebookに参加しないと、アルゴリズムを変えてFinancial Timesのトラフィックを減らすと脅された。仕方ない、新しいチャネルは利用すべきだと判断した。それでも、私は、紙という主流メディアとの縁は断つべきではないと思っている。形は変わっても、信頼が重要なことは変わらない。Financial Timesは、2年前に125周年を迎えた。つまり今年で設立して127年目になる。

一昨日、安倍首相とのインタビューで、安倍さんが私に何を言ったかは、ここでは語れないが、私が安倍首相に質問した内容をご紹介しよう。「アベノミックスは前代未聞の経済大実験をしていますね。極めてリスキーではあると思いますが、きっと日本経済の活性化には貢献出来ることでしょう。しかし、同時に国民に大きな苦痛を与える抜本的な構造改革を成し遂げるというのが、その成功に対して大きな鍵となると私は思います。総理には、その覚悟がおありですか?」。

さて、これだけの本質的な質問を、今の日本のメディアが安倍首相に対して正面から言えるだろうか? そして、バーバー編集長は、この講演会で、さらに凄いコメントをしたのだった。「この10日間、私は、日本の多数の大企業の経営TOPにインタビューをしました。驚いたことに、彼らの第一の関心事はアベノミックスではなかったことです。彼らは、事業の成功の鍵は、少子高齢化が進んだ日本市場には、もはや存在しないと考えています。それよりも、いかにグローバル市場で成功するかで頭が一杯なのです。地方創成とか、日本での雇用創出という、日本国内の課題に対して、彼らは、大きな関心がありませんでした。」

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